142.ナイトメアのボス
最初の部屋に戻ると、すでにみんながそこにいた。
「ラル! よけて」
「えっ?」
びっくりしたけれど、僕はさっと右へ動いた。
マーミンやラズベリーが、あれって言う感じで動きを止める。
「どうかしたの?」
「レバーを引いたら、魔物が出現したでしょ」
どうやら魔物から逃げてきたと思ったらしい。
「もう倒したよ。危なかったけどね」
「ポッポウ」
体から痛みが消えていく。ポンちゃんがヒールをかけてくれたのだ。
「よくやるわね。私たちはここまで逃げてきて、みんなで倒したわよ」
その手があったかと衝撃が走る。でも扉も開いていないかもしれないし、全然思いつかなかった。
「メッセージを送ったけれど、気がつかなかったのね」
ログを見ると、たしかにメッセージがあった。レバーを引けば扉は開くから、中央で迎え撃とうみたいな内容だ。
「いきなりでびっくりして、全然気がつかなかったよ」
「無事でよかったわ」
全員がレバーを引いて無事だった。とにかく最高の結果だ。
「この豪華な扉は開きそうかな?」
「触ったらワープするボス部屋らしいわ」
定番のシステムだ。リーダーが扉に触れると、ボス部屋に転送される。
「ボス前に面倒な戦闘でござったが、これもナイトメアゆえでござるな」
おそらくボスも強いだろう。でも今の僕らならば、きっと倒すことができるはずだ。
「準備はいい?」
「オーケー」
「はい」
赤さんのうなずきを確認してから、僕は豪華な扉に触れた。
--------------------------
ボスの部屋に転移すると、イベントが始まったらしく、体が動かなかった。
大きな広間の奥に、大きめの邪妖精が浮かんでいる。なにがはじまるかと見ていたら、床に7つの魔法陣が浮かび、そこに3メートルくらいのタウロスが出現した。
「護衛の7体と邪妖精だ。厳しい戦いになりそうだね」
「開幕で魔法を叩き込んであげるわ」
マーミンはいつでも準備完了って感じだった。僕もそろそろかと思っていたら、邪妖精の周りに、赤黒い球がふわふわと浮かび始める。
「こっちは動けないのに、ずるいです!」
ラズベリーの文句もよく分かる。イベント中にダメージを受けるのは、かなりフェアではない気がした。だけど赤黒い球は、僕らに飛んで来ることはなく、召喚されたタウロスの方へと向かっていった。
タウロスは声を上げながら、その赤黒い球へと吸い込まれていく。
「何が起こっているのでござる」
タウロスを吸い込み終えても、まだふわふわと浮かぶ赤黒い球。それらが邪妖精へと動き出すと、口の中へと消えていく。
「まさか……タウロスの能力を食べたのか!」
邪妖精の羽が小さくなっていき、体は大きくなっていく。不気味に変化していく邪妖精は、やがて体は細くみえるけれど、筋肉がムキムキな、3メートルほどの巨人に変化した。
「バランス悪そう。手も長いわ」
ひょろっと背の高い巨人で、直立した状態で手首が膝辺りに届くほどに、両手が長くなっている。戦いの間合いは取りにくい気がするけれど、勝手に倒れて転びそうなデザインだ。
「ヒュロォォォ」
ボスは妙な叫びを上げる。名前を確認したら『妖魔人』になっている。邪妖精とタウロスが合わさることで、名前は強そうになっている。
「ガァァァモォォォ!」
「バーストアローでござる」
「ファイアショット!」
ルードがいち早く雄叫びを上げて注目を浴びる。ほぼ同時に赤さんとマーミンが攻撃を開始した。
もちろん僕はドロップリストを確認する。
コモンに『魔人の爪』、アンコモンに『鉱石のレシピ』、レアに『流星の弓のレシピ』、ウルトラレアにはなにもなかった。
赤さんには流星の弓のレシピは、当たりな気がする。罠が多い迷宮だけに、斥候にプラスなドロップになっているのかもしれない。
でも誰にでもプラスなのは鉱石のレシピだろう。これが手に入れば、修理できないけど強いとかではなく、普通に強い装備が作成できるはずだ。
「ウィンドショット」
「ポッポウ」
妖魔人は長い手を鞭のようにして、ルードに攻撃を加えていた。バチーンって感じで当たる腕は、かなり痛そうに見える。
でもこの状況が維持できるなら、はっきり言って余裕だろう。
「演出はすごかったけど、思ったほどでもないわね」
マーミンがそう言うと、妖魔人は両手を左右に広げた。
「横に飛ぶでござる!」
なんでって思う前に、僕の体は反応していた。赤さんは無駄な事をさせるタイプではない。そこには必ず意味がある。
ゴロッと体を回転させて起き上がると、空中に半透明のタウロスが浮いていた。それは構えていた大きな斧を、さっきまで僕がいた場所へと振り下ろす。
ガキーンと石と斧がぶつかりあう音を響かせ、タウロスはスゥッと姿を消した。
「なによこれ!」
「怖すぎです」
どうやらパーティメンバーへの全体攻撃みたいだ。さっき吸収したタウロスを、亡霊なのか幻影なのか、とにかく攻撃させる技らしい。
「両手を広げるのが、出現タイミングのようでござる」
「了解」
あんな攻撃があるのなら、注目だけ気にして攻撃ってわけにもいかない。
「ポッポウ」
ルードは妖魔人の攻撃でも、一気に倒されることはなさそうだ。唯一避けていなかったのに、ポンちゃんのヒールだけで耐えている。
「ムーンボール」
そう状況を判断すると、ちょっと戦闘が長引くだけで、安定して倒せそうだと安心する。
そしたらそれをあざ笑うかのように、再び7つの魔法陣が床に浮かんだ。
「これがナイトメア。シークレットダンジョンのナイトメアなんだ」
タウロスが7体現れた。運がいいのか悪いのか、その7体は再び赤黒い球の中に吸収され、妖魔人がそれを飲み込んだ。
妖魔人の細い体が、さっきよりも太くなる。
「攻撃力と防御力が上昇したかもでござるな」
「早く倒さないと、どんどん強化されるパターンかもね」
「強化するならしなさいよ。この伝説の魔女が、消し炭にしてあげるわ。ファイアランス」
マーミンは元気だった。僕の予想では攻撃の厚みがなくなっていき、長期戦になって敗北する。この状況を打破する何かを掴まない限り、高確率でそうなってしまうだろう。
「まずはこの戦況を維持だ。ルードへのヒールを絶やさないで」
「はい」
そこへ妖魔人が両手を開く。さっと横にジャンプして確認したが、僕の背後に半透明のタウロスはいなかった。赤さんもマーミンも、なんだか戸惑っている。
「げぇ、集まってる!」
ポンちゃんが7体の半透明のタウロスに囲まれてしまったようだ。体を透過して見える先に、ポンちゃんの白い姿が見えた。
ポンちゃんは逃げ出そうと動いているけれど、半透明でも体をすり抜けていくことはできないようだ。
「ムーンブラスト!」
白っぽい半透明のタウロスには当たらなかったけれど、薄っすらと青いタウロスには魔法が命中した。
このことから考えると、半透明のタウロスを通り抜けることは無理なくせに、攻撃を当てることもできないってことだ。
ただし、薄っすらと青いタウロスにだけは攻撃できる。
「バーンアローでござる」
「アクアランス」
青いタウロスを倒せば、ポンちゃんを救えるはずだと言う前に、赤さんもマーミンも気がついたようだ。魔法と矢は正確に命中し、多角形の板を撒き散らしている。
なのに半透明のタウロスたちは、まだ斧を振り上げていた。急がなければ間に合いそうにない。
「ムーンスピア!」
僕の魔法は命中したが、斧は振り下ろされてしまった。
「パゥ」
「ああっ、ポンちゃん!」
スゥッと消えるタウロスと一緒に、ポンちゃんが姿を消した。