記憶
コンコン。
ドアがノックされた。
「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
ーわぁ。誰か来た!
どうしよう〜。
まだ目覚めたばっかりで、しかも記憶が混乱しているのだ。どうやって対応したら良いのか分からない。
オロオロしていると、
「お嬢様、失礼致します」
と声がし、続いてドアが開けられた。
どうやら、まだ寝てるから返事がないのも当然だと思われたようだ。
その証拠に
「シフィルお嬢様、お目覚めになられたのですね!!」
と驚いていた。だけど、それだけではないみたい。
その声、表情に安堵と喜びも込められていた。
「良かったです!ほっと致しました。痛みはございませんか?ご気分はいかがでしょう?」
栗色の髪をした、ほっそりと背の高い女の人がそう聞いてきた。
そうか、私の名前はシフィルだ!それで、この女の人は…。
「ちょっと頭が痛いわ、ミーア。でも、気分は悪くないみたいよ」
ーそう、ミーアだ。ミーア。私付きのメイドのミーア。
するっと名前が出てきて、自分でもちょっと驚いた。けど、良かった。名前が思い出せないなんて、困っちゃうもの。
「さようでございますか。頭の痛みは、木から落ちた時に出来たタンコブが原因だと思われます」
「木から落ちた?」
「はい。お嬢様はオレンジを収穫しようと木に登り、落ちられたのです。落ちた時にお嬢様は気を失われました。その後、お嬢様は丸1日お目覚めにならなかったのですよ」
「えっ!?そんなに!!」
「ええ。本当に心配致しました。旦那様や奥様、カティアお嬢様もとても心配されていますよ。まだお目覚めにならないのかとヤキモキしておられました。お目覚めになられた事をお知らせしたら、さぞ安堵される事でしょう。ですが、その前に先生に診て頂きましょうね」
「分かったわ」
「では、先生をお呼びしてきます」
一礼して、ミーアが部屋から出て行った。
そっかぁ。私、木から落ちたんだっけか。
それで、頭をぶつけたと。どうりで頭が痛い訳だ。
でも、それ以外はケガがなさそうで良かった。足も手も痛みもなく、ちゃんと動かせる。
コンコン。
再びノックが聞こえた。今度はちゃんと返事をすると、ミーアと先生が入って来た。
先生は初老の男性で、おじいちゃん先生と皆に呼ばれて親しまれている。
「シフィルお嬢様、お目覚めになられて良うございました。それで、体調はいかがでしょうか?」
「タンコブが痛いわ」
「分かりました。ご気分はどうでしょうか?気持ちが悪いですとか、吐き気がするという事はございませんか?」
「気持ちは悪くないわ。吐き気もないし」
「それは上々ですな」
先生はニッコリ微笑むと、「失礼致します」と言って私のまぶたを指で広げて目を調べた後、頭のタンコブを触り始めた。
触られると、ちょっと痛い。うぅ。思わず呻いてしまう。
「ふむ。昨日より大分小さくなっていますな」
なんと!昨日はこれより大きかったのか。
何でも、私が部屋に運び込まれた際に診た時は、もっと大きかったそうな。小さくなってこの痛みなら、昨日はもっと痛かった事だろう。昨日目覚めなくて良かったかも。
でも、皆に心配かけたみたいだから、やっぱり昨日起きておいた方が良かったのかも。
まあ、自分じゃどうにもならない事ですが。
タンコブには、先生が薬を塗ってくれた。早く効いて治ってくれる事を祈る。
その後、簡単な質疑応答がなされた。
「名前を教えて下さい」とか、指を3本立てて「これは何本ですかな?」とかいった質問だ。
時たま答えるのにアタフタしたが、何とか答えられたと思う。
ただ、昨日の朝食のメニューの質問には答えられなかった。通常時にだって答えられないよ。
でも、確かこういう質問には答えられなくても大丈夫なんだよね?前にそう聞いた気がする。
そう、テレビで!!
夢の中で、真衣子がテレビを見ていた。それは私が見ていたという事。
そうなのだ。あの夢は記憶なのだ。実際に私ー真衣子自身が体験した記憶。
先生に診察して貰っている間に記憶の混乱や夢について考えていたが、多分あの夢は前の私ー真衣子の記憶なのだろう。だから、起きた時に2つの記憶が混在してこんがらがってしまったのだ。
そして、今の私ーシフィルの事も徐々に思い出している。この部屋の天井が見知らないものではなく、よく見知っている事に。
この部屋が自分の部屋である事に。
これはどういう事なのかな?よく真衣子が読んでいたラノベにあった転生ものなのだろうか。
そんな馬鹿な!と思う反面、その可能性が高そうだとも思う。だって記憶あるし。
ただ、この世界は真衣子の世界と同じなのかな?同じ時代?
部屋の様子を見ると、同じ時代ならアメリカやヨーロッパの富豪の娘な感じ。
それとも違う時代?格好からするとタイムスリップ転生?そんな転生があるかなんて知らないけど。というか、タイムスリップしたら歴史が変わっちゃう可能性が高いから、それはないか。うん。ないな。ないない。
それじゃあ、もしかしたら異世界?それこそラノベではそういうお話をよく読んだよ。異世界だったらすごいな。異世界だったら、ファンタジーな世界が良いなぁ。