109.召喚師の館
できれば一緒に居たいけれど、僕はラビィ達を送還して街を歩く。前のようにプレイヤーから注目されるのも面倒だし、意外とそれだけで気にされることはなかった。
(僕の格好も目立つはずだけれど、プレイヤーはそんなに気にされないのかも)
そうやって移動しながら、僕は南の森で召喚しなおし、ロードラクル狩りを開始する。すると30分もしない内に、メールの着信音が聞こえた。
「誰からだろう」
僕がメールを確認すると、フォード・M・マモノスキーという名前の人からだった。
(マモノスキーって、ふざけた名前だ。でもこういうのって、どこにでもいそうだな。だけどなんで僕にメールを?)
気になってメールを開くと、このマモノスキーという人物が、実はNPCだったことに気がついた。
僕がレベル30になって条件を満たしたので、秘密の召喚師の館へ招待するという内容だ。
「そういえば、マーミンがレベル30でなにかあるとか言ってたよね」
添付された地図によると、チェルナーレの中に施設があるらしい。おそらくは条件を満たさなければ、侵入できないようになっているのだろう。
「行きたいけれど、せっかくのドロップ率上昇中だ。この件は後回しにしよう」
「わかったですの!」
最近は他のプレイヤーと一緒にいたせいか、ラビィの言葉を久しぶりに聞いた気がする。
もうすぐ時間経過で、迷宮にも挑戦できそうだし、テンションを上げて頑張ろう。
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あれからドロップ率上昇の恩恵があるうちに、全力で迷宮やフィールドで戦ったけれど、残念ながら卵はドロップしなかった。
むしろドロップ率上昇がなかった時に、4つもドロップしている自分が不思議に思えるほど、ドロップしてくれなかったのだ。
ラズベリーはチキンヘッドの卵に加えて、クマの卵も手に入れたって連絡が来た。しばらく一緒に戦っていないから、どういう構成になっているのか、僕の楽しみになっている。
「クランイベントが始まるらしいけれど、まずはこれだよね」
召喚師の館の前まで来たけれど、その古臭くゴシック風の建物は、ホラー感が強くて僕を不安にさせる。窓も見えるけれど中は真っ暗で、誰も住んでいないんじゃないかと思ってしまう。
まだ召喚獣が1体もいなかった頃、一人で小鬼の森に入った時と同じような感覚が、僕を襲って独り言を言わせてくる。
「古臭いだけで壊れてはいない。蔦が建物に絡んでいるけど、雰囲気だけの話さ」
ここに近づくにつれ、どんどん曇っていったのも嫌な感じだ。
街で絡まれないために、ラビィ達を送還して一人きりというのも、僕を不安にさせている気がした。
「ラビィ召喚!」
ここならもう変に絡まれることはないはずだから、僕はラビィを召喚した。
いつものように床に魔法陣が描かれると、片足立ちで、両拳を顎に当てたラビィが現れる。
「ご無沙汰ですの! マスター、今回も頑張りますの!」
アイドルの基本的なポーズを狙って、可愛らしさ全開で飛び出してきた。
「よろしくラビィ。今回も頼むよ」
やはりラビィがいるだけで、気持ちが楽になってくる。チェルナーレという大きい街の中で、なぜか閑散として薄暗いこのゾーンは、かなり特徴的だった。
「よし。入るよ」
「まかせるですの!」
僕は建物の扉を押し開くと、見た目通りにギィっと蝶番が軋んで音がなる。石造りの建物の中は、床に赤いカーペットが敷いてあった。ただ天井から暖簾のように、部屋中に様々な色の帯が垂れ下がっていて、周りの様子を見ることができなくなっている。
「こっちじゃ。まっすぐに前に進むといい」
垂れ下がった布の奥から、年老いた男の声がした。僕らは言われた通りに布をかき分けながら、まっすぐと部屋の中を進んでいく。
すると突然垂れ下がった布はなくなり、普通の部屋にたどり着いた。そこには椅子が一脚だけ存在し、そこに老人が座っている。
「よくぞ来た。有望なる召喚師よ」
「お招きにあずかり、光栄です」
緊張の中で人がいたという安心感が、僕の言葉を素直にさせた。この隠れて存在するような館で、何が起こるのか、不安から少しづつワクワクに変わってくる。
「ここでは有望な召喚師のための施設がある。そしてレベル30になることで取得できる技を教えよう。だが覚えられるのは3つのうちの1一つのみ。そして覚えた後は変更できん。よく考えるのじゃ」
一度に纏めて言われたら、ちょっと混乱してしまう。まずはここには、何かに利用できる施設があるということと、僕に技能を一つくれるということだ。
「まずは技能を選択するのじゃ」
僕の前に選択肢のウィンドウが浮かんだ。一つ目のスキルは限界召喚だ。これは現在3体までしか召喚できないのを、最大で5体まで増やしてくれるらしい。
ただし、1体多く召喚するごとに、召喚した魔物の能力値がどんどん下がっていくというペナルティ付きだ。もし5体同時召喚をすれば、すべての能力値は75%になる。
(レベルに限界がないと仮定すれば、一人で最強になれるスキルだよね。ペナルティの分、とにかく強くすれば解決する)
でもこのスキルは、僕にとってはつまらないものだった。能力値を半分にしてまで、複数召喚にこだわるつもりはない。
なによりそんなことをすれば、他のプレイヤーと一緒に遊べなくなってしまう。
レアハントは一人になりがちだけれど、迷宮の攻略などは、みんなでやったほうが楽しいに決まっている。
二つ目のスキルを確認すると、それは制限召喚という、限界召喚の逆みたいなスキルだった。
これは召喚する数を減らすほどに、召喚した魔物の能力が上昇するというものだ。でも1体しか召喚していなくても、50%しか上昇しない。
これならば3体召喚したほうが、戦力は安定するだろう。でもこのスキルは、単純にそういうわけでもなさそうだ。
おそらく限定的な環境で、1体しか召喚できないとか、そういうのを想定している気がした。
最後のスキルは、交換召喚と言うものだった。これは戦闘中でも、即時に送還と召喚を同時に行う技だ。
つまり、倒されそうな召喚獣がいたら、瞬時に送還して、元気な魔物と入れ替えられるというスキルだ。
戦闘中でもというのが便利そうだし、これはかなりの有力候補だ。ただちょっと地味だけれど、いざという時には役立つだろう。
(悩むな。制限召喚か交換召喚のどちらも便利すぎる。だからこそ一つだけなんだろうけれど、どっちにするべきか……)
「悩むならまた今度で良いぞ。慌てて決めても、ろくなことにはならんからのう」
たしかにそれは言えている。今すぐ必要ってわけでもないし、この情報を知ったうえで、後々判断していこう。
「そうですね。では施設について教えてください」
フォードはコクリと頷くと、ゆっくりと口を開いた。