やりたい事
お兄様の部屋には、枕を持って向かった。ただし、実際に持って運んだのはミーアだけど。私が持とうとしたら、すかさず奪われてしまった。
枕くらい自分で持つのに、「荷物を持つのも私の仕事です」とか言われたら、素直にお願いするしかなかった。
お兄様の部屋にたどり着くと、お兄様が快く迎え入れてくれた。私もだけどお兄様もいつ寝ても大丈夫な状態だった。良かった。
お兄様の部屋でそのまま一緒に寝る気まんまんだからね。その為の枕だもの。
「で、こんな時間にどうしたんだい?枕を持って」
「うん、あのね。ちょっと相談したい事があって。あと、一緒に寝たいと思って」
もう私も8歳だしお兄様も10歳だから、一緒に寝るのははしたないのかもしれない。けど、今日は悲しくて淋しい思いをしたから、甘えたい気分なのだ。
お兄様はそんな私の気持ちが分かったらしく、苦笑しながらも了承してくれた。
「それで、相談したい事って?」
ベッドに一緒に寝ながら、相談する。
「これからの事なんだけどね。たくさんの人、特に友達に迷惑をかけたから、そのお詫びに何かしたいと思って」
「お詫び?」
「うん」
「そうだなぁ。何かお詫びの品を贈ったら?」
私がちゃんと伝えてなかったから、お兄様は私の意とは違う提案をしてくれた。私は、そのお兄様の提案に首を振った。
「ううん。そうじゃないの。でも、それはとても良い案ね」
その発想はなかったから、お兄様の提案を採用する。今度何か贈ろう。
「そうじゃないって?」
お兄様が首をかしげた。
「うーんと、皆の為に出来る事をしたいと思ってるの」
「具体的には何かあるの?」
「うん。まずは勉強を頑張ろうと思ってる」
「それは良い事だね」
「うん!で、他にも何かしたいと思ってて。例えば、農業関連の事を調べたり、剣や乗馬をしたりとか」
私のその発言に、お兄様はぎょっとしたようだった。
「剣や乗馬!?」
「うん。女の子がやるのは歓迎されないって分かってる。けど、出来たら何かあった時に役に立てるでしょう?」
「うーん。それはそうかもしれないけど…。やっぱり危ないし、反対だよ」
そう言われると思ってた。けど、ここで諦めるわけにはいかない。
「乗馬も?乗馬なら、貴族の令嬢でやる人もいるわよね?」
「確かに乗馬を嗜んでおられる方はいらっしゃるね」
「そうでしょう!今までは「やりたい」って言っても反対されてたから諦めてたけど。お願い!!やりたいわ」
必死な私のお願いにも、お兄様は頷いてはくれない。
「どうして?どうして、そんなにやりたいの?」
「さっきも言ったけど、乗馬が出来たら役に立てるもの」
「うーん…」
「何かあった時に、迅速に行動出来る人は1人でも多い方が良いと思わない?」
「それは思うね」
「でしょう?助けを求めに行くにしても、より早い方が良いし。2年前のような事が、この先にまたないとは言い切れないもの」
「2年前…」
2年前。それはまだ私が6歳の時。
その年の夏、アジュール領は長雨が続いた。本当に長雨だった。
その時の私は呑気なもので、『今日もお外で遊べないな。つまらない』としか考えてなかった。けど、大人達は違った。
最初の頃は、『今日も雨か〜』くらいだった。それが次第に『早く止んでくれ』『このままでは…』という危機感が出てきた。その後は、『このままでは』の後に続く…に表される言葉ーーつまり言いたくない言葉ーーが現実のものとなってしまったのだ。
農作物は長雨と日照不足で枯れ、畑の土は雨で流されていった。この影響で、その年の農作物は壊滅的だった。たくさんの人が飢えなくてすんだのは、災害時に必要な食料が備蓄してあったから。それを配給して当面は何とか凌いだ。私も配給のお手伝いをしたから、よく覚えている。
だけど、備蓄にも限りはあるし、近隣の領も長雨の影響を受けていたから、食料を新たに調達するのは大変だったようだ。『ようだ』っていうのは、お父様達が深刻な顔で話しているのを少し耳にしただけだから。でも、考えなくても、幼い私にだって大変だって事は分かった。
国からの援助もあったようだが、それも限りがある。
だから、お父様は大枚をはたいて、遠くの領地や国外から食料を買い求めた。それこそ家にあった美術品やら宝飾品やらを売り払って。
おかげでミシェーレ家は貧乏になった。けど、私はそんなお父様の事を誇りに思った。それは今も変わらない。領民を守ったお父様はすごい!ただ、これから先は、私も皆の力になりたい!
乗馬が出来れば、王城や近隣の領に助けを求めに行く事が出来るし、何か起こった時にすぐ駆けつける事が出来る。
「ね?馬に乗れた方が良いと思うでしょう?お父様のお役に立てるし、領の皆の力になれるわ」