143.クーちゃんの固有スキル
ラズベリーががっくりと膝をついた。
「ラズベリー! まだ戦闘中なんだ。落ち着いて」
僕の声にも反応せず、両手を床につけたまま、動いてはくれない。
「ラル。ラビィを召喚して。ヒーラーの召喚をしないと、危ないわよ」
まだまだルードは耐えられそうだけれど、危険な橋を渡る必要はない。本当ならばラズベリーにヒーラーがいるか確認して、召喚して貰いたいところだけれど、ラズベリーはショックを受けたままだ。
「わかった。ラビィ召喚!」
ちゃんとスキルを使ったのに、魔法陣が出現しない。
「なんで召喚できない?」
「あれを見るでござる!」
パーティ枠は一つ空いたのだから、召喚できるはずなのにと不思議に思っていた。赤さんの声に視線を向けると、なぜ召喚できなかったのかを理解する。
「あれは、なんだ……」
大きく複雑な魔法陣が、ラズベリーの前の床に浮かんでいた。
そこへリアルな獣が、怖い顔をした熊が姿を見せる。
「クーちゃんなのか?」
でも見た目があまりにも違った。アニメ的な可愛らしさもなく、サイズも妖魔人と同じくらい大きくなっている。
怒りを示す赤いオーラを纏った熊の両手から、痛そうな爪が伸びていた。
「ガァァァァ!」
熊が両手を広げ、大きく叫んだ。ルードの咆哮と同じ効果があるのかもしれないけれど、召喚されたばかりのせいか、注目を奪うことはなかった。
チャッチャッと爪を鳴らしながら、四足で妖魔人へと駆けていく。
「速い!」
あっと思った時には、熊が妖魔人へ体当りしていた。その勢いで妖魔人が吹き飛ばされる。
「あの巨体が飛ぶのかよ!」
「妖魔人も受け身をとったでござる」
バランスが悪いはずなのに、妖魔人は綺麗に着地した。激しくダメージエフェクトが飛んでいたが、熊からも多角形の板が飛んでいる。
激昂状態で攻撃力が上がるのは知っている。もしかしたら、防御力が下がる効果もあるのかもしれない。
妖魔人は長い手をしならせて、熊へと拳を伸ばす。熊に当たると思った瞬間、その熊が姿を消した。
「消えた?」
「上でござる」
驚くことに、熊は妖魔人の背よりも高く飛んでいた。しかも空中から、痛そうな爪を振り下ろす。
攻撃した瞬間を狙われた妖魔人には、それをよけることなどできない。思い切り頭へと、その爪が突き刺さる。
もしこれがゲームでなかったならば、眼を覆いたくなるような惨状になっているだろう。
でもちゃんとゲームなので、頭から多角形の板が気持ちよく飛ぶだけだ。
「やるじゃない。これなら究極魔法もいらなさそうね。ファイアショット」
「バーストアロー」
「ムーンスピア」
ラズベリーはいまだショックから抜け出ていないみたいだけど、ポンちゃんを倒された怒りが乗り移ったかのようなクーちゃんの活躍だ。
妖魔人は僕らの攻撃を受け、反撃できる状態ではなくなっていた。
ここぞとばかりに、熊がラッシュをかけていく。
爪を突き刺し、蹴りを見舞い、突き上げのアッパーを顎へと叩き込む。
3メートル同士の戦いは、怪獣が戦っているようにしか見えなかった。
空へ浮かんだ妖魔人へ向けて、熊が思い切り右手を引いてジャンプした。
飛ばされてすきだらけのお腹へと、熊の爪が突き刺さる。
眩しいほどに迸るダメージエフェクトに、思わず目をつぶってしまった。
「やったでござるな」
「そうみたいね」
普通ならば『よっしゃ、ナイトメア制覇だ』の勢いだけれど、ラズベリーのことが気になってしまう。
ふと視線を向けると、ラズベリーはいつの間にか、床に座る姿勢に変わっていた。
「ラズベリー。落ち着いた?」
「すいません。スキルのせいで動けなくなっていました」
「さっきのはスキルのせいなわけ?」
ラズベリーの説明をまとめると、さっきの熊はやはりクーちゃんだったらしい。そしてクーちゃんが持っている固有スキルの『怒り』が影響して、動けなくなっていたようだ。
「未召喚の状態で、仲間の召喚獣が倒されると、怒り状態で強制的に出現するんです。術者の悲しみに比例して、力が大きく増します。そして怒り状態の間は、術者が動けなくなります」
今回はたまたま無事だったけれど、魔物がたくさんいる場合には、おそろしく使いにくい罠スキルのようだ。
とはいえ、発動条件を考えれば、そうそう目にするスキルでもないだろう。
ラズベリーが立ち上がる。
「ナイトメア制覇です!」
「うん。ナイトメア制覇だ!」
右手を上げて喜ぶラズベリーに、僕も右手を合わせてぶつける。パーンと気持ちよく響く音が、制覇の喜びを表現しているみたいだ。
「いたっ」
二度目のパーンと言う音と同時に、僕のお尻に痛みが走る。
「やったわ!」
マーミンが僕のお尻を叩いたのだ。
「いきなりでびっくりするでしょ」
「右手が空いてなかったら、いい音するのはここしかないのよ。次は叩くわよって言うからいいでしょ」
右手の人差しゆびを唇に当て、ウィンクをしてくるマーミン。もともと怒ってるわけではないし、それだけでなんだか許せてしまう。
「今日も平和でござるなぁ」
赤さんののんびりとした声を聞きながら、本当に悪夢のようなナイトメアを制覇したんだと、やっと実感が沸いてきた。
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さすがにナイトメアに連続でアタックする元気はなかった。特に赤さんの負担が大きすぎるし、罠解除をしていない僕も疲れていた。
解散した後、僕はログアウトして休憩する。
元気を取り戻してゲームに戻ると、クランイベントが盛り上がっていた。
いつものようにクランハウスのソファに座りながら、クランイベントのメニューを開く。そこには取得したポイント順に、クラン名はシークレットのリストがあった。
このポイントはいわゆるクランポイントとは違い、イベント専用のポイントらしい。名前が似ているからややこしいけれど、これで一位とかになると、商品としてクランで使用できるポイントがプレゼントされるシステムだ。
「もっとわかりやすいイベントにして欲しいよね」
「その通りでゴンス。誰もいなくて寂しかったでゴンス」
ゴンスヒーラーのゴリが、二階から降りてくる。フレンドリストでも確認したけれど、クランメンバーは僕とゴリだけしかログインしていないようだ。
「ゴリはもうイベントやってるの?」
「回復しかできないでゴンス」
つまり魔物を倒せないから、イベントには参加していないという意味だろう。見た感じ戦えそうだけれど、それ用のスキルを持っていないのかもしれない。
「ペアハントか……どこがいいかな?」
「ラルが召喚すれば、パーティハントでゴンス」
言われてみればそうだった。ルードとラビィは確定として、近接しやすいならサクラ、魔法が有効ならエリーの布陣が良いだろう。
でもゴリがいるのだから、サクラとエリーのアタッカーコンビも良いかもしれない。
「どこにでも行ける気がする。あっ、でもロッカテルナ湖はまだレベルが足りないよ」
「鉱山迷宮のハードにでも行くでゴンス」
鉱山迷宮で思い出したけれど、ナイトメアのドロップを確認していなかった。レアハンターの僕が忘れるなんて、まったくマヌケな話だ。
「うそでしょ」
「どうしたでゴンスか?」
インベントリには『魔人の爪』しかなかった。つまりレアもアンコモンも、手に入らなかったのだ。
その結果に愕然としてしまう。あれだけ苦労したのに、手に入れたのはこれ一つ。何に使えるかもわからないアイテムだけだった。
「なにがあったかわからないでゴンスが、そのうち良いことがあるでゴンス」
まったくゴリの言うとおりだった。レアハントで思い通りにドロップしないことなんて、いくらでもある話だ。
いちいち悪い結果に落ち込んでいたら、レアハンターなんてやっていられない。
「次は手に入れる。それでは鉱山迷宮に行こうか」
「行くでゴンス!」
僕らはクランハウスのポータルから、鉱山迷宮へと向かった。