<C10> ロレッツオ卿の申し入れ
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「聖光破魔槍弾」
ズリエル先生の周囲に無数の光輝な槍が出現し、漆黒の鎧に向かって飛ぶ。
しかし漆黒の鎧は光輝な槍が届く前に、ザックの頭を鷲掴みにすると、黒い円の中に引きずり込んだ。
光輝な槍はザックの黒い脚に数本が突き刺さったに過ぎない。もちろんザックは悲鳴をあげていたが。
「まてぇ!そいつを何処に連れて行く気だぁ!」
私は虚空に開けられた穴にむけて叫んだ。
連れて行かれてなるものか、ここで殺してやるのだ。息の根を止めてやる、何故連れて行く。どこへ連れて行く。
私が今にも黒い円に飛び込みそうになり、クリフ君とツェザーリ君ががっちりと止めた。ドサクサに紛れて、2人がおっぱいに触っていたのは、後で怒鳴りつけておいた。
《天臨ノ王ヨ、此奴ハ我ガ貰ッテイク。》
円から声が響いた。
「ふざけるな!そいつは今此処で殺してやるんだ、戻せ!返せぇぇ!」
《威勢ガ良イナ、ソウカ、此奴ヲ殺シタイカ。ククククク……此奴を殺シタクバ、我等ノ基ヘ来イ。魔大陸ヘ、我ラガ居城へ……》
声とともに黒い円は小さくなり、そして消えてしまった。
「まてぇぇぇぇぇっ!」
私は絶叫し、そのままクリフ君の腕の中で気を失ってしまった。血を流しすぎたらしい。
直ぐに治癒師による治癒を受け、また瀕死だったマリアも、なんとか一命を取り留めた。
だけど、エリーザは……返らぬ人となってしまった。
◆◆◆
《現在》
「あの時はなんというか……」
ツェザーリが困惑した顔で言いかけると、アリスはそれを制した。
「あの日の事は忘れはしない、しかし思い出したくもない日です。」「はい……」
「あの魔族は、ザックはまだ使える、だから生かしておくそうです。何故生かして置くのかはわかりません。でも生かしてなど置くものか。私はエリーザの仇を討ちます。必ずや。」
「はい、その旨は陛下より書簡が届いております。」
ツェザーリの言葉にアリスはコクリと頷く。
「……陛下には感謝しております。このような我儘、本来は許されることではありません。ですが私には……」
「アリス……」
クリフが声を掛け、ハンカチを手渡した。
「有難うクリフ。」
「……。」
涙を忍ばせるアリスと、それを労るようなクリフ。2人を見て、ツェザーリはつい頬が緩んでしまった。
あの頃から変わらないなと。いつもいがみ合ったり剣を交わらせていた2人だが、互いに心は通じ合っていたのだろう。
だからこそクリフもまたアリスの我儘に付合い、こうして旅をしているのだ。2人は固い絆で結ばれているのだなと、ツェザーリは心が温まる思いだった。
「アリス様、陛下からお二人に助力をして欲しいとも、書簡に書かれておりました。」
「まぁ、お父様がそんな事を?」
アリスは心底驚いた。今回のことはアリスの我儘であり、国王が関わることではないのに。
「はい、よろしければ私も──」「なりません。」
ツェザーリの申し出をアリスは遮った。
「我らの旅は生きて帰れる保証などありません。ただあの怪物に、ザックに一矢報いて、エリーザの仇を討つための旅です。
ツェザーリ様、貴方は辺境伯となり、王国を守護する責任あるお立場。私事に過ぎない大義なき修羅の旅に、同行させるわけには参りません。」
アリスが厳しい目で見つめ、毅然とした口調で言い放った。
「し、しかし、それならクリフ様も。」
「クリフ様は……こんな醜い私を正妻として迎えると仰ってくださったお方です。もし生き残れたら、私の命はクリフ様のもの、そう決めております。」
「あはは、ツェザーリ、恥ずかしながら、そういうことだ。悪いな!」
クリフはそう言い、少し顔を赤らめてアリスの肩を抱き寄せようとして、思い切り小突かれた。コントのような二人だがアリスの頬が朱に染まっているのは、単に恥ずかしかったからか。
「……アリス様、クリフ様、貴方達は……本当に……」
ツェザーリは二人を微笑ましく思い、そして死すら覚悟して一人の女を助けようとする親友クリフの男気に目頭を熱くさせた。
無事に仇を討ち果たし、生きて戻ってこれる可能性など無いに等しいのに。それを知っていて、敢えて向かうのか。
「アリス様、クリフ様、それでしたら、このツェザーリ、お二人の友として、せめて、せめてお手伝いをさせて下さい。」
ツェザーリは感極まり、涙を流しながら告げた。しかしアリスは首を横に振る。
「お申し出は大変有り難く思います。ですが、辺境伯様にもご事情はあるかと思います。お気持ちだけお受けいたします。」
「そんな、せめて──」「なりません。例え国王陛下から書簡を与ろうと、これは我が身の我儘。ご理解ください。そして今日は元学友としてご挨拶へとお伺いした、それだけのことです。」
「アリス様!」
ツェザーリが立ち上がり、椅子がひっくり返り、派手な音がした。侍女や執事たちが慌てて走り寄ってくる。
わかっていた。何故挨拶に来たか、その理由を。死地へ向かう2人が、共に学園で過ごした自分に、別れの挨拶に来たのだと。
この二人は、退路を持たぬ死人として魔大陸へ乗り込もうとしているのだ。
彼らの背後では、マリアが2人を見据えたまま、ぼろぼろと涙を流している。マリアもまた、2人と共に死ぬ事を覚悟していた。長年傍努めをした皇女を守り、死ぬことを。
ドアが開く音がした。
「流石で御座います。流石『血塗れの皇女』の二つ名をお持ちの御方だ。」
振り向くと、礼服の中年紳士がいた。
「お父上!」
ツェザーリが驚いた様にその紳士を凝視する。
「アリス様、クリフ様、初めてお目にかかります、私はツェザーリの父、アシュレイ=ロレッツオと申します。」
胸に手を当てて頭を垂れるアシュレイ=ロレッツオに、アリスは立ち上がり、頭を下げる。
「初めまして、ロレッツオ卿、ヴィクリーヌ=アマディス2世が娘、アリス=ルイーザです。」
「ラザロ大公が子息、クリフ=ラザロに御座います。」
「アリス様、クリフ様、どうぞお座り下さい。」
アシュレイ辺境伯に勧められ、アリスとクリフは座り直し、アシュレイ辺境伯もまた、ツェザーリの隣に座った。
「アリス様、失礼かとは思いましたが、お話は聞かせていただきました。誠に噂に違わぬ、女としておくには勿体ない武人振り。感服いたします。」
「いえ、買い被りに御座います。私など唯の女に過ぎません。」
「何をおっしゃるか、我が息子をあっさりと打ち砕いたお点前、拝見しておりましたぞ。」
「……お恥ずかしですわ。」
アリスは顔を綻ばせて俯いた。
「そしてクリフ様のアリス様への思い、そしてご覚悟、感動させてもらいました。」
「あ、いや、その……」
クリフはクリフで顔を真赤にしてる。
「しかしどうでしょう、我らもそろそろ、最前線での停滞振りには、嫌気が刺しておりましてな。」
ロレッツオ卿の言葉にアリスは何を言っているのか、と首を傾げた。
「そろそろ魔族の頭を小突いてやろうかと、思っております。」
「はい。」
「ですが、あそこは諸国の連合軍が仕切っておりますので、我らが独自に乗り込むわけにもゆきません。」
「そ、そうですね。」
何を言いたいのか、とクリフは考える。
アリスはすでにある程度予測はついていた。この辺境伯、アシュレイ=ロレッツオ辺境伯は、情にもろく漢気に熱い人だ。
ここまでの2人の話を聞いていたとすれば、次に出す言葉は凡そ予測がついた。
「全滅する可能性も有ります。」
だからこそ、この言葉で釘を刺さねばならない。
「…………」
アシュレイ辺境伯は黙りこみ、アリスを鋭い眼差しで見つめた。ツェザーリは父とアリスを、少々戸惑い交じりに交互に見比べている。
「生きて帰れぬ保証など無い、むしろ死地に向かう旅。無駄に命を捨てたい者などおりますまい。例えそれが主人の命であっても、大義なき戦いに命を張る者など、居るとは思えません。」
アリスの言葉が2人に重く圧し掛かる。人の命を預かる身であれば、人の命を使う身であれば、無駄にその命を使ってはならない。
辺境伯の命令一下で数千、数万の兵が動く、だがその目的が私的な情に流された仇討ちなどであってはならない。国を守るべき命を、軽々に使ってはならないのだ。
「ロレッツオ卿、本日はこれにて失礼させていただきます。」
アリスは頭を下げ、立ち上がろうとした。
「またれよアリス様。よろしければ、夕食をご一緒したい。当家の料理長の腕は中々のものです、せめて夕食をお一緒する機会を与えて頂けませんか?」
アシュレイ辺境伯の言葉に、アリスはクリフと顔を見合わせる。このロレッツオ卿もなかなかに諦めが悪そうだ。
アリスはコクリと頷いた。
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