135.ラズベリーの召喚獣たち
ゲームにログインすると、僕の目の前にクマがいた。
「うわぁ」
びっくりして尻もちをついてしまう。
「あっ、ごめんなさい」
声に顔を上げると、裁縫の作業をするテーブルの前に、ラズベリーが立っている。
「いや、ここでログアウトした僕も悪かったよ。このクマさんは、ラズベリーが契約したんだね」
「はい。ついに純粋なタンク職を仲間にしたんです。名前はクーちゃんです」
クマだからクーちゃんなのだろう。
「よろしく。クーちゃん」
「グアァ」
クーちゃんは声っぽくない唸り声を上げた。どうやら話せない系の召喚獣らしい。
ただいきなりで驚いたけれど、よく見るとこのクーちゃんは可愛らしい。リアル系クマではなく、アニメに出てきそうな愛らしい感じのする、デフォルメっぽいクマだった。
「可愛いね」
「そうなんです。この姿にするのには苦労しました。ものすごく怖くなったり、人っぽくなったりしたんです。森では野生のヒグマみたいな感じで怖いんですよ」
それを可愛らしくするとは、ラズベリーの執念に拍手したくなる。
「触ってもいい?」
「どうぞ」
クーちゃんも嫌そうにしなかったので、僕はお腹あたりの毛をなでた。思ったよりもゴワゴワして、硬いブラシみたいな感触だった。
「ふわふわじゃないんだね」
「見た目はいい感じなのですが、前衛職のせいか、毛が硬いみたいなんです。契約前の確認では、触れないですから。でも大好きですよ」
ふわふわが好きなラズベリーだけど、そこは大丈夫らしい。むしろ毛が硬いおかげで、防御力も高そうだ。
「そういえば、ラズベリーは何を作成していたの?」
「実はですね……これです!」
ラズベリーがミニ浴衣を取り出した。でも僕が作成したのとは違う柄だ。
「薄いグレーのベースに、大小の茶色い木の葉が舞うデザイン。素敵な浴衣だね」
「はい。そしてこれです!」
ラズベリーが次に見せたのは、薄い赤をベースにして、大小の緑の葉が舞うデザインだった。おそらくこれは春だろう。
そして夏のミニ浴衣を取り出した後、もう一つの浴衣を見せてくれる。
「白ベースに水色の雪の結晶が舞うデザインだ。涼しげでいい感じだね」
「はい。一番のお気に入りです」
そう言うとラズベリーは、白いミニ浴衣に着替えた。
クルリと一周すると、こっちへ向けてニコッとする。
「よく似合うよ。って、あれ?」
「ありがとうございます」
よくみるとラズベリーの肩に、白い毛の何かが乗っていた。でもポンちゃんとはサイズが違う。
なんだろうと見つめていたら、不意に何かと目があった。
「まさかホワイトウルフ!?」
「はい。大変でしたけど、ついに当たったんです!」
僕の口が開いて閉じなくなる。今気がついたけれど、この部屋にはラズベリーの召喚獣がたくさん存在した。
部屋の端で寝ているキンちゃん。僕の前にいるクーちゃん。机の横に転がっているポンちゃん。ラズベリーの肩に乗っているホワイトウルフ。そして話にだけは聞いていた、チキンヘッドも部屋の隅にいた。
つまり、合計で5体の召喚獣が、同時に召喚されているのだ。
「限界召喚……」
「はい。いつでも囲まれていたくて、限界召喚のスキルを覚えました」
理由がなんともラズベリーらしい。強くなるとか、戦いやすいとかではなく、単に一緒にいたいからと、限界召喚を選択している。
普段は一緒にいるための限界召喚と考えれば、その選択も悪くないのかもしれない。でも僕は、できれば限界召喚以外で習得したい。
せっかく30レベルになって覚えられるスキルなのだし、会うだけなら限界召喚はいらない。それならば仲間を守れる交換召喚の方がいいし、強化になる制限召喚も悪くないだろう。
「いろいろすごいね。おめでとう」
「ありがとうございます」
いつのまにかラズベリーは、最低でも僕と同じくらいのレベルになって、ポンちゃんを進化させ、あの地獄のくじで特賞に当選する。
キンちゃんもありえないほどの確率だろうし、何かとラズベリーは運が良い気がした。
「そういえば幻幽女の討伐にいったんだね」
「はい。モルギットさんのネックレスを知って、マーミンさんが行きたいと言い出して、私が一緒に行きました」
気のせいかラズベリーの頬が赤い。
「モルギットさんから、レリーフと同じことをしながら扉を開ければいいって言われたんですけど、そのレリーフが……」
なんだか言いにくそうにしているけれど、確か天使が手を繋いでいるレリーフのはずだ。
「天使がハグしてたんですよね。それでマーミンさんと抱き合いながら扉を開けてクリアしました」
あの謎は一種類ではないかもと思っていたけれど、そういうパターンもあったようだ。
「ゴリさんも欲しいって言い出して、パンクさんと一緒に行ったんですけど、天使がキスしてたらしいです」
僕の時間が止まってしまう。まさかという思いが、僕の体を駆け巡る。
「ドロップしなかったみたいですけどね」
つまり扉は開いたということだ。嫌な想像も浮かぶけれど、自分を含めた三つの事例を合わせれば、あの謎の本当の答えが予想できた。
「だからもう行きたくないなって思うんですよね」
「大丈夫だよ。あの扉の本当の答えが、今の話でわかった気がする」
えっという感じで、ラズベリーは首を傾げた。僕は安心させるように、穏やかに説明をする。
「僕の時は手をつなぐだったんだ。そしてハグとキス。共通するのは体の接触だ。つまりあの扉を開くためには、何かしら体を接触させていればいいはずさ」
「ありそうですね」
ハッとした顔でラズベリーはそういった。さらに安心させるために、僕は言葉を繋いでいく。
「まあハグは許せるとしてもね。男女でペアを組んで、キスとかでたらどうするって感じでしょ。間違いなく体の接触だけで大丈夫だよ」
「そうですよね。今度マーミンさんと行ってきます。すぐに入ろうとしても、無理だったので」
ボス的な存在だろうから、いわゆるリポップ時間があるのだろう。ギルドで公開した情報だし、プレイヤー単位のリポップでなければ、混み混みで挑戦すらできなさそうだ。
「いろいろあって聞き忘れていたけど、ホワイトウルフとチキンヘッドの名前は?」
「ホワイトウルフがイッちゃんで、チキンヘッドがトーちゃんです」
一時間後にラズベリーの召喚獣の名前テストとかされたら、キンちゃんとポンちゃんしか答えられなさそうだ。
全部にちゃんがついているから、なんとも覚えにくい感じがする。
「なんでイッちゃん?」
「ホワイトのイトでイットです。なのでイッちゃんって呼んでます。チキンヘッドさんはトーリが名前なので、トーちゃんです」
トツゲキングのキンちゃんと同じように、ちゃんつけは愛称だった。二つ名前があるみたいで覚えにくいけれど、無理やり覚える必要もないだろう。
「そっか。みんなよろしくね」
「よろしくおねがいします。私は魔布がなくなりそうなので、もう少し裁縫を頑張ります」
「了解。またね」
これ以上いても邪魔になりそうなので、僕らはエントランスホールへ向かった。