104.前哨戦
基本的にこの迷宮は、一本道で進むらしい。修練の迷宮だけに、迷わせるという意味があまりないのだろう。
僕らは動く鎧を倒しながら、順調に迷宮を進んでいった。やがて大きな扉の前にたどり着くと、パンクがどかっと座り込む。
「ボス前だ。休憩しようぜ」
「了解。意外とバリアン鉱石もドロップするし、それが使えるなら、もっと人気もでるかもね」
「どうだろうな」
パンクは首を振りながら、あっさりと否定する。
「ここはボスドロップ以外に魅力がないし、明確にタンクがいないと攻略は厳しいからな。そうなると鉱山迷宮の方が楽だし、ドロップも使えるだろ?」
たしかにこの迷宮では、絶対にタンクが必要になってくる。しかも腕のいいタンクでなくてはならない。そうでなければ、あのウェーブを乗り切るのは難しいはずだ。
(名乗りのタイミングを失敗しただけで、抱えきれなくなって跳ねそうだよね)
あれだけのウェーブの間、しっかりと魔物を抱えていたパンクは、まさしく完璧なタンクといえるだろう。
「ねぇ。このボス部屋とさっきの中ボスの部屋と、なにか違いがあるの?」
「ポップする数が違う。さっきは5体づつだったが、ボス部屋は7体づつポップする。しかも少し強いから、倒し切る前にポップするかもな」
その言葉に、僕とハイズは絶句した。
「んっ? 何か問題でもあるのか」
「最初のポップで2体残したとするじゃない。すると次は9体を抱えることになる。同じペースで倒せたとしても、5回めには10体を抱えてる計算になるよね?」
パンクが首を傾げた。
「それがどうかしたか?」
そういうパンクの表情が自信にあふれて見えた。どうやら本当に10体抱えても、大丈夫な自信があるらしい。
「10体よ。そんなに抱えたら、ボコボコにされちゃうじゃない!」
でもハイズは付き合いが短いせいか、10体と言う数に不安になっているようだ。でも僕にはわかっている。
「余計な心配はいらない。俺がなんでパーフェクトタンクと名乗っているのか、しっかりと教えてやるぜ」
もはや僕に不安はなかった。パンクはしっかりと、タンクの仕事をこなしてくれるだろう。
「わかった。それで倒されたら、笑ってやるから」
「倒されてから言いやがれ」
じゃれ合っているこの感じは、意外に悪くないと思える。緊張しがちなボス戦を前に、なんだかリラックスできた気がした。
「そろそろ行こうぜ」
「了解」
僕は立ち上がり、扉に手を触れた。
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扉に手を触れた途端、部屋の中へと転送される。とても広い部屋の中央に転送された僕達の前方の床に、7つの魔法陣が浮かんでいた。
「まずは7だ! 我が名はパーフェクトタンク!」
ポップした瞬間、パンクが動く鎧から注目を浴びる。
「いまだ。ムーンボム!」
ガシャガシャとパンクに近づいて、集まってきたタイミングで、僕は範囲魔法を叩き込んだ。もちろんエリーのファイアボールも、同じタイミングで炸裂した。
サクラとハイズが魔物の背後へと周り、攻撃の準備を開始する。
「ゴッデスヒールですの」
ここの動く鎧は強いらしく、ラビィは開幕からヒールを飛ばしていた。
(まずいな。思ったよりも倒せない)
僕らは全力で攻撃し、一体づつ倒していった。でも次のポップが始まった時には、まだ3体も残っている。
「ごめん。残した」
「気にすんな。我が名はパーフェクトタンク!」
新しくポップした動く鎧へ向けて、パンクが名乗りを上げる。さっきと同じようにして、ガシャガシャと動く鎧たちが集まってきた。
「ムーンボム」
「ウピピッピィ」
なるべく魔物を巻き込むようにして、範囲魔法を打ち込んだ。そうやって初撃でダメージを与えているのに、すぐに倒せないほど動く鎧は強化されている。
「とにかく攻撃ね。シャ」
ハイズはサクラとターゲットを合わせながら、着実にダメージを与えている。サクラは両手にそれぞれ刀を持っているので、近接攻撃では一番頼りになるだろう。
ガンガンとパンクの鎧が、動く鎧の拳で打ち鳴らされる。囲まれていても、近接できていない魔物もいるので、たくさんは攻撃されなさそうだと思っていた。
それなのにうまく連携しながら、陰にいる連中もしっかりと攻撃してくる。
(二列目もうまくパンクに攻撃している。とにかく数を減らさないと、このままじゃ危険だ)
「カウンターシールド!」
その攻撃で1体は倒したけれど、他の動く鎧がパンクに攻撃する。それでも僕らは頑張って、なんとか数を減らしていった。
「レタヒールですの!」
「ちょっとだけ改善したよ」
次のポップが来る前に、残った動く鎧は5体だった。
「いい感じだ。我が名はパーフェクトタンク!」
ここまでくればパターンだ。パンクが耐えられるという前提があれば、時間はかかっても倒しきれる。
でもなかなかうまくはいかなかった。3ウェーブ、4ウェーブとこなす内に、残った動く鎧が増えていく。
「ごめん。まだ10体残ってる」
「10体ごとき気にすんじゃねぇ。ラルたちは倒すことに集中してくれ。俺が絶対に全部抱えてやる!」
そこへさらに、7体の動く鎧がポップする。
そして僕は、もともと自分の計算が間違っていたことに気がついた。
(よく考えたら3回めのウェーブで4体残していたら、そこからプラス7体なのだから、すぐに10を越えることになる。もともとの計算は、全然役に立っていない)
そう考えると、17体いるというのは、それほど差はないのかもしれない。でも間違った計算で10体って考えていたから、17体は不安になる。
「いくらでも来やがれ! 我が名はパーフェクトタンク!」
かなり集まってきているから、範囲魔法は当てやすい。エリーのファイアボールでも、累積したダメージのおかげで、1体を倒すことに成功していた。
これで残りは16体だ。とは言えまだまだ数は多い。
「もっと来いよ。その程度で俺が倒せると思うのか!」
鎧が激しくガンガンと鳴っている。なのにパンクは、一歩も引く様子はない。そんなパンクを見ていると、不安な気持ちが消えていく。
「勝負どころだ! パーフェクトカウンター!」
パンクが盾とメイスを、頭上へと掲げた。無防備になったパンクへと、動く鎧の拳が当たる。
だけどガンっとパンクの鎧が鳴った瞬間、動く鎧の方からも、ガンっと同じくらいの音が聞こえた。
「ゴッデスヒール、レタヒール、ヒールですの!」
ラビィは使える回復魔法のほとんどを使用していた。激しく鎧が打ち合う音が、この大きな部屋に響く。
「俺へのダメージも増えるが、完璧に攻撃を返す。これがパーフェクトカウンターだ!」「ヒールですの」
突然ヒール祭りになったのは、それが理由らしい。でもこの攻撃のおかげで、何体かの動く鎧が消滅していた。
「あと何体だ?」
重なりあう動く鎧のせいで、数がわかりにくい。
「残り13よ。シャッ」
さっきのカウンターの技で、3体を倒したらしい。
「我が名はパーフェクトタンク!」
そこへさらに、パンクが名乗りを上げた。
「この程度で倒れていたら、パーフェクトタンクは名乗れねぇんだよ!」
13体もの動く鎧に囲まれながら、なおパンクはそんなセリフを叫んでいた。
(すごい。今まで余裕っぽい迷宮が多かったから、そんなに意識していなかったけれど、パンクってやっぱりすごいよ)
さらに1体をサクラが倒したが、それでもまだ12体存在する。
「回復が追いつきませんの!」
パンクが受けるダメージに、リキャストタイムが追いついていないらしい。一瞬、僕の頭の中に最悪の予想が浮かぶ。でもパンクの言葉を思い出し、すぐに予想は消え去った。
「大丈夫なの!?」
でもハイズは、必死な感じで叫んだ。
「何度も言わせるな。この程度で倒されるほど、俺は弱くねぇんだよ! いくぜ。パーフェクトディフェンス!」
動く鎧で隠れて見えにくいけれど、パンクの全身が白く輝いているようだ。
「ゴッデスヒール、レタヒールですの」
カウンターはなくなったようだけれど、パンクを動く鎧が殴っているのに、あのガンガンと言う音もしない。
「範囲魔法をぶち込め。今の俺は無敵だ!」
「ムーンボム!」
「ウピピッピィ」
僕は躊躇することなく、すべての動く鎧が範囲に入るように魔法を使う。もちろんパンクも巻き込むけれど、そんな事は気にしない。
エリーも理解しているのか、完全にパンクを巻き込みながら、ファイアボールを撃ち込んでいた。
「こっちも気にしなさいよね」
ハイズが魔法の範囲に入らないよう、離れてからそう言った。でも僕は気にしていなかったわけじゃない。
そのくらいの連携はできるはずだと、なんとなく大丈夫だって思っていた。
そこへエリーのファイアショットも飛んでいく。累積のダメージがあるおかげで、一気に5体を倒しきる。さらにお盆も飛んで行たけれど、それはダメージを与えただけだった。
「残り8だ」
「これで7よ。シャッ」
ハイズが再び切り込んで、さらに一体を倒す。ふと見れば、いつのまにかサクラも近接し、さらに2体を倒していた。
(さすがだ。これならいける!)
「10秒間の無敵だが、リキャストタイムは10分だ。念のため、最後の1体は倒すなよ」
「了解」
ここまで動く鎧を減らしたら、もはやピンチはなくなった。最後は1体だけ残し、パーフェクトディフェンスを使えるようにしてから倒した。