ミシェーレ家の人々
「ケガが大した事なくて良かったですわい」
先生はそう言うと、にっこり笑った。
「頭をぶつけられたので心配しましたが、記憶もしっかりしておられますし、大丈夫でしょう」
先生のその台詞にドキッとしてしまう。
ごめんなさい、先生。記憶は絶賛混乱中なんです。
記憶が混乱しているのは頭をぶつけたからじゃないし、記憶喪失という訳でもないんだけど、先生を騙しているようで少し心苦しい。
でも、先生の質問にはきちんと答えられたから、先生の診察は間違ってないと思うし…。どうしたものか。
言うべき?でもちょっとしたら混乱も治まると思うから、あんまり大事にはしたくないしなぁ。
うん、やっぱり秘密にしておこう。
「ですが、念の為、今日1日はベッドで安静にして下さい。着替えたり体を拭くのは良いですが、入浴は禁止です。ただ、今日これからの体調をみて問題がなければ、明日は動いたり入浴しても良いです。ただ、激しい運動はダメですぞ。もちろん木登りはもってのほかです。分かりましたかな?」
「はい、分かりました」
きっと色々な人に心配や迷惑をかけたと思うから、素直に頷く。
木から落ちた時に一緒いいた子達は大丈夫だったかな?きっとそれぞれの家族から怒られたに違いない。それを考えると自分に悔しくなる。
皆は危ないから止めておくように言っていたのに。登った私が悪いのに。
本当に申し訳ない。明日になったら謝りに行こう。
「では、これで診察は終わりです。お大事にして下さい」
「「先生、ありがとうございました」」
私とミーアがお礼を言うと、先生はミーアの案内で部屋から出て行った。
パタンとドアが閉まると、私はふぅっと息をついてベッドに横たわった。
体も疲れたけど、頭を使って色々考えていたから、ちょっと疲れた。
一休みしよう、と思った時、ドアがノックもなしにバターンと勢いよく開かれた。
「お姉様ぁ〜」
叫び声を上げながら、勢いよく部屋に入って来たのは妹のカティア。
続いて
「大丈夫か、シフィル」
「心配したのよ」
と言いながら、お父様とお母様が入って来た。
「もう大丈夫よ。心配をかけてごめんなさい」
「お姉様〜。良かったですわぁ〜」
カティアが私に抱きつきながら、えぐえぐと泣き出した。
たくさん心配をかけてしまったんだろうな。カティアの頭を撫でながら両親の顔を見ると、目の下に隈が出来ていた。
あぁ、ごめんなさい。
「全くだ。木から落ちたと聞かされた時は肝が冷えたぞ」
「そうよ。しかもずっと目を覚まさないのですもの。もし、このまま目覚めなかったらどうしようって…」
お母様は両手で顔を覆ってしまった。お父様はそんなお母様の肩を抱き、なぐさめている。
「ごめんなさい…」
「もう木登りは禁止だ。良いな?」
お父様から木登り禁止令が出てしまった。けど、これは自業自得というものだろう。素直に頷こう。
「はい。申し訳ございませんでした」
居住まいを正して謝ると、お父様は厳しい顔をしていたのを一転させ、笑顔でこう言ってくれた。
「ひどいケガがなくて良かった」
☆☆☆☆☆
「そういえばお兄様は?」
皆が落ち着きを取り戻した頃、気になっていた事を尋ねてみた。さっきまでの雰囲気の中じゃ聞くに聞けなくて。
ミシェーレ家はお父様、お母様、お兄様、私、カティアと猫のノワールの5人+1匹家族。
なのに、今この場にお兄様はいない。
「何言ってるの?アルドは今、学院に行っているでしょう?」
はぅ。そうだった!!
「あぁ、そういえばそうでしたね。ごめんなさい。うっかりしてましたわ」
オホホ。頭をかいて笑ってみる。これで誤魔化されてくれるかな。くれると良いな。
「シフィル、貴女、大丈夫?」
お母様が目を細めて、こちらを訝しむように尋ねてきた。
ダメだったぁー。流石にお母様は誤魔化されてくれないみたい。
「な、何が?」
「アルドの事よ。学院に行っている事を忘れているなんて、おかしいわ。だって、いつも「お兄様がいなくて淋しい」「お兄様はいつ帰って来るのかしら」「早く帰って来てほしい」って言っているじゃない」
「え…。えーと」
これはもう誤魔化せないよね。
「実は、ちょっと記憶が混乱してて…」
「まぁ、大丈夫なの?先生は何も仰ってなかったけど」
「大丈夫よ。全部忘れている訳じゃないし、ゆっくりならちゃんと思い出せると思うから」
「そう…なの。心配だわ…」
「ちなみに先生は悪くないからね。ちゃんと診察して下さいました」
「先生の事はちゃんと信頼していますよ」
「それなら良かったわ。頭をぶつけたからおかしくなったんじゃなくて、寝すぎて寝ぼけているだけだと思うの。明日には大丈夫になっていると思う」
私は一生懸命に訴えた。すると、お母様は分かってくれたみたい。
「そう。貴女がそう言うなら、明日中は様子を見ましょう。それでもまだ混乱しているようなら、ちゃんと言う事!また先生に診てもらいましょう」
「分かった」
頷くと、黙って様子を見ていたお父様からストップがかかった。
「じゃあ、もうそろそろ休みなさい。疲れただろう」
「まだ大丈夫よ、お父様」
「え〜、私まだお姉様といたい!」
私とカティアが次々と言うが、お父様は首を横に振る。
「ダメだ。シフィルはまだ起きたばかりだ。無理は禁物だよ」
「うぅ。分かりました」
私は大人しく寝る事にした。
☆☆☆☆☆
皆が部屋から出て行った後、私はベッドに横たわって天井を見上げながら、考えた。
お父様、お母様、お兄様、カティア、ノワール。この人達が私の家族。
大事にしよう。前の家族の分まで。
私はベッドの中で布団にくるまりながら泣いた。前の家族の事を思って。
悲しい。淋しい。会いたい。もう会えない。ごめんなさい。
これらの事を真衣子の心はまだ受け入れられないでいる。でも、分かってはいるのだ。
だって、私はシフィル。シフィル・ミシェーレなのだから。
もう会えない。