127.久しぶりのレアハント
肩を突かれる感触で目が覚める。
「あれ、ここどこだっけ?」
暗い森の中で、一気に記憶がよみがえる。あまりにも気持ちよすぎて、どうやら眠っていたらしい。
「ありがとうサクラ。もうすっかり夜だね」
僕がランプを用意してスイッチを入れると、辺りがふわっと明るくなる。
「サクラ。幽女はいた?」
「いえ。この辺りにはいないようです」
さっと見回してみたけれど、確かに魔物の姿はない。
「よし。もっと奥へ行こう」
「おまかせですの」
サクラを先頭に、さらに僕らは森の奥へと向かった。
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5分ほど進んだだけで、森の雰囲気が変わってきた。木の密集度は変わっていないはずなのに、さっきよりも暗く感じてしまう。
気のせいではないことを証明するかのように、スゥッと白い女性が現れた。
「あっ、幽女で間違いない」
ゴーストとは違って、浮遊していることはなく、幽女は地面に立っている。移動する時は歩いたりはせず、スゥーッと氷の上を滑るような感じだった。
見た目も幽女の名前の通り、半透明の髪の長い女性だった。白い着物という服装も固定みたいで、次々現れる幽女すべてが、同じ見た目だった。
「レアは白銀草の種で、ウルトラレアは幽女の卵か。コモンが布の切れ端で、アンコモンはなしと。でも白銀草の種ってなんだろう。とりあえず欲しいのは、種と卵だよね」
おそらく卵がドロップする前に、種がドロップするだろう。幽女は強くないとは思うけれど、最初はサクラに戦ってもらうことにした。
「サクラ、よろしく」
「おまかせを」
一番近くにいた幽女へ向けて、右手の刀を横へと振るう。無数の多角形の板が飛び散って、それだけで幽女は消滅した。
「人と幻のエッセンスなんだ。コモンしかドロップしなかったけれど、倒すのは問題なさそうだ」
ちょっと過剰戦力になっている気がするけれど、他にプレイヤーは見当たらないし、遠慮することはなさそうだ。
「それじゃどんどん倒して、幻幽女を探そう」
「がんばりますの!」
サクラ以外はランプの光の範囲という制限があるけれど、僕らはそれぞれのターゲットへ向けて、次々と幽女を倒していった。
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なんだか懐かしい気がした。
最近はプレイヤーとパーティで迷宮を攻略したりしていたので、単独でのレアハントに、懐かしさと興奮を覚えてしまう。
「幻幽女はどこにいる!」
剣のスキル上げもかねて、僕は予備の剣を振るう。それでもレベル差があるので、一撃で倒すことができた。
「君は卵をドロップしてよ! 瞬速剣」
せっかくだから覚えた秘伝を使ってみた。自分が剣を振ろうとした時には、すでに振りおわっているみたいな感覚で、当てた覚えのない場所から、多角形の板が飛んでいる。
たしかにこの能力ならば、瞬速剣を回避できる人はいないだろう。
「リキャストタイムは15秒。悪くないねっと!」
幸いにも幽女の数は多く、ポップも比較的早い。幻幽女がいつ出現するかはわからないけれど、っと言うかこの方法でポップするのかも知らないけれど、おそらく他のレア魔物と、似たような条件であるはずだ。
「ランダムポップかも知れないし、倒しまくれば出てくるかもしれない。どちらにせよ、こうやって倒していれば、いつか出現するはずさ」
剣を振り回しながら、サクラたちの様子を確認すると、僕と同じくらいのペースで倒していた。みんなレベルが高いから、一撃というのは変わらないらしい。
「幻幽女も弱いかもだけど、欲しいのはレシピさ! ムーンスピア」
剣だけでは飽きてくるので、たまに魔法を混ぜてみる。一撃じゃなかったら嫌なので、上位の魔法を使ってみた。
「うん。いけるね」
アンコモンのドロップがないせいで、ログが全然表示されない。アンコモン以上の表示なので、種か卵がドロップしないと、ずっとログは寂しいままだ。
「まあ表示された時はレア確定。それでいいのさ!」
体を回転させながら剣を振り回し、幽女を攻撃する。技でも何でもなく、単にやってみただけだけど、単調な狩りが面白くなってきた。
「ジャンピングスラッシュ!」
思い切りジャンプして、上から斬り下ろす必殺技だ。
「あっ」
僕の背後から、聞き覚えのある女の子の声がした。びっくりして振り返ると、そこにモルギットが立っていた。
「こんばんは。クエストもクリアして落ち着いたので、遊びに来ちゃいました……」
ちょっとうつむき加減にそう言ったモルギットは、なんか見ちゃいけないものを見たっていう感じだった。
「モ、モルギット。別に恥ずかしくないから。照れられると、僕が恥ずかしくなっちゃう」
「すいません。ジャンピングスラッシュ! とか見ちゃいけないのかと思って……」
技名を言われたことで、さらに恥ずかしさが増してきた。モルギットの性格から考えて、狙ってやっているわけではなさそうだけれど、気まずくなるので、すぐにパーティに招待する。
「ありがとう」
「レアハントだけといいの?」
「はい」
モルギットがパーティに参加した。
「レア魔物情報にあった幻幽女狙いですね」
「ギルドに行ったんだね。サクラに着物を作成したいんだ」
モルギットはちらっとサクラに視線を移す。
「サクラさんなら、着物が似合いそうですね。和風な感じですし」
「そうなんだ。進化できたら、絶対に着物を着て欲しい」
そこまで話すと、僕は気になることができてしまった。
「そういえばモルギットって、回復専門だよね。どうやって戦うの?」
「これです」
モルギットはメイスを装備した。ピカピカして見えるから、おそらく魔法のメイスだろう。
「ソロのレベル上げように、メイスを使ってるんです。パーティの時は前に出ないですけど、意外と戦えるんですよ」
モルギットは鍵開けといいメイスといい、僕の予想外なスキル構成になっている。具体的に聞いてみたいけれど、フレンドとは言え、そのあたりはちょっと聞きにくい。
「他のスキルは秘密です」
右手の人差し指を口に当て、モルギットがニコッと微笑む。おそらくなんどか聞かれた経験があって、僕も聞くんじゃないかと予想したんだろう。
「聞かないよ。そろそろ狩りを開始する時間さ」
「はい」
モルギットは手近な幽女へ向けて歩きだす。そして無造作という感じで、メイスを振り下ろした。
幽女の攻撃よりも速い一撃は、大きくダメージエフェクトを迸らせる。
どうやらモルギットも、幽女は一撃で倒せるらしい。
「どうですか?」
「凄いね。かなりダメージが出ているみたい」
幽女が弱いというのもあるけれど、あのメイスもなかなか凄そうな感じがする。
どちらにせよ、ここで一緒に戦うのには、なんの問題もないということだ。
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ランプの灯りの中で、しばらく戦っているけれど、幻幽女が出現する様子はない。もともと何かの兆候があるわけではないけれど、なんとなく出てくる気配というのが、感じられないのだ。
しかも100は軽く倒しているはずなのに、レアの種すらドロップしない。
いつしか僕は無言になりながらも、ドロップしろと剣を振る。
「あっ、白銀草の種がドロップしました」
「おおっ、やったね。おめでとう」
「ありがとうございます!」
そう言うと、モルギットは白銀草の種を見つめながら、動きを止めてしまった。
「あれ? どうしたの」
「いえ、レアがドロップしたのは嬉しいんですが、どこで何に使えるんでしょう?」
そういえば種があったところで、畑があるわけでもない。
「食べちゃうとか? 説明にはなんて書いてあるの」
「えっと、畑に植えて栽培するってなってます」
つまり食べたりはしないらしい。でもそこまで直接的に書いてあるなら、畑がないのはおかしな話だ。
「あれかな。自分の家とか持てるらしいじゃない。そしたら畑とか買えるのかもよ」
「そうかもしれないですね。なにかわかるまで、大事にとっておきます」
「それがいいよ」
モルギットはメイスを構え直す。そのまま幽女へと突撃した。
(幻幽女には、何かしらトリガーがありそうだよね。でもそれがわからない)
考えてもわからないので、僕は戦い続けるしかない。
仮に出現しなかったとしても、それで何かがわかるはずだ。