狐の神力 (ショートショート52)
その稲荷神社は、町人たちの暮らす界隈から遠く離れた山のふもとにあった。ゆえに参拝に訪れる者はごくわずかである。
そういうことだから稲荷神の使い――この神社をあずかる身の狐はとにかくひまであった。で、毎日のほとんどを、なにをするでもなくお社の中で寝転がって過ごしていた。
そんなある日。
さい銭箱にカラリと銭の落ちる音がした。
狐はあわてて起き上がった。見るに油問屋の若だんな吉蔵がいて、しかも酒を供えている。
「小春ちゃんと結ばれますように……。神様、ぜひぜひお願いします」
吉蔵は手を合わせ頭を下げた。
帰る吉蔵を見送りながら、
――こまった、こいつはこまったぞ。
狐は頭をかかえ困惑していた。
縁結びには相手がある。
狐はこの種いの願いごとをたいそう苦手としていたのだ。とはいえ、おさい銭に酒までいただいた。
――いかにしたものかな。
ウンウン、うなっていると……。
さい銭箱に、ふたたびお金の落ちる音がした。なんと水飴屋の一人娘、小春がお社の前に立っているではないか。
小春は饅頭を供えてくれた。
「吉蔵さんと結ばれますように……。神様、ぜひともお願いします」
小春は手を合わせ頭を下げた。
帰る小春を見送りながら、
――よかった、なんとかなりそうだな。
狐はホッと胸をなでおろした。
吉蔵と小春は互いに想いを寄せ合っている。これなら二人の願いを叶えてやれる。
その日から。
二人が結ばれるよう、狐は朝晩に恋愛成就を願ってやった。
ひと月が過ぎた。
狐の願いの甲斐もなく、吉蔵と小春の二人はいまだ結ばれずにいた。
耳にしたうわさによれば……。
両家の親がそろいもそろって、二人が一緒になることに猛反対をしているそうだ。そのうえなぜか、理由もなく意固地になっているらしい。
――どうしてなんだ?
狐は首をかしげた。
二人は互いに想いを寄せ合っている。だから親の反対ごときはいかにでもなるはずだ。
――悪い物の怪でもとり憑いているのでは?
狐は双方のもとへと向かった。
まず吉蔵の油問屋に出かけ、つづいて小春の水飴屋へと足を運んだ。だが両家に、物の怪らしきものは憑いていなかった。
――どういうことなんだ?
狐はとんと理由がわからず、首をひねりひねり稲荷神社へと帰ったのだった。
半年が過ぎた。
吉蔵と小春はいまだに結ばれていなかった。
――オレの神力ではもうどうにもならん。あの二人にはすまないことをしたな。
狐はおのれの非力さをなげいた。
狐の神力でも叶わぬことがある。
小春は水飴屋、吉蔵は油問屋。水と油はどうやっても混じり合わぬのだから……。