128.不思議な石碑
さすがに夜通し戦い続けるのは大変なので、モルギットと一緒に休憩しながらがんばった。ラビィやサクラ、エリーには申し訳ない気もするけれど、ずっと戦ってもらっている。
「なかなか幻幽女は現れないですね」
「そうだね。何かトリガーがあるのかもしれない」
「トリガーですか?」
ふっとモルギットが顔を伏せる。おそらくトリガーについて、考えを巡らせているのだろう。
そんなモルギットを見ていたら、不意に関係ない事を思い出した。
でも今はタイミングが悪い。モルギットの考えがまとまるまで、邪魔をしないほうが良さそうだ。
右拳を顎に当てて、真剣な表情で考えるモルギット。そう言えば二人きりだなって思ったら、なんとなく緊張してきた。
そういう経験の少ない僕は、変に意識してしまう。
(プレイしていると気にならないのに、意識すると妙に緊張してしまう……)
ハッとモルギットが顔を上げる。
「駄目です。思いつきません!」
最初から考えてもわからないと思っていたけれど、やっぱり未知な物を思考だけで特定するのは難しい。
「ただトリガーではないのですが、この辺りは探索済みですか?」
「えっ」
暗くなってから南に移動して、幽女をすぐに発見したので、この辺りは探索していない。モルギットの言葉で、新たな可能性に気がつくことができた。
「まだ探索してないよ。もしかして場所が悪いかもってこと?」
「いえ。探索していないのなら、すでにポップしている可能性があります。幽女が出現する範囲を調べながら、幻幽女を探してみるのはどうでしょうか?」
すごくいい方法な気がする。寝起きだったせいか、そういう可能性を全く考えていなかった。
「いいね。そうしよう」
「はい」
最初からやるべきだったけれど、僕らはあらためて、森の探索を開始した。
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30分ほどかけて森を探索すると、幽女がでる範囲は大体わかってきた。ちょうど円形にポップ範囲が広がっており、おそらくその範囲で幻幽女が出現するのだろう。
さらに幻幽女の探索をしたことで、僕らはものすごい発見をしてしまった。
「この石碑から、声が聞こえますよね」
「そうだね。幽女のポップ範囲の中心にあるから、何かしら関係がありそうだ」
よくわからない文字が書かれた石碑から、よくわからない声が聞こえてくる。
「調べて見るよ」
僕が石碑に近づくと、突然メッセージが表示された。
「プレイヤー二人でパーティを組んでくださいって、メッセージが出てきたよ」
僕の言葉に、モルギットも石碑へ近づいた。
「私の方には表示されないみたいなので、リーダーだけに出る感じですね」
「そっか。何かありそうだから、みんなを送還するよ」
僕は全ての召喚獣を送還する。
さっきまでと同じように、森にヒューッと風が吹いてくる。同じはずの風なのに、不思議と寂しくなってきた。
「夜の森で二人だけって、なんだか心細いですね」
「僕もそう思った」
そんな会話をしていたら、再びメッセージが表示された。
『レイナからの挑戦を受けますか?』
石碑の前に来たのに、レイナという存在から挑戦された。
「クエストっぽいよ。レイナからの挑戦だって」
「つながりがわからないですが、受けてみますか?」
「もちろん。ここで帰る選択なんてないさ」
僕はイエスを選択する。
すると周囲が暗転し、少ししてからランプが光りを取り戻す。
「いきなり部屋の中だ」
「閉じ込め……いえ、扉が2つありますね」
5×5メートルくらいの、石造りの正方形の部屋だった。僕の正面と背後に、扉が向かい合うようにして存在している。
背後の扉のプレートには、諦めた時ようの出口と書いており、前方の扉のプレートには、長々と文字が書いていた。
「さすがに開かないか……」
僕は正面の扉のノブを回してみたが、ガチャガチャというだけで、開きそうな感じはしない。識別でも鍵がかかっているとか見えないので、普通に解除できる鍵ではないのだろう。
「挑戦と言うからには、このプレートに秘密があるってことですよね」
「あー、そういうことだよね」
正面の扉がある壁には、翼を生やした子供二人が、手を繋いで空へ向かっているレリーフがあった。それも関係あるかもしれないけれど、扉にかけられたプレートのほうが重要だろう。
どうやら腕力的な挑戦ではなく、知力的な挑戦をレイナは仕掛けてきているらしい。
幸いにもモルギットは、この手の謎解きは得意な方だ。僕も嫌いではないし、二人で協力すれば、きっとクリアできるだろう。
「よし! がんばろう」
「はい」
僕はプレートを確認する。
『力のあるものだけが、空へと向かえ。知恵なきものは地に落ちる。光に備えよ。持たぬものは望んではならない』
この文章を読んで、僕は頭をフル回転させる。
(なんだか普通の文章だ。特に謎がありそうな気もしない。なにより光に備えよから先は、ただの忠告にしか思えない)
僕は右手の指を伸ばし、それをおでこへと当てる。どこぞの探偵のごときポーズで、僕は様々な可能性を模索していった。
「あの、これ……」
「んっ、もしかしてわかった?」
モルギットが知識系だと知っているので、謎を解いたのかと、期待の視線を向けてしまう。
なのにモルギットは戸惑っているようだった。
「あれ、どうしたの?」
「あっ、いえ。これって、意味あるんでしょうか?」
「えっ?」
この扉を開くためにも、何かしら意味があるだろう。でも僕と同じように、謎があるようには感じていないようだ。
「確かに文章が普通だよね。よくあるって言ったら運営に悪いけれど、何か意味ありげって感じもしないよ」
「それもあるのですが、これって問題自体が……えっと」
うまく言葉にならないみたいだ。でもまだ謎が解けていないことは、なんとなく伝わってきた。
「大丈夫。僕も頑張るから、一緒に頑張ろう」
「はい……」
この手の問題で大事なのは、柔軟な発想だろう。空に上るとか、地に落ちるとか、何かしらの比喩なのかもしれない。
そして光に備えよとは、文字通りピカッと眩しいとか、そんな意味じゃないだろうか。むしろこの文章よりも、レリーフの方に秘密があるのかもしれない。
(天使……かな。子供が二人、空へ向かっている。力あるもの、知恵なきもの。なんだか考えすぎな気もしてくる)
力があるものって、なんの力だろう。このレリーフで言えば、翼になるのかもしれない。でも人間に翼はない。空を飛べと言われても、誰も実行できないのだ。
そうなると、誰でもチャンスが有るべきという、ゲームのルールから外れてしまう。もしかすると僕は、考え方の方向性から間違っているのかもしれない。
「裸に見える天使か……」
「く、口に出してますよ。裸に見える天使がどうしたんですか?」
「あっ、ごめん。発想を変えてみようかなって」
集中しすぎて、声に出てしまっていた。
(そもそもなんで、この挑戦はペア限定なんだろう。後に戦闘があっての制限なのか、それ自体に意味があるのか。どちらにせよ無意味であるはずがない)
っと、そこまで考えた時、ついに僕は答えを見つけた気がした。
「そうだよ。なんでこの挑戦はペアなのか。そして天使はなぜ二人いるのか。簡単な答えさ。このレリーフの通りに、僕らが手を繋いで扉を開ければいい。それ以外の文章なんて、きっとただのフレーバーさ」
「あっ、ありそうですね。ラルさん、やってみましょう」
モルギットがいきなり僕の手を握ってきた。心の準備ができていなかった僕は、その行動に少し照れてしまう。
でも言い出したのはこの僕だ。
顔に出さないように気をつけながら、僕は大きく深呼吸する。
「開けてください」
「任せて」
さっきはガチャガチャ言っていたノブが、すんなりと回ってくれた。
でも中に入ろうと扉を開けたら、隙間から白い影が飛び出してくる。それはそのまま背後の扉を突き抜け、すぐに消えてしまった。
「いまのはなんだ?」
「扉の奥には、なにもありません!」
僕も確認してみたが、狭い部屋があるだけで、そこには何もなかった。
「追いかけよう」
「はい」
僕らは脱出用の扉を開け、外へと飛び出した。