129.白い影の正体
扉の外は、さっきまでいた石碑の前につながっていた。僕らの前に、白っぽい女性の影が浮かんでいる。
「幻幽女です!」
僕も確認したけれど、幻幽女で間違いはない。ただドロップリストを見ても、何も存在しなかった。
『やっと解放された。こんな場所に封印され、百年も寂しい思いをした。封印が弱まり、声が出せるようになって人を呼んでも、謎が解けるものはいなかった』
説明セリフが続いたけれど、謎なんて解かなくても、レイナがすぐに答えを教えればいい。それだけで解放されるのに、なぜそれをしなかったのか不思議になる。
「体が動きません。イベントみたいです」
「そ、そうだね」
せっかくの盛り上げシーンのはずなのに、モルギットは冷静だった。
『聞かれたことにしか答えられないという呪いを受けながら、ようやく私は解放されたのです』
少し言葉が変わって、女性っぽくなってきた。なんで封印されたのかとか、ちょっと興味はあるけれど、幻幽女はレア魔物で討伐対象のはずだ。
このままお礼をしてあげるなんて展開には、きっとなったりしないはずだ。
『あなたたちに、解放してくれたお礼をさせてもらうわ』
「あれっ」
予想外にお礼パターンかもしれない。
「ろくでもないお礼な気がします」
そのパターンもあったかと、自分の単純さに笑ってしまう。
『解放された私の、最初の犠牲者になりなさい!』
モルギットの予想が正解だった。
「体が動きます」
いきなりメイスを構えたまま、モルギットが突撃する。
「ルード召喚!」
何にせよタンクが必要だ。
『フゥフォンティ!』
「あぁ」
メイスを振り下ろそうとしたモルギットが、突然ガクリと膝を崩した。
「これ、魔法力を……」
いきなり力が抜けたせいか、モルギットは言葉をはっきりと言えないようだ。そこへルードがブレイクを使って、幻幽女へと突撃する。
「おっ、いい感じだ。ラビィ召喚!」
黒騎士の槍の性能もあって、素敵にダメージエフェクトが飛び散った。その様子を見ながら、モルギットが幻幽女から少しづつ離れていく。
『みなぎるわぁ』
「ウォーターランスですの!」
登場した途端に、ラビィが魔法を撃ち込んだ。おそらくモルギットの魔法力を吸収して喜んでいる幻幽女が、その一撃で痛そうな表情を浮かべた。
ちょっとフラフラになりながらも、モルギットが僕の横までやってくる。
「すいません。失敗しちゃいました」
「大丈夫。エリー召喚!」
幻幽女はエリーが出てくる前に、両手を胸の前で合わせた。
『ファフォックロファラマ!』
「ムーンシールド!」
空から光の矢が降ってきた。僕はモルギットと重なるようにして、ムーンシールドを空へ展開する。
「ぐっ」
突き抜けてきた一部の光の矢が、僕の右腕に直撃した。軟式野球でデッドボールを受けたくらいの痛みが、僕の動きを阻害する。
「ヒール」
「アクアランスですの!」
モルギットのヒールで、僕の動きが戻ってくる。ラビィは僕が癒やされるのを見て、攻撃魔法に切り替えていた。
「ウピィ」
そこへファイアショットも飛んでいく。水と火の共演は、さっきの光の矢に負けず劣らず、美しく幻幽女に直撃した。
「まだ倒せない? ゾーンの限界を越えてる魔物かよ」
ルードが黒騎士の槍の力を開放し、幻幽女に電撃を食らわせた。迸る電撃を浴びているのに、両手を空へと向けて広げた。
「まずい。全方位だ! ムーンシールド」
「きゃっ」
今度は僕らの方だけでなく、周囲に光の矢が降り注いだ。ルード、ラビィ、エリーにも、いくつか矢が当たってしまう。
「ゴッデスヒールですの」
「ヒール」
ラビィがエリーにゴッデスヒール。モルギットがラビィにヒールをかける。ルードは誰も回復していないけれど、元気に槍を振り回していた。
「心強いよ。ムーンボール!」
「ウピィ」
僕の魔法を追いかけるように、ファイアランスが飛んで行く。三連撃になった魔法は、いい感じに多角形の板を飛ばしている。
「まだなのか。さすが封印されていた魔物だね。ムーンブラスト」
簡単に倒れてくれないならば、少しでもダメージを与えていくしかない。モルギットは最初に魔法力を失っているせいで、強い回復は使えないようだし、さっさと倒してしまいたい。
(あっと、忘れちゃいけない)
改めてドロップリストを確認すると、コモンに裁縫のレシピがあった。卵はでないけれど、確実に手に入れることができそうだ。
『フゥフォンティ!』
いきなりルードが膝をつく。どんな仕組みかわからないけれど、もともと魔法力の少ないルードには、あまりにも効果的な技だ。
「ルード!」
「エナジーリンク!」
ルードとモルギットの体が光る。
いつか僕もお世話になった、魔法力回復効果が上昇する魔法だ。
「ムーンスピア!」
だんだんパターンが分かってきた。魔法力を吸収して、みなぎった後に光の矢を発射。使い切ったらまた吸収するという、それの繰り返しだろう。
「ウォーターランスですの」
「ウピィ」
軽やかなステップから、ラビィが煌めく水の魔法を撃ち込んでいく。おそらくステップに意味はないと思うけれど、なんだか格好良く見える。
そこにファイアショットが合わさって、火と水の芸術のような攻撃が完成した。
さらに魔法力を回復したのか、ルードがムクリと起き上がってくる。
「攻撃方法が光の矢しかないところが、この魔物の敗因だ!」
魔法でダメージエフェクトが飛び散る中、ルードが槍を突き出した。
「ガモォ!」
前が見えないくらいに眩しく多角形の板が舞い踊り、やがてそれらが薄れていくと、幻幽女も消えていく。
『我は消えぬ。必ずや再び……』
幻幽女は不穏な言葉を残していく。おそらく何度も戦えるようにするためだろう。
何しろレアドロップには、幻幽女のネックレスというアイテムがあった。一度しか戦えないならば、ほぼ手に入ることはない。
「やったね」
「やりました」
僕らはハイタッチをかわす。思わぬ苦戦を強いられたけど、なんとか無事に倒すことができた。
インベントリを確認したら、目的のレシピはちゃんとドロップしている。コモンとは言え、結構な低確率でドロップしないから、少しだけ不安だったのだ。
「あっ、幻幽女のネックレスがドロップしました」
「すごい。レアドロップだよ。おめでとう!」
僕はモルギットの両手を握り、クルクルと回って踊る。
レアゲットの舞を終えると、モルギットもレアドロップが嬉しいのか、ちょっと顔が赤くなっている。
「ありがとうございます」
「それで効果は?」
モルギットは幻幽女のネックレスを手にとった。
「防御力はありませんが、魔法力回復効果上昇です。きっとあのファファファみたいなスキルの効果を、こんな感じで実装してるんじゃないでしょうか」
「いいね。魔法を使う人にはぴったりだ」
モルギットは早速それを装備した。胸元で白っぽく輝く感じで、聖職者っぽく見えてくる。
「聖女モルギット……」
「えっ、何言ってるんですか」
パンッと肩を叩かれる。モルギットは照れているけれど、自分でも何言ってんだと思ってしまうところが、僕の経験の浅いところかもしれない。