100.秘伝習得
冒険者ギルドへと入ると、いつものようにマリーが挨拶をしてくれる。
「おかえりなさい。ハヤテさんと一緒なんですね」
「ただいま。そうなんだ。試験があるんだって」
「訓練場を借りるぞ」
「はい」
真剣な感じのハヤテに、マリーは短く返事をする。僕もそれで少しづつ、緊張が高まってきた。
(思ったよりも難しい試験なのかな。でもがんばるぞ)
僕はハヤテについて、訓練場への階段を降りていった。すれ違う時にマリーがウィンクをしてくれたので、僕のやる気は最高潮だ。
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訓練場に来ると、相変わらず誰もいなかった。インスタンスだから当然というのもあるけれど、演出的にも必要ないからだろう。
俺と戦えとか言われたら、どうしようかとドキドキする。対人戦はあまり好きではないし、プレイヤー同士で強さを競ったところで、何かが生まれるわけでもない。
ただ勝たなければ秘伝は手に入らないとかならば、好きではないけれど頑張るだけだ。
「あの棒が見えるか?」
そんな不安を感じていたら、ハヤテが訓練場の中央を指差した。
そこには太さが10センチくらいの棒が立っている。もしかしたら戦えとかではなく、あれを斬ってみろとかかもしれない。
「あの棒を斬ってもらう。ただし10秒間で10回斬れなければ、試験は不合格だ」
頭のなかで計算をする。でも意識して計算しなくても、1秒に1回の成功が必要なのはすぐに分かった。
「ラルがいつも使っている剣を使うが良い。準備はいいか?」
「ちょっと待って下さい」
話の展開が早すぎて、気持ちが落ち着いていない。戦わなくていいのはよかったけれど、これはこれで難易度が高そうだ。
(棒を斬ったら、次の棒が生えてくるのかな? まあそこは僕が気にするところではないか。ちゃんと何回でも斬れるようになっているはずだ)
次々地面から生えてくる棒をイメージしたら、なんだか面白くなってきた。緊張もほぐれてきたので、そろそろ挑戦してみよう。
「準備いいです」
「よし。開始だ」
僕が返事をした途端、メッセージが表示される。
ピンポーン。
『ミニゲーム瞬速斬を開始します。10秒以内に、棒を10回切ってください』
僕は水平に剣を振り、棒を上下に分断した。すると斬った棒はスゥッと消え、新しい棒が出現する。
(そういうミニゲームなのか)
僕は剣を返し、再び棒に向けて剣を振る。さすがに剣スキルが9あるだけあって、ゲームの中では達人のように剣を扱えた。
でもギリギリな気がする。2回切っただけで、2秒以上使っている気がした。
(斬り方が悪いのかな。それともステータスが足りないのか……)
3回、4回と剣を振るうが、特に素早くはならない。棒を斬る事には成功しているが、このままでは間に合わないだろう。
切るたびに、すぐに復活してくれる棒だけど、純粋に斬る速さが足りないのかもしれない。でも諦めるという選択はない。なんとかして素早く棒を斬るんだ。
(斬り方を変える!)
僕は左上から右下へ剣を振り下ろすと、そのまま返すことなく、左下へと斬りつける。こうすることで、左から右、右から左のように、剣を返す必要がなくなるので、タイムを縮めることができた。
斜めに斬って、斜めに斬る。それでも僕の剣はスキルのおかげか、しっかりと棒を切断できた。
さっきとは違って、一度剣を返すだけで、二回も棒に斬りつけることができる。
このおかげで体感できるほどに、時間短縮ができていた。
(間に合え!)
7回、8回と剣を振る。最初の遅れがあるから、もう時間は残り少ないはずだ。
9回、もう時間は本当にギリギリだろう。
そして10回と棒に斬りつける。カッと気持ちいい音を立て、棒は復活することなく、スゥッと消えたままになった。
僕は思わずハヤテの方を見るが、難しい顔をしたままで、何も言ってはくれない。
やがてふっと顔を上げたハヤテに、僕の心臓がどきりとする。
「合格だ!」
「やった!」
「おめでとうですの!」
僕は駆け寄ってきたラビィを抱きしめ、そのまま何度も回転する。
ルードやエリーはそれを見ているだけだったけれど、おめでとうの感情は伝わってきた。
それが落ち着いてくると、ハヤテが僕の方へとやってくる。
「この技は瞬速剣。絶対にかわされることのない攻撃だ」
僕が剣スキルを確認すると、レベル1のところに、瞬速剣が追加されていた。どうやら神速剣の初歩の技らしい。
「ありがとうございます」
「精進しろよ。ではまたどこかで会おう」
ハヤテは訓練場から出ていった。
僕は初めての秘伝に、興奮してなんだかジャンプを繰り返してしまった。
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思わぬところで収穫を得た僕は、意気揚々と受付に戻る。
「おめでとうございます。秘伝習得ですね」
「ありがとう。これもマリーのおかげだよ」
さり気なくウィンクで応援してくれたことに、僕は感謝の気持ちを込めて言った。
「えっ、私のおかげですか?」
スッと首をかしげ、なんですかって感じで聞いてくる。本当に思い当たらないって感じだけれど、僕はもうマリーの性格を知っている。
「わかってるくせに」
「ふふふっ。でも習得できたのは、ラルさんの力ですよ」
そう言われると嬉しくなる。でもなんて言っていいかわからなくて、ただマリーを見つめてしまった。
「ドロッピーの祝福は、3日くらいだそうですね」
そんな僕に、マリーの方から気を使って話しかけてくれたみたいだ。でもそのことよりも、話の内容にびっくりする。
「えっ、そうなの? そう言えば期間を確認していなかったよ」
勝手に1週間くらいありそうだと思っていたけれど、意外に期間は短いらしい。ならばなおのこと、集中的に戦っていこう。
「その後はクラン実装を祝って、クラン対抗戦が始まるそうですよ。今までイベントをしていなかった分、イベント祭りですね」
クラン対抗戦という言葉だけだと、なんとなく集団戦で戦うイメージしか思い浮かばない。僕は対人戦は好きではないし、そういうイベントなら回避するだろう。
「クラン対抗戦って、プレイヤー対プレイヤーなの?」
「直接戦うわけではなく、フィールドでドロップするアイテムを、より多く集めたほうが勝利。みたいな感じですね」
その話を聞いて安心する。クランに入ってさえいれば、ほとんどの人が自然とイベントに参加できるシステムだ。
「それならいいかもね」
「実装したばかりでなかなか貯まらないクランポイントを、ここで稼いじゃいましょうっていうイベントですから。プレイヤーが直接戦うような、殺伐としたものではありません」
ある程度の施設を作成したから、あまりクランポイントは気にしていなかった。ちょっと確認してみると、いつのまにか521ポイントも貯まっている。
(誰かがクランクエストとかもやっているのかな。ドロップ率上昇もあるから、純粋な戦闘でも稼げているのかもしれない)
「レア好きのラルさんなら、今こそ戦うときですよ」
考えに没頭しそうになった時、いいタイミングでマリーが声をかけてくれた。
「そうだね。行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
僕らは冒険者ギルドを出て、南の森へ向かうことにした。