102.黒騎士の修練場
余計な事が起きないように、僕はルードも送還しておいた。その効果があったのか、誰にも注目されることはなく、普通に騎士団の詰め所に来れた。
僕自身も結構特徴的な格好をしているけれど、時間的にも運が良かったようだ。
(前より人も少なかった。きっとみんな狩りにでも出ているのだろう)
騎士団の詰め所の側で、ハイズが僕らに手を振っている。
「おまたせ」
「いま来たところよ」
「デートか!」
今までは勇気がでなかったけれど、思い切って言ってみた。
「ははっ。これ、約束の装備よ」
完全な愛想笑いだったけれど、それならなんでハイズがそんな事を言ったのかが気になってくる。
(このネタ自体も化石レベルで昔だからな。ハイズはネタじゃなくて、本当にいま来たのかもしれない)
取引ウィンドウに6000ウェドをのせると、鬼の村長装備が2セット表示された。お互いそれを確認すると、取引を終了する。
「ラル。紹介してくれよ」
パンクがトントンと、僕の脇腹をつついてきた。
「あっ、この戦士はパンク。正式にはパーフェクトタンクって言って、本当に完璧な戦士さ」
「ハードル上がる紹介だな。パンクって呼んでくれ。よろしくな」
「私はハイズ。ハイズ・ロフトよ。よろしくね」
二人はがっちりと握手した。ちょっとだけ僕は握手したかなって思ったけれど、すぐにどうでも良くなった。
「えっと、この人に渡せばいいのかな」
僕は近くにいた騎士風の人へと、鬼の村長装備一式を手渡した。
「お前やるじゃないか。これからも活躍してもらうために、『黒騎士の修練場』での戦闘を許可しよう」
「ありがとうございます」
その途端、ハイズが僕の腕を引っ張っていく。
「ほら。すぐに行くよ」
「ちょっと、急ぎすぎだよ」
「ったく。仲がいいんだな」
パンクのつぶやきを聞きながら、僕らは『黒騎士の修練場』へと向かった。
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詰め所の中の道を進んでいくと、やがて修練場への入口が見えてきた。近づくとわかったけれど、まだ本当の入り口ではなく、地下へ向けて通路が続いている。
僕らがその通路を下っていくと、ちょっとした広い空間にたどりついた。正面に見える大きな扉が、どうやら『黒騎士の修練場』への入り口らしい。
「雰囲気が暗いね」
石でできた広場は薄暗く、ちょっと気持ちまで暗くなりそうだ。
「黒騎士を目指して、何人もの騎士が修練場へと向かい、そして散っていったそうだ。まあ雰囲気も暗くなるよな」
篝火が常に灯っているけれど、その数が少ないために薄暗い。雰囲気つくりは成功していて、これからの戦闘が厳しいものになりそうだと、僕に予感させるのには十分だ。
「なんだか怖いわ……」
ハイズがいつもとは違って、ちょっと弱気になっている。ホラーっぽい雰囲気が苦手なのかもしれないけれど、残念ながら、こういうゾーンはよくあるものだ。
「僕らも一緒だし、特に問題はないさ」
「ああ。ノーマルから行こうぜ」
僕らは扉へと近づいて、『黒騎士の修練場』のノーマルに挑戦した。
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迷宮に入ってラビィとサクラとエリーを召喚する。今回はパンクがいるので、せっかく装備を新調したけれど、ルードには休んでいてもらう。
「そういえば黒騎士を目指してって言ってたよね? この迷宮をクリアすると、黒騎士になれるの?」
「そういう噂もあるな。でも修練場って言葉から、黒騎士が修練するとも言われているし、黒騎士になるために修練するとも言われている。ようはわからねぇってことだ」
噂があるなら、黒騎士になった人もいるのかもしれない。そのあたりはきっと、攻略を進めていけばはっきりとするだろう。
「中も四角い石を組み上げて建設しているのね。薄っすらと明るいけれど、石についてる染みが、なんか嫌な感じ……」
汚れなのかなんなのか、石に赤黒いものがこびりついている。ホラーの雰囲気はいいのだけれど、やりすぎないようにして欲しい。
ただ広さは十分にあるので、狭くて苦労することはなさそうだ。天井が高いのは、槍とかの武器も使いやすいようにだろう。
「このゴォーって言う風の音が、黒騎士になれなかった騎士たちの慟哭とか言われているな。だから黒騎士になるための修練場って可能性が高いかもしれない」
ぶるっとハイズが体を震わせる。もう雰囲気はたっぷりと味わったから、さっさと戦闘してみたい。
「そういえば、どんな魔物が出るの?」
「動く鎧だ。硬いだけで倒しやすい。まあやればわかる」
「オーケー」
パンクはそう言うと、さっさと通路を進んでいく。すると奥からガシャガシャと、鉄がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
「来たぜ。これが動く鎧だ」
1.5メートルほどの赤色の全身鎧が、パンクの方へと近づいてくる。
(動く鎧と言うだけあって、中身はきっと空だろう。でも黒騎士の修練場なのに赤なのか……。何か意味があるのかも)
ドロップリストを確認すると、鎧の欠片、バリアン鉱石、鎧の卵の3種類しかなかった。つまり召喚師でなければ、エッセンスとドロップが二つしかないという、ちょっと渋めの魔物ってことになるだろう。
「おらっ、カウンターシールド!」
動く鎧の攻撃に、パンクが盾をあわせて反撃する。
それを見てラビィとエリーが、アクアランスを撃ち込んだ。
「魔法は普通に効果があるね」
「風系に耐性があるが、それ以外は普通らしい」
サクラもいつのまにか動く鎧の後ろに回って、刀を振り回していた。特に技ってわけではないようだけれど、何かしら覚えてくれそうな予感もする。
(そんなに都合良くは、いかないだろうけどね)
ふとハイズを見ると、なぜか戦闘に参加しないで、僕の横に立っていた。
「ムーンボール!」
青白い光の玉は、動く鎧へ直撃する。その一撃で多角形の板が飛びちり、見事に倒すことができた。
「んっ、思ったほど硬くもないかもね」
「そうだな。まだみんな全力を出していないようだし、次はたくさん引っ張るぞ」
「よろしく」
今の戦闘で、パンクはなんどか攻撃を受けていたが、ヒールの魔法は飛んでいない。つまりこの程度なら、まだまだパンクに余裕があるというわけだ。
「我が名はパーフェクトタンク!」
パンクはある程度通路を進んでいくと、いきなり名乗りを上げる。すると通路の奥からガシャガシャと、激しい音が響いてきた。
「いっぱい来そう……」
っと、言っている途中で動く鎧が4体見えた。
「ムーンボム」
「ウピピッピィ」
僕とエリーは集まってくるタイミングを見計らって、範囲魔法を撃ち込んだ。でもそれで跳ねることもなく、しっかりとパンクは注目を維持している。
そこへサクラも走り込み、端にいる動く鎧へと斬りつける。ラビィも攻撃を集中させて、同じターゲットへウォーターランスを撃ち込んだ。
「あれ? ハイズ、どうしたの?」
気がつけば、またもハイズが動いていない。
「えっ、あんな機械的に向かってくる魔物とかこわ……、じゃなくて、あんな鎧の塊なんだよ。私の剣で攻撃したら、武器が壊れちゃうかもしれないわ」
ちょっとだけ本音が漏れていた。僕だってもしも無表情で殴ってくる人とかいたら、ダメージがなくたって、精神的に恐怖を感じるだろう。
なんの意思も見えず、何を考えているのかわからない相手って言うのは、誰だって怖く感じるだろう。
だから武器が壊れちゃうとかは、間違いなくごまかしだろう。そもそもハイズの剣は前と変わっていないから、壊れたところでたいした武器ではないはずだ。でも愛着があるとかが理由だとしたら、壊れてもいいじゃないとは言いにくい。
このままハイズが戦闘に参加しないのは困るので、強引にでもなんとかしよう。
(そもそも近接で戦うっていうのは、VRだったとしても、意外と精神的にきついって言う人もいるからな。でも剣士を選んでいるのだから、それ自体が嫌ってわけでもないはずだ)
「ハイズ。ビビってんじゃねぇ。お前が全力で攻撃しても、俺が絶対にすべての魔物を抱えてやる!」
パンクは魔物がハイズに向かうんじゃないかと、そういう不安を抱いていると思ったようだ。この言葉はタンクの基本かもしれないけれど、ここまではっきりと言われると、なんだか格好良く思える。
さらに僕はもうひと押しで、武器が壊れるという理由を粉砕する。
「僕の予備の長剣を貸してあげるよ。それは壊れてもいいし、パンクは魔物を跳ねさせたりはしないさ」
「えっ、いいの?」
ハイズは驚いているようだけれど、僕がコクリと頷くと、素直に剣を受け取った。
「後でちゃんと返すからね」
ハイズは渡した剣をぐっと握り締める。そしてサクラが攻撃した動く鎧へと、一気に走り込んでいった。
「跳ねたら許さないから!」
「跳ねさせてから言え!」
ハイズの振り下ろしは、動く鎧の右腕へと直撃する。ガーンと剣で斬ったとは思えない音を立てながらも、激しくダメージエフェクトを飛ばしていた。
もちろんその程度の攻撃で、魔物は跳ねたりしない。と言うかハイズの攻撃で、その動く鎧は消滅していた。
「やるじゃねぇか!」
「全部斬ってあげる!」
ハイズも恐怖心が薄れたのか、前に見たようないい感じの体の動きになっていた。それに負けぬようにサクラも躍動し、ラビィとエリーからも水と炎の魔法が乱れ飛んだ。
「よし。討伐完了だ」
やがて4体すべてを討伐できた。なにより一度も跳ねることなく、宣言通りに動く鎧はパンクに張り付いていた。
「安心して攻撃しろ。俺が絶対に抱えるから」
「ええ。頼むわよ」
この感じからすると、ハイズはいろいろ怖がっていたみたいだ。詳しいことはわからないけれど、解消したならそれでいい。
そっちが落ち着いたら、新しいことが気になってくる。
(ドロップしたエッセンスは妖エッセンスだけだ。純粋に妖エッセンスだけを使えば、この魔物は再現できるのかもしれない)
それをやるには無垢なる卵だから、実際に契約する価値はない。鎧の卵がドロップした時に、妖エッセンスだけを入れて、どう変化するのかは試してみたい。
「しばらくこうやって通路が続くが、後に試練の広間に着く。そこまでいったら、一度休憩しよう」
「了解」
僕らはパンクを先頭に、動く鎧を撃退しながら進んでいく。