『芹沢大剛 ー5ー』
唐突に口を開いたティロルに、全員の視線が集まる。この普通ではない大人三人に見つめられても顔色一つ変えずに、小首を傾げて返答を待っている。
ティロルは青白い血管が透けて見えるほどの、色の白い肌に絹の糸のようなさらさらと流れる腰に届こうかと言う銀色の髪。
エメラルドのような輝かんばかりの碧の瞳を冷たく輝かせた、見た目だけならば絶世の美少女である。
だが、どこか作り物めいていて生命と言うものを全く感じさせない。芹沢と同等に不味そうな娘だ。
「……」
不意にティロルが出窓で丸くなり、傍観をしていた我輩を無表情に見上げてきた。思考を読まれたのかも知れない。
「まだ……よぉ……? この坊や、もっとお姉さんを感じさせてくれるかも知れないでしょ……? だ、か、らぁ、もう少し待ってねぇ……」
ゾフィーがうっとりとした瞳で芹沢を見つめながら、体をブルブルと震わせて甘い口調でティロルに告げる。
「そう……」
ティロルは無機質な声で言うと紅茶を手にとって口に運んだ。どんなに闘争本能が強いと言っても、芹沢にこれ以上の進化は
望めないだろう。ティロルもそう思ったからこそ問い掛けてみたのだ。
だが、他の三人はまだまだなぶり足りないようだ。相も変わらず頭の腐った連中だ。
「キ……さ……マ……ラ……! 一……リ……残……ら……ず……ブち……殺……ス……!!」
床に倒れた石膏像のように、不規則に残り砕けた芹沢の残骸たちが、小刻みに蠢きながら一ヶ所に集まって行くと、立体的なパズルのピースでも当て嵌めるように一つの塊を形成していき、人の形を形成すると何かが駆け抜けたのか表面を振動させて、皹や欠けもなくなった芹沢を復元する。
スーツはもはやなくなり、剥き出しの筋肉に鎧を着ている状態だ。
腕は肘の下の辺りから大刀へ変化しており、肌は鋼のように硬化質だ。
その顔からそれまでの強張ったものはなくなり、自然に怒りで歪んでいる。
「また、進化したねぇ……。人間とは思えない気性の持ち主だ……」
クリストファーが恍惚に満ちた顔で感嘆の声を洩らした。クリストファーは悪魔である。人の負の感情を吸い快楽とする種族だ。今は、芹沢の怒りを吸って快感に浸っているのだ。
進化を遂げたとすれば、カテゴリーサードへなったことになる。
言われて見れば皮膚の色は白く、何処か硬質的な雰囲気は作り出しているものの、動きや表情は自然な動きをしているように思える。
人間にしては恐ろしい程に強い精神を持っていると言えるだろう。
「ククク。体が思い通りに動く。もう、これまでのようにはいかんぞ」
芹沢が流暢な口調で威嚇しながら口の端を吊り上げた。カテゴリーサードになったことで、人間だった頃と同じように体を動かせるようになったのだ。
「ほんとぉ!? それは楽しみだわぁ~……。お姉さんをちゃんと逝かせてねぇ?」
「ハッ! 逝かせてやるぜ。地獄へな!」
舌を鞭に這わせながら熱を帯びた眼差しで見つめて、弾ませた吐息に乗せて言葉を吐くゾフィーに、芹沢は大刀と化した手を突き付けると、ニヤリと口許で笑みを浮かべて短く恫喝した。
「あら、どうせ行くなら、天国がいいわぁ……」
夢見心地の表情でゾフィーは洩らすように吐き出すと、淡く光る鞭で床を叩いた。 鞭は床を抉り、破片が室内に飛び散る。
「ぬかしていろ!!」
芹沢は低く吠えると床を蹴ってゾフィーとの距離を一気に詰め、大剣となった右手を突き出した。
ゾフィーは流し目で芹沢を見つめると、熱い吐息を荒々しく吐き続けながら鞭を大剣に絡めた。
芹沢を力任せに大剣を引いて、鋸のような小刻みの刃で引っ掻けて切り裂こうとしたが、ゾフィーの鞭の方は斬れるどころか刃を抉りながら大剣に締め付けた。
「あらん、坊や……。ダメよ。そんなんじゃちっとも感じないわぁ……」
ゾフィーは鞭を力強く引きながらまるで子供に言い聞かせるように告げると、大剣に絡み付く鞭がさらに食い込む。
大剣に亀裂が入り広がって行くと、砕けた破片が床を叩いた。
「舐めてんじゃねぇぞ!」
芹沢は短く吐き出すと、絡み取られた左手を力強く引きゾフィーを引き寄せると、刃になった左手を振り回してゾフィーの顔面を切り付けた。
刃はゾフィーの顔面を見事に捕らえたが、切り裂くことは出来ず頬を殴打しただけだった。
カテゴリーサード程度では、そんなものだろう。
「チッ。なんて肌をしていやがる……」
芹沢は激しく舌打ちをして忌々しそうに喉で呻くと刃を引いて身構えた。
芹沢が刃を引くとゾフィーのコメカミの辺りが斬れて一筋の血線が頬を伝って流れ顎から滴り落ちた。
ゾフィーの口許が三日月状に弧を描いた。
「やってくれたわね……? 坊や……。
くすくす……。ちゃんとカテゴリーフォースにならないと、次で終わっちゃうわよ……」
ゾフィーが怒りを宿した冷たい眼差しで芹沢を睨み付けた。
始めてゾフィーが芹沢を敵と見なしたのだ。次の一撃で全てが終わる。
その場にいた全員がそう思った。