101.鬼装備の秘密
南の森へ行こうとギルドを出ると、大通りの方から何か歓声が聞こえてくる。
それがなんなのか気になって、人垣ができている方へと、僕らは近づいた。
(あっ、メイド装備をコンプリートしている!)
メイド装備を身に着けた女性を囲むように、人垣が出来上がっていた。女性はまるでパフォーマンスをしているかのように、お盆カッターを空へと飛ばし、たまに短距離転移をして周囲を驚かせていた。
「どうよ! これがメイド装備の実力よ」
そう言うと、突然空へとファイアショットを撃ち込んだ。5つの煌めく炎が空に消え、なかなかの迫力を見せている。
ただ真昼なので、もう少し暗ければもっと映えていただろう。
「メイドさーん。こっちにお盆ください!」
「お、俺も欲しい!」
何人かが女性を囃し立てるようにして、お盆の攻撃をねだっていた。
(なんだこれ……)
プレイヤーに攻撃はできないので、女性が放つお盆カッターは、男たちの前で砕けて消える。
何が楽しいのかわからないけれど、一部に強烈なファンも居るようだ。
(メイド萌えって、こんなに根強いのか)
そもそもメイド萌えという文化は、いつごろ発生したのかわからないほどの昔だ。今では少数派だけれど、ぺったんこ最高の時代もあったらしい。
なんとか萌えが残っているのは、やはりゲームの影響もあるだろう。でも僕はメイドもぺったんこも、どっちの趣味も持っていなかった。
「メイドってそんなにいいかな……」
「そこの君! メイドの良さがわからないの?」
小さくつぶやいたはずなのに、パフォーマンスをしていた女性には聞こえたらしい。そのせいで周りの人達からも、いきなり注目を浴びてしまう。
戸惑っている僕に向けて、女性が重ねて質問してきた。
「どうなの? メイドって素敵でしょ?」
女性はくねくねと体を動かしながら、そんな風に聞いてくる。真っ赤なショートカットという、行動力があって活発そうな女性は、スレンダーな体型をしていた。美化機能があるからわからないけれど、リアルだったらびっくりするくらいの美女だった。
ただ僕の好みは、セクシーな大人の女性だ。特に体のラインがわかるような、バニーガールみたいなのがいい。でもこのバニーガールというのも、時代をどれだけ遡ればいいのかはっきりしないくらい、昔からある萌えかもしれない。
今の時代は自分の意思で、ある程度は体型などを変更できる。最近の流行りで言うならば、自らをエキセントリックに変化させた、ものすごいスレンダーな女性が人気だ。だからこそ僕は、流行からは外れているけれど、天然のセクシーガールが好きなのだ。
「メイド素敵です」
でも僕の答えは『メイド素敵です』にした。ここで少数派の意見を言ったところで、面倒事しか起こらないのは目に見えている。
「当然だろ。こいつもメイド装備をコンプリートしているからな!」
いつか見た剣士だ。メイド好きは変わらないらしく、当然のようにここにいた。
(見に来ないほうがよかったな。早く狩りに行きたい)
「おい。こいつ妖精みたいのを連れているぞ!」
「まじか! どけ。妖精なんてどこにいたんだよ!」
だんだん騒ぎになってきた。囲まれる前になんとか逃げ出してしまおう。
僕はチェルナーレの東のポータルへ向けて、大通りを走りはじめる。するといきなり目の前に、さっきの女性が現れた。
(短距離転移か!)
「逃しませーん」
本当に面倒くさい連中だった。僕はこの場を切り抜けるために、ラビィとエリーを送還する。
「妖精が消えたぞ」
「どこいった?」
召喚師に詳しくないのか、どこかへ逃げたと思っているみたいだ。そこへ僕は、サクラを召喚した。
「サクラ召喚!」
突然現れたメイド姿のサクラに、追いかけてきた連中の足が止まる。
「それでは失礼!」
「あっ、待ちなさいよ」
僕は女性の脇を抜け、再びポータルへと走り出す。短距離転移のリキャストタイムは30秒あるので、十分に逃げ切れるだろう。
僕はサクラに、いわゆる剣舞をお願いした。するとサクラは二本の刀を持ち、戦っているかのように舞い始める。
後ろを向いて確認すると、みんなそれに見とれているようだ。
(作戦成功! サクラ送還!)
十分な距離をとった後で、サクラを送還して脱出する。逃げやがったとうっすら声が聞こえるけれど、僕はさっさとポータルまで逃げて、クランハウスへと戻ることにした。
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エントランスホールのソファに座ると、なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。ルードは全身鎧を着ていたからか、特に注目されることもなく、僕の隣りに座っている。
「ひどい目にあったね」
「ガモォ」
心なしか、ルードも元気がないように思える。このまま南の森へ行っても絡まれそうで、なんだか行く気がなくなってきた。
「そうだ。そう言えばルードもレベルがあがっているよね」
「ガモォ」
僕はルードのステータスを確認した。
「よし。これなら鬼シリーズすべてを装備できるよ」
僕がソファから立ち上がると、ルードもすぐに立ち上がる。
僕は『鬼の兜』『鬼の鎧』『鬼の手甲』『鬼の足甲』の4つを、ルードへと手渡した。すると鉄の全身鎧は消え去り、銀色の鬼がそこに現れた。
「格好いい。銀色の鎧の上に、薄っすらとオーラが見えるよ。いいよ、最高だよ!」
自分がタンクをするために作成した装備だったけれど、筋力が足りなくて装備できなかった。でもこうしてルードが装備してくれることで、作成してよかったなと心から思える。
「ガモォ!」
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『鬼の指輪』の力を解放しますか?
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「ふえっ」
思わず変な声が出てしまう。今までこんなメッセージは見たことがない。指輪の力を開放したら、一体何が起こるのだろう。
(ルードが鬼になる……とか。まさかね)
おそらくは鬼シリーズを装備することが、キーになっているのだろう。でも何が起こるのか、ちょっと予想ができない。
でもこれが仮にプレイヤーだったとしたら、種族が変わるとかあり得ない。きっと何かしらのプラスが得られるだけだと予想する。
「よし。解放だ!」
ルードの鬼の指輪が輝き出した。それと同時に、鬼シリーズの装備も輝き出す。
「まぶっ」
このゲームではよくあることだけど、何かが起きる時には眩しいほどに輝き出す。それを予想できずにまともに見てしまった僕は、他に人がいれば笑われたかもしれない。
「おっ、すごい」
やがて光が落ち着いて、新たなルードの姿を見ると、そんな小さな事は吹き飛んだ。銀色の鎧が、白銀の鎧な感じに見え、黄金のオーラと混ざり合って、神々しく変化している。
「ガモォ」
「おっ、なんかすげぇやつがいるな」
声の方に顔を向けると、そこにはパンクがいた。
「あっ、パンク。久しぶりだね」
「いよっ。もしかして新しいメンバーか?」
僕は顔を左右に振る。
「違うよ。僕の召喚獣。ルードさ」
「へー。なんかすごい鎧だな。強いのか?」
装備を確認すると、全て『鬼の』から『銀鬼の』に名前が変わっていた。さらに必要筋力は変わっていないのに、軒並み10%くらい性能が向上している。
「かなり硬いね。ババリア鉱石で作成した鎧の、強化版だから」
「ババリアって強化できるのか。すげえな」
ルードの鎧を見ながら、パンクは感心したように何度も頷いていた。今なら同じものを作成できるけれど、クランメンバーとは言え、無料とかにするとトラブルのもとになる。
「多分同じものが作成できるけれど、ちょっと高くなるかも」
「いや、大丈夫だ。俺の装備もババリアの全身鎧だからな。今のところやばい相手もいないし、更新する時はドーンっと派手にするぜ」
鍛冶で作成できる普通の全身鎧を、ババリアで作成しているらしい。ただパンクは鍛冶をしていないので、オークションか知り合いに作成してもらったのだろう。
ハイズ・ロフト:こんにちは。今、話をしても大丈夫?
とかやっていたら、いきなりメッセージが届いた。でもメッセージは突然くるものなので、落ち着いて僕は返答する。
ラル:こんにちは。いいよ
ハイズ・ロフト:実は鬼の村長装備を手に入れたんだよね。いろいろあって3組みあるんだけど、よかったら『黒騎士の修練場』に一緒に行ってくれない?
思いもよらぬ申し出だった。鬼の村長装備は、落ち着いたらパンクに頼もうと思っていた。でもハイズから手に入るなら、予想していたよりも早く迷宮に行けそうだ。
「黒騎士の修練場に行かないかって、友達から誘いが来たよ」
「お、ラルって行けるのか? 黒騎士シリーズが欲しいんだが、俺も一緒に行っていいか?」
「ちょっと待ってね」
それを確認する前に、装備の取引の話をまとめてしまおう。
ラル:いくらで売ってくれるの?
ハイズ・ロフト:性能は関係ないし、一組3000ウェドでどう?
ラル:余っているなら二組買うよ。友達を一人連れて行ってもいい?
ハイズ・ロフト:オーケー。なら騎士団の詰め所で待ってるわ
ラル:あとでね
「一緒で大丈夫だって。騎士団の詰め所で待ってるってさ」
「よし。なら行こうぜ」
僕らは騎士団の詰め所へと向かった。