141.試練の間
地下10階まで探索し、ほぼマップを埋めることができた。残りは目の前にある扉の先だけで、おそらくボスがいるだろう。
「ナイトメアは無駄に長いわね」
「魔物は1階から変わらないし、罠もたくさんで面倒だったね」
ここまで踏破した感想がこれだった。赤さんがいなければ到着できなかっただろうし、火力がなければ、いくら時間があっても足りなくなる。
これでドロップが良くなければ、もう一度やろうとは思わない。と言いたいところだけど、経験値はいい感じなので、僕は32レベルになっていた。
クリアできる条件が整うならば、レベル上げには悪くない迷宮だ。
「試練の間と書かれているのが、少し気になるでござる」
「ボスまではまだ先って言うパターンだね。とにかく入ってみようか」
「オーケー」
僕らは試練の間と書かれた扉を開け、中に入った。
そこは長方形の部屋になっており、正面に3つ、左右の壁に2つづつの扉があった。その中でも正面にある扉だけ大きく豪華になっている。
「6つの部屋のレバーを同時に引けば、この豪華な扉が開くみたいね」
マーミンが豪華な扉に書かれたメッセージを読んだ。6つの部屋にあるレバーを同時に引くということは、パーティメンバー全員が、バラバラに部屋に入るということだ。
「それが試練でござるか?」
「レバーだけで済むわけないよね」
パーティを分裂させての襲撃。おそらくそんなところだろう。
「メッセージ機能を使って合図するから、それでレバーを引くことにしない?」
「それでいいけど、誰がどの部屋に行くわけ?」
何が出てくるかわからないけれど、出来る限り有利な状況になってほしい。扉に赤とか青とか色がついていて、何か違いがあるのは予想できるけれど、それがどういう意味を持つのかは、事前にわかるはずもない。
「こういうものは感覚でいいのでござる」
そう言うと赤さんは、赤い扉に入っていった。
赤忍者だし、赤さんがその扉へ行くのは当然かもしれない。
「好きな色でいいんじゃない。ルードは黄色で、僕は緑にしようかな」
「私は炎の赤が好きだけど、今回はオレンジにしてあげるわ」
「ポンちゃんは毛の色と同じ白で、私は青にします」
これで全員の色が決まった。
赤忍者:一度入ると出られないでござる
「っと、出られないみたいだけど、みんながんばろうね」
「伝説の魔女に不可能はないわ」
「はい」
それぞれのメンバーが扉の中へと入るのを見届けると、僕は最後に緑の扉を開けた。
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下りの通路が10メートルくらい続いた先に、部屋のような物が見えた。近づくとわかったけれど、そこは正方形の部屋で、レバーが床から伸びている。
これを引けば、中央の扉が開くはずだ。
「識別によると罠はない」
少し部屋が広いのは、戦闘があるからかもしれない。何が来ても大丈夫なように、心の準備をしながら、僕はレバーに手をかけた。
「触るだけでは何も起きないらしいね」
一人でいる不安から、なんだか喋らずにはいられなくなる。
マーミン:少し広めの部屋でレバーだけだわ。こっちはいつでも引けるわよ
ラズベリー:こちらも同じ部屋です。準備は万全です。あっ、ポンちゃんも大丈夫です
赤忍者:いつでもいいでござるよ
ラル:了解。僕が行くよー、て言ったら、はいのタイミングで引いてね
ラル:今回はテストね。行くよー
僕は少しだけ間をとった。
ラル:はい。って言う感じだよ
マーミン:オーケー
赤忍者:了解でござる
ラズベリー:はい
どうやらタイミングは大丈夫らしい。あとはタイミングよく、レバーを引くだけだ。
僕はふぅっと息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
タイミングがずれたらどうなるとか、今は考えてはならない。
ラル:行くよー
ラル:はい
僕は思い切りレバーを引いた。ガクンと言う感じで、レバーが倒れてくれた。
「よし。これで正面の扉が開くはずだ」
僕が部屋を出ようと振り返ったら、いつのまにかそこに邪妖精が浮かんでいた。
「瞬速剣!」
心構えはできていた。魔物が襲ってくることも予想していた。でもこの先制攻撃で、邪妖精を倒すことはできなかった。
「ウキャニャ!」
「ムーンボール!」
邪妖精が風の魔法を撃ってきた。同時に僕も魔法を放ったけれど、それでもまだ倒せない。
そして風の魔法が、僕のお腹に直撃する。
バスケットボールをお腹に受けたくらいの痛みが、僕の体を駆け巡った。
「なんでこんなに硬いって、邪妖精長か!」
確認したら、まさかの邪妖精長だった。ボスで見たときよりも小さかったので、ただの邪妖精だと勘違いしていた。
「くっ、ムーンスピア!」
無属性の魔法は、いい感じで多角形の板を飛び散らせた。だが耐久力が段違いで、まだまだ元気な感じがする。
さらに近づいて近接するか、魔法を主体に戦うか、どっちにするかと迷った瞬間、邪妖精長から強烈な風魔法が飛んできた。
「ぶふぇ」
部屋中に吹き荒れる風の範囲魔法だった。さっきの魔法はお腹から広がるダメージだったけれど、今回は全身にビリビリとくる痛さだった。
このゲームをはじめて、ここまでダメージを受けた記憶がない。大抵の場合は避けることができたし、何よりラビィがそばに居てくれた。
だからダメージを受けても、すぐに回復してもらえていた。
でも僕一人では、このダメージをどうにもできない。できることがあるとすれば、とにかく攻撃して、やられる前にやるだけだ。
「瞬速剣!」
絶対に外さない一撃を、邪妖精長に食らわせる。ダメージエフェクトは飛んでいるけれど、倒すまでには届かない。
「ムーンシールド!」
「ウキャニャ!」
攻撃パターンの予想が当たり、風魔法を無属性の盾で防いだ。でもさっきのパターンならば、逃げる場所がないほどに、風の魔法が吹き荒れる。
「やるしかない!」
僕は邪妖精長に近接し、思い切り剣を振るう。瞬速剣を取得した時を思い出し、とにかく攻撃し続けた。
だからといって、邪妖精長が攻撃するまでの間に、何十回も攻撃できるわけではない。残念ながら、倒し切ることはできなかった。
「だけど逃げる!」
僕はふわふわ浮いている邪妖精長の下へとしゃがみこんだ。
魔法は平気で仲間に命中する。自分で自分に魔法を撃てば、それもダメージになる仕様だ。なのに邪妖精長は、さっきの魔法でダメージを受けていない。
とすればそこが安全地帯だというのは、誰がみても明らかだろう。
部屋中に風が吹き荒れるけれど、思った通りここは安全地帯だった。ふと上を見ると、弱点マークが灯っている。
「魔法を使っている間が弱点だ。ムーンスピア! ついでに連続斬りだ!」
技はないけれど、魔法を撃ち込んだ後に、なんども剣で突き刺した。連続斬りとか言ったけれど、剣を振る余裕はない。
弱点のおかげで、ダメージエフェクトも大発生だ。キラキラを浴びながら、僕はとにかく剣を何度も突き刺した。
「おっ、手応えが消えた」
ダメージエフェクトが薄くなると、邪妖精長も姿を消していた。
「よっし。討伐完了だ!」
部屋を見渡しても、邪妖精長は存在しない。少し体が痛むので、仲間と合流するために、僕は通路へと歩きだす。