壊れたプラネタリウム
漫画シナリオとして書いた作品です。
いずれ、漫画にして、持ち込みする予定です。
学校の通学路。何の変哲も無い、民家、横断歩道、踏切。
信号待ちをしていると、俺と同じ学校の制服を着た男が話しかけてきた。
なかなか派手な格好をしているので気後れしてしまうが、一体何年生なのだろうか?
「今日も、飽きずに学校へ行くんだな?」
初対面にしては、随分不躾な質問をしてくる奴だ。
「…そう言うお前だって、学校へ毎日行っているんだろう?」
俺がそう言うと、そいつは少し驚いた後、大声で笑った。
「そうだった、そうだった。僕は二年生の大宮司って言うんだ。あんたは、織作くんだろう」
大宮司…。聞いたことのない名前だが、同学年なのか。
「俺の名前を知っているんだな?」
「もちろん。あんたは有名だからね」
「有名?」
俺は自分が有名だなどと思ったことはなかった。おとなしい、少し天文についての知識がある、目立たない生徒だ。
「俺が有名なもんか。何を言っているんだ」
「そうか、気がついていないか」
「ああん?」
「僕は、先週転入してきたばかりでね。それでも、あんたのことは知っているよ」
「はぁ? どんな噂が立っているんだ」
「プラネタリウム作りに熱中しているってね」
「ああ! 文化祭の出し物で、プラネタリウムを作っていたんだった。そうだ、忘れていたよ」
「ふふ、そんな大事なことを忘れるのかい」
俺は頭をかいた。
天文部の仲間たちと、プラネタリウムを設計していたのだった。
俺が指揮をとって、仲間たちに細かいことをやらせて。
「出来上がるのを、楽しみにしているよ」
大宮司は優しそうな笑みを浮かべた。
*
学校の授業は、代わり映えのしないものだった。
先生は、すでに何度も説明したようなことを、黒板に向かってボソボソと呟いている。
そもそも、こんな先生が俺の学校にいただろうか?
*
授業が終わると、天文部の部室に向かった。
仲間たちは、忙しいとかで今日は帰ったようだ。何としても、俺一人でも文化祭までに完成させねばならない。
俺の身長よりも高い、このプラネタリウムは、もう一ヶ月も前からコツコツ作って来たのだ。
あと少しで完成すると思うと、感慨深かった。
部室の扉を開けて、誰かが入ってきた。
夕暮れの青い光に包まれた中で、幽霊のように怪しい雰囲気を醸し出している。
「こんな遅くまで、プラネタリウムを作っているのかい?」
大宮司だった。
本当に、幽霊みたいだ。
「最近学校に、お化けが出るって言うから、織作くんも気をつけた方がいいよ」
「お化けなんているもんか」
「僕には霊感があるんだ。今も、霊の波動を感じているよ」
「スピリチュアルな話ならやめてくれ。俺は科学しか信じない」
「そうかい。…一人じゃ大変そうだから手伝おうか?」
「…そうだな」
確かに、俺の身長よりも大きな装置を作っているのだ。誰か補助してくれる人間がいないと、大変だ。
大宮司は、俺の横にしゃがみ込んで、微笑んだ。
「何でも指示してくれ」
「ああ…、じゃあ、その接着剤を…」
接着剤を、この部品につけてくれ、と言おうとした時。
大きな揺れ。
地震だ。
どんどん大きくなっていく。
プラネタリウムが倒れてしまう!
俺は、プラネタリウムを支えようとした。
だが、支えきれない。
その、横綱級の体重の装置が、俺に向かって倒れてきた。
恐怖で体が固まってしまい、動けない。
「うわー!」
*
朝の光が眩しい。
何の変哲も無い通学路。横断歩道、踏切。
信号待ちをしていると、また大宮司が話しかけてきた。
「昨日は、怪我しなかったかい?」
「怪我? 何のことだ?」
「…そうか、あれで怪我がなかったんだから、よかった」
「…」
大宮司は、安心したように微笑んだ。
「あー、でも何だか頭がぼーっとするな。あんまり昨日のことが思い出せないや」
多分、夜遅くまで作業をしているので、疲れているのだろう。
「ひとつ、織作くんに言っておかなきゃならないことがあるんだ」
急に真顔になる大宮司。
「はぁ?」
「今日もまた、地震が起こるだろう。その時は、決してプラネタリウムを守ろうとしちゃダメだ。プラネタリウムから離れろ! 死んだらもともこもないんだから」
「何で、地震が起こるってわかるんだよ。起こったとしても、俺が死ぬのか?」
「僕には、霊感があるんだよ。昨日、言わなかったか?」
「覚えていないな」
そんなことを言われた覚えは、全くなかった。大宮司が何か勘違いしているのだろう。
*
授業が終わると、俺はまっすぐ部室に向かった。
早くプラネタリウムを作らないと、文化祭までに間に合わない!
接着剤を取り出し、部品を一つづつ繋げていく。
だが…。
揺れが来た。
地震だ。
プラネタリウムが倒れてしまう。
だが、大宮司の言ったことを思い出す。
あんなものがのしかかって来たら、俺が死んでしまうだろう。
俺は、プラネタリウムから離れた。
プラネタリウムは盛大に倒れて、割れてしまった。
間も無く揺れは収まったが、プラネタリウムは致命的に壊れていた。
「ああ…! 何てことだ! 俺一人じゃあ、修理はできないよ!」
プラネタリウムの破片をかき集める。とめどなく涙が流れ落ちた。
「そんなことはない。必ず完成するさ」
部室の扉を開けて入って来たのは、大宮司だった。
「壊れた部品の材料は、ここに買ってあるよ」
大宮司が大きなアタッシュケースを開けると、レンズや、ネジや、外装の材料となりそうなものが入っていた。
「な、何でこんなもの持っているんだ?」
「織作くんを助けるためさ」
「こ、これだけあれば、修理できるぞ!」
大宮司と協力してプラネタリウムを組み立てて行った。
朝日が昇る時間になっても、二人はコツコツと作業を進めていく。
「や、やったー! できた、できたよ!」
俺は、小躍りして喜んだ。
スイッチを入れると、黒い天幕に壮麗な星々が映し出された。
二人とも、その光景に見とれる。
そして、同時に、何か体が軽くなっていく。
「ああ…思い出したよ。俺は死んでいたんだな」
「そう、大宮司くんは二年前の大地震で、プラネタリウムの下敷きになって死んでいたんだ」
「なのに、気がつかずに永遠と作り続けていたのか」
「旧天文部室に幽霊が出るっていうのは、有名だったよ。その解決を、君の友達に依頼されていたんだ」
「ありがとう…、これで思い残すことは…ない」
意識が薄れていく。
あれから二年も経つのか。
どおりで、見知った生徒が誰もいないはずだ。
仲間たちは、とっくに卒業していたのか。
「じゃあ、な」
大宮司にそれだけ言うと、全てが消滅した。