123.ナイトメアの黒い巨人
あれから仲良くなったウィザードとエリスは、連携もいい感じになっていた。エリスの与えるダメージは少ないけれど、無駄な被弾などがなくなったおかげで、倒すペースが上がっている。
(これでついにボス部屋前だ)
そうやってボス部屋の前まで来ると、ウィザードが地面に座り込んだ。
「ちょっと休憩だ。ここのボスと戦った経験のあるやつはいるか?」
僕は首を横に振った。
「私は初めてよ」
「僕も初めてです」
どうやらエリスとハワワも初めてらしい。
「我は沈黙のヒーラー。黙して語らずでゴンス」
ここで言わないのかいっとか言いたいけれど、僕はちょっと人見知りなので、そこまでの勇気は出なかった。
「言えよ!」
変わりというわけでもないけれど、ウィザードが言ってくれた。
だけどゴリは首を横に振る。今までと違って、本当に沈黙のヒーラーになったらしい。
「ならリックは?」
「闇のお導きのままに」
何言ってるんだとしか思えないけれど、リックとゴリの二人は経験者な気がした。
「経験者は二人だけ。っで、話す気もないって感じだな」
ウィザードも未経験だった。でも僕と同じように、ゴリとリックは経験者だと予想しているみたいだ。
「まあハードまでのボスを見れば、どうせ硬くてでっかいやつがボスだろう。ハワワが耐えて、ゴリがヒール。みんなで攻撃だな」
「硬くて……でっかい……」
エリスが意味ありげにつぶやいた。
そして僕は自分にイライラしてくる。はっきり言って僕は下ネタが嫌いだ。なのにこれを下ネタだと感じてしまう自分に、一番ムカついてしまう。
「どうでもいいから早く戦おう。未知なボスが相手なら、やってみないとわからない」 「あ、ああ。それもそうだな」
ちょっと口調がきつくなってしまったので、ウィザードは戸惑っているようだ。口に出して謝ると、変な雰囲気になりそうなので、僕は心のなかで謝った。
「我が神が急かしている。早く戦えと。すぐに行くでゴンス!」
ゴリは空気を読むのがうまい。僕のせいで変になりそうな状況を、うまくロールプレイで流してくれた。
「よし。行くぜ」
ウィザードが扉に触れると、僕らはボス部屋へと転送された。
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ナイトメアのボス部屋は、あまりにも雰囲気が違った。部屋の僕の方に黒い靄がかかり、そこに真っ赤な眼が浮かんでいる。
「怖いわ」
「大丈夫だ。俺が守る!」
エリスとウィザードのやり取りで、僕の怖いなって気分も吹き飛んだ。体が動かないのはイベント中だからなので、そのまま黒い霧を見つめていた。
すると周囲の壁から、岩が剥がれて吸い込まれていった。黒い霧に雷が走り、バチバチと放電する。
「闇の力だ!」
やがて黒い霧が収束していくと、そのに真っ黒な巨人が現れた。背丈は3メートルくらいあるだろう。
材質は何でできているかわからない感じだけれど、人型の黒い巨人だった。
「戦闘開始だ! ハワワ!」
ウィザードが黒い巨人へ走り込みながら、ハワワに声をかける。
「はい。僕の名前はハワワ!」
待ってと言おうとしたけれど、それは少し遅かった。黒い巨人がすぐに攻撃してこないので、何かしらあると思っていたけれど、予想通りに黒い巨人の背後の床に、いくつか魔法陣が浮かんできた。
「眷属召喚って感じだ。連撃!」
魔法陣からなにかが浮かんでくる前に、ウィザードは黒い巨人へ攻撃する。ダメージエフェクトが飛んでいるから、無敵状態ってわけでもないらしい。
エリスもウィザードについていっているので、ボスへ短剣で攻撃していた。でもわずかに多角形の板が飛ぶだけで、いい感じのダメージは出せていない。
そこへ魔法陣から、2メートル位の岩石人形が出現する。名前を見ると『大岩石人形』となっていて、ドロップアイテムは存在しなかった。
ついでにボスも確認したら、黒い巨人となっている。見た目で勝手に決めていたけれど、偶然にも名前は一致していた。
(ドロップリストに黒い巨人のエッセンスがある。しかも鉱石に関する鍛冶レシピがあるじゃないか!)
エッセンスはウルトラレアだけれど、鍛冶レシピの方はアンコモンだ。もしこれが手に入るならば、装備をさらに強化できるかもしれない。
「中爆裂!」
黒い巨人の背後から現れた、5体の大岩石人形を巻き込む感じで、リックが魔法を放った。でもそれは自殺行為だ。ハワワの名乗りがないのにそれをやれば、5体ともリックへ向かってしまう。
「僕の名前はハワワ!」
ハワワはスキルを使おうとするけれど、リキャストタイムがあるから発動はしない。スキを見せたハワワに向けて、黒い巨人がものすごい勢いで拳を振り下ろす。
「レタヒール、ゴッデスヒール!」
ゴリが嘘っぱちの詠唱も、ゴンスの語尾もつけていない。どうやらナイトメアのボス戦では、そんな余裕はないらしい。
リックはボスから離れるようにして、いきなり走り出した。
「ナイスだリック。そのままカイトしてくれ!」
「カイトってなによ?」
僕はいろいろゲームをやっているので、リックが何をしようとしたか理解した。ウィザードも経験豊富なようで、すぐに意図を理解したらしい。
「魔物を引き連れて走り回ることだよ。凧揚げみたいな感じだから、カイトって呼ばれてるんだ」
ハワワが名乗れるようになるまで、それで時間稼ぎをするつもりだ。もしかしたら、ボスに集中攻撃させる目的で、ずっとカイトするつもりかもしれない。
「もしかして、それを倒したらまた召喚されるの?」
「闇のお導きのままに!」
それで僕は理解した。どうやら大岩石人形は無限召喚らしい。だからカイトすることで、次の召喚を防いでいる。
でも一番のダメージソースとなりそうなリックが、それをやるのはいただけない。とは言え、まとめてダメージを与えられるのはリックだけだったし、苦渋の決断とも言える。
「ムーンボール!」
「ヒール!」
「リック、わかったぜ。ハワワ、もう名乗るんじゃないぞ」
「わかりました!」
リックは部屋の壁際を走り回っているので、時折ボスの後ろも通る。もしも名乗った時に近くにいたら、全部がハワワへ向かってしまう。
(でもそれで注目を維持できるのかな)
ふっと不安がよぎるけれど、それはこっちの力量次第だ。
「ムーンスピア」
なんだか面白くなってきた。ハワワが注目を維持しているうちに倒せるのか。リックはカイトし続けられるのか。
一筋縄ではいかない黒い巨人を見つめながら、僕のワクワクは止まらなくなっていった。