122.罠解除のその後で
少しづつ慣れてきた僕らは、順調に洞窟を進んでいった。ハードとかでもあった鍵の掛かった扉を見つけると、ウィザードが飛び上がった。
「おっしゃ! レア出現扉だぜ!」
「レア出現?」
レアと聞いて、思わず反応してしまった。
「そうだ。扉の縁をよく見てくれ。うっすら赤くなっているだろう? これがレア確定の印なんだ。ノーマルやハードでも同じだから、行かなくてもレアがいるかわかるんだよ」
「そういう仕組みなんだ」
よく見ないと気が付かないけれど、無駄足にならないようにギミックがあったらしい。
「エリス頼むぜ!」
「えっ、まさか鍵開けのこと?」
エリスが右手を口に当てながら、不思議そうに言った。
「当たり前だろ。斥候と言えば罠はずしに鍵開け。期待してるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は戦闘系斥候っていったでしょ。鍵開けとか無理よ」
ウィザードの顎ががくんと落ちる。間違いなくエリスは最初にそう言っていたから、僕は罠解除とか苦手なんだろうなとは予想していた。
でもちゃんと聞いていなかったのか、それとも斥候なら当たり前と思っていたのか、ウィザードの顔が真っ赤になっている。
「おいおい。斥候が鍵開けできないとかどうかしてるぜ。レア出現扉なんだぞ。しかもナイトメアなんだ。これが目的で来てるようなもんじゃねぇか!」
「そう言われても最初に言ったじゃない。私は戦闘系斥候だって」
そんな事を言っても、ウィザードはおさまりがつかないらしい。
「鍵開けできない斥候とか、ありえないだろ」
「ありえないから最初にちゃんと話したんじゃない」
パーティマッチングは初めてだけれど、ある意味でよくあることだろう。お互いのことをよくわかっていないから、ちょっとしたことでトラブルになってしまう。
「おお! 我が神はおっしゃった。全員で挑戦せよと。誰かに責任をなすりつけるのではなく、平等に全員が挑戦せよとおっしゃった!」
ゴリが両手を天へ向けながら、そんな事を言いだした。普通のパーティならば役割があって、鍵開けは斥候とかが普通だ。
でもそういうパーティではないのだから、揉めずに先へ進もうという言葉を言い換えた、いい感じの提案だ。
「いいアイディアだね。なら僕が最初に挑戦するよ」
これ以上揉めるのも嫌なので、強引に話を進めようと扉へ近づいた。
「ちょっと待てよ。鍵開け技能を持ってるのか?」
「ないけど挑戦はできる。確率は低いけれど、不可能ってわけでもないさ」
少しでも可能性があるならば、不可能ではないのだ。
「しょうがねぇ。全員でやるか」
「僕もそれが良いと思います」
リックからの返答はないが、反対ならば何か言うだろう。僕から鍵開けに挑戦したけれど、何もできない内に失敗になった。
(やっぱりナイトメアの鍵はレベルが高い。専門職で鍛えてないと、まず不可能だろうな)
僕の失敗でウィザードが落胆しているが、その間にリックが挑戦をはじめた。でも技能を持っていないのか、予想通りに失敗してしまう。
「悪いな。闇の力はとっておきなんだ」
闇の力を使えばできるけど、とっておきだから無理だよ―っていう言い訳だった。
「むむむむむっ、天の力、地の力、この鍵を開け……」
ゴリはそこまで言うと振り向いた。
「ることは出来なかったでゴンス!」
挑戦している時は、パーティにはその様子が見えるので、失敗しているのはわかっていた。失敗するにしても、全く粘ることもできていない。
鍵の難易度が高すぎて、手も足も出ないのだ。
「くそっ、次は俺だ!」
もしかしてっと思うよりも早く、ウィザードは失敗していた。
「難しすぎだろ!」
ガンっと扉を叩きながら、ウィザードは吐き捨てるようにそういった。期せずして、全員の視線がエリスへと向かう。
「そ、そんなに期待されても、私は戦闘系なんだから……」
言い訳をしながらも、エリスは扉へと歩いていく。
「うらみっこなしだからね」
そう言うと、エリスは鍵開けをはじめた。
(おっ、パズルだ)
前にもやったことがある、絵をバラバラにしてから並び替えて、それを元通りに戻すパズルだった。
僕が見た時は分割数が少なかったけれど、どれだけバラバラだってくらい、パーツが多くなっている。
(斥候だと制限時間が伸びるんだな。そこに期待したいけれど……)
エリスはカシャカシャと並べ替えていくけれど、元の絵のようには近づいていない気がする。
適当に並べてるんじゃないかと思った時、少しだけ上のほうが、元の絵のように見えてきた。
「おっ、元通りになってきたぜ!」
なんだかよくわからなくなりながらも、全体的に元の絵っぽくなってくる。でも違和感のあるパーツを正しい場所に移動しようとするだけで、なんどもカシャカシャと動かさなくてはならない。
「がんばれ! 残りは20秒だ!?」
「エリスさん。がんばってください!」
ウィザードとハワワが声援を送る。それに元気を得たのか、エリスの手の動きが加速した。
「みんなが私を見てる! 注目されてるぅ!」
罠解除や鍵開けは、斥候の見せ場とも言える。当然パーティならば注目するけれど、エリスは有名人的に目立つのが好きなのかも知れない。
「あと少しだ!」
もう少しなのに、パーツが上手く収まっていない。ものすごい分割数を並び替えて、ここまで出来るだけでも凄いけれど、完成させなければ鍵は外せないのだ。
「あっ」
絵がスゥッと消えていった。成功した時は爆発するはずなので、ぎりぎりで失敗してしまったらしい。
こっちを向いてシュンとするエリスに、ウィザードが口を開く。
「惜しかったな! でも次はうまく行くぜ!」
「すごかったです。戦闘系って言っても、エリスさんは最高でした」
てっきり罵倒でもするかと思ったら、そこまで外道ではなかったらしい。エリスの頑張りを見て、応援する気持ちが強くなったようだ。
「我が神もナイスチャレンジと言っているでゴンス。失敗は残念でゴンスが、良いものを見させて貰ったでゴンス」
「ふっ、お前が闇に目覚めていたなら、きっと成功していたくらいよかったぜ」
エリスはみんなから声をかけられて、なんだかモジモジとしはじめた。
「エリスもすごかったし、ボスへ向けて頑張ろう!」
なんとなく嫌な予感がしたので、僕は先へ進もうと提案する。でもメンバーの反応よりも、エリスのほうが速かった。
「失敗の罰として、私脱ぎます!」
「脱ぐとか言うんじゃねぇ!」
エリスがえっという表情で固まった。僕もまさかと思ったけれど、今のは間違いなくウィザードの言葉だ。
さっき胸当てを外した時にはにやけていたのに、今は真剣な顔になっている。
「いいか。女が軽く人前で脱ぐとか言うんじゃない。そして言わなくても脱ぐな。俺が言いたいのはそれだけだ」
「ウィザード……」
エリスの頬がポッと赤くなり、奥へと歩き出したウィザードを小走りで追いかける。
すぐに追いつくと、ウィザードの左手にエリスは右腕を絡めた。
「おい。なんで腕なんて組むんだよ」
「こんな危険な場所で、女の子を一人にするつもりなの?」
そっと下から見上げるエリスに、ウィザードも頬を赤らめていた。
「しょうがねぇな。俺が守ってやるから離れるんじゃねぇぞ」
「はい」
すっかりしおらしくなったエリスと、ウィザードが仲良く腕を組んで歩いて行く。
「ハワワ。先に行かないと二人が危ないよ」
「えっ、ああ。すいません。僕が先頭で行きます!」
ガシャガシャと金属が打ち合う音を響かせながら、ハワワは二人を追いかける。
「意外な展開でゴンス」
「闇の加護のおかげだろう」
何にせよ、これでトラブルは解消だ。いろいろ気を使うのにはちょっと疲れたけれど、これはこれでランダムパーティの醍醐味とも言える。
トラブルのない狩りは単調とも言えるし、何かが起きるには一人では難しい。
僕はフルパーティを満喫しながら、初めてのナイトメアのボスのことを考えて、なんだかワクワクしてしまった。