116.伝達方法
廊下へと戻る階段を降りていると、途中でパンクがいない事に気がついた。
「パンク?」
ふと見ると、廊下の床板が割れて、大きな穴が開いている。僕の夜目の技能でも、穴の奥が真っ暗で見ることができない。
「この穴に落ちた? でもこんなに大きな穴なら、音が聞こえても不思議じゃないのに……」
声に出してみても、考えはまとまってくれない。そもそも屋根裏部屋にゴーストがって言うのを信じすぎて、他の部屋を調べなかったのが失敗だ。
廊下の穴は大きすぎて、僕にはジャンプしても越える自信がない。行ける場所は少ないけれど、今からでも他の部屋を調べてみよう。
行ける方向が一つしかないので、階段の裏に回って廊下の奥を進んだ。
でもすぐに行き止まりで、左右の壁にそれぞれ扉がある。
「4桁のダイアル式のロック。大昔の鍵だ」
昔はいい肉だとか、ご苦労さんなど、語呂合わせの番号が流行っていたらしい。でもここで試して何かあっても嫌なので、ちゃんと調査していこう。
右の扉には鍵もかかっていないので、僕は先にそっちから調べることにする。
扉を開けると、ちょっとした小部屋になっている。家具なども何もない部屋の中央に、片手で持てる小さな太鼓とバチが置いてあった。
左手に太鼓を持ってみると、縁にドンドンカッカッカッとか、文字が彫られていた。
「この通りに叩けばいいのかな……」
右手にバチを構えると、僕は彫られた通りに太鼓を叩く。
ドンドンカッカッカッ、ドンカッカッ。
部屋に家具などがないせいで、意外に大きく音が響く。ちょっとうるさいなと思いながら、間違えないように太鼓を叩いた。
最後にドンと叩いた時、いきなりバァンと太鼓から煙が上がる。
「っ」
思わず太鼓から手を離し、僕はその場に尻餅をついた。
「なんで爆発するんだよ!」
僕の叫びに、声を返す人はいない。もうもうと上がる煙の中から、ひらりと紙が落ちてきた。
座ったままそれを拾い上げると、紙には文字が書いてある。
「えっと、お前の声は聞こえるが、それ以外は聞こえない。4つの数字が知りたいならば、壁に問いかけよっか……」
、
これを見てどうすればいいかなんて、すぐには思いつかなかった。でもはっきりと分かるのは、番号が知りたければ、壁に聞けってところだけだ。
「壁さん、壁さん。4桁の番号を教えてください」
素直に壁に向かって言ってみたけれど、当然ながら何も返答はない。そもそも壁に聞けと言うのは、何かしらのなぞなぞだったりするのだろう。
「壁は比喩ってことかな。そうすると最初のお前の声は聞こえるのくだりは、そういう機能を持った何かってことだと予想できる。っとすると、マイクかな? いや、なんだか違う気がするよ……」
しばらく悩んでいたら、壁の向こうからガァンと何かがぶつかった音が聞こえた。
「壁の向こうに誰かいるの? 僕の声聞こえま……そういうことか!」
そこで初めて気がついた。これは比喩とかなぞなぞじゃなく、ものすごくストレートな問題だ。
「そっちのだれかさん。4桁の数字を教えてください。そっちの声は聞こえないから、今みたいに何かを叩いてね。というわけで、最初の一桁目は?」
ガァン、ガァン、ガァン、ガァン。
4回聞こえたから、最初の数字は4だろう。
「4だね。次は何?」
何も音が聞こえない。僕の声が聞こえなかったのだろうか。
「ごめん。4の次の数字は?」
それでも何も聞こえない。少しだけ不安になったけれど、ぎりぎりでひらめくことができた。
「あっ、0だね。合ってたら一回だけ鳴らしてよ」
ガァン。
思った通りの返答だ。0さえ乗り切れば、難しいところはないだろう。
そうやってやり取りしを繰り返したら、4093という数字がわかった。0は危なかったけれど、これであの扉は開くはずだ。
「ありがとう。4093だね。あってたら一回よろしく」
ガァン。
期待通りの音だった。
「それじゃね」
もしかすると赤さんやパンクも、同じような状況にあるのかもしれない。
そんな予感を抱きながら、僕は小部屋を出た。
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僕は小部屋を出ると、正面の扉の横にあるロックを確認する。
数字のボタンがついているので、さっき確認したとおり、4093を打ち込んだ。
ガシャンって言う音が聞こえ、ギィっと勝手に扉が開く。
入り口から中を見ただけでもわかるけれど、部屋の中は空だ。念のため中に入ったけれど、5人も中に入れば狭くなりそうな部屋は、驚くほどに何もない。
「ロックまで掛けた部屋が空なのか……」
『おい、誰かいるのか?』
部屋の中で、パンクの声が聞こえた。
「僕だよ。ラルだよ」
『誰もいないのか……だが壁に聞けってどういうことだ?』
もしかするとパンクは、さっきの僕と同じような状況なのかもしれない。僕は床をドンッと踏んでみた。
『おっ、そういうことか。誰だか知らねぇが、ロックを解除する4桁の数字を教えてくれ。その数だけ今みたいに叩けばいい。まずは1桁目だ』
僕はさっきと同じように、床を踏んで音を鳴らす。4回音を立てたところで、僕は体を硬直させた。
『んっ、最初の数字は4だな。次は2桁目を頼む』
次の数字は0なので、僕はそのまま動かない。
『聞こえなかったのか? 次の数字を頼む』
やっぱり0は伝わりにくいのか、最初の僕と同じような勘違いをしていた。
『なんだ。いなくなったのか? もう一度聞くぜ。次の数字は何だ?』
どうやら伝わらないらしい。この様子では、気がついてくれなさそうだ。仕方がないので、僕は10回床を叩いた。
『あん? 数字は1桁だろ。今のって10回だよな。まさか謎掛けなのか』
9の次は10。すなわち0に気がつくことを期待したけれど、やっぱり伝わりにくいみたいだ。
『最初は4だから、410って3桁目まで教えてくれたのか?』
その理論で行くならば、1桁目で40回も音を立てなければならない。完璧にするならば、4093回鳴らせば、すべての数字がわかるだろう。
だがそれはあまりにも無茶な理論だ。
『待てよ。さっきのロックには、数字以外にも+と―のボタンがあった。10回鳴らしたってことは、つまり漢字の十。プラスの記号を表しているんだな! よし、三桁目をくれ!』
僕の声は届かないので、間違いを訂正することはできない。そもそもそこまですごい発想ができるなら、単純な0に気がついてほしかった。
とりあえず3桁と4桁の数字は普通に伝えることができた。でも2桁目だけは、完璧に間違えている。
もしも僕が昔に廃止された、なんちゃら信号とか言う、叩く音で会話ができる方法を覚えていたら、結果は違ったかもしれない。でもパンクも知ってなくちゃならないし、どのみち無理だという事を理解した。
『誰だか知らないがありがとよ。またな!』
どうやらパンクはいなくなったようだ。それで開かなければ戻ってくるかもしれないし、しばらくここで待機していよう。