<C09> 惨劇の日
イグリース学園で起きた惨劇の日の回想です
††
《1年前》
雷雨の中、私は暗い廊下で怪物となったザックと対峙していた。
マリアは右手を失い、胸を切り裂かれて血だまりの中で倒れている。かなりの深手を負っているが、まだ生きている。私も無傷ではなく、背中を斬られ酷い傷を負っていた。
それでもなおザックにを睨みつけ、戦おうとしていた。しかし血を流し過ぎた私は体勢を崩し、攻撃を躱され、ザックが私に黒く鋭い爪を向けた。
私はあの時死ぬはずだった。または腕を斬られ奴の言うとおり、達磨にされて犯され、恥辱に塗れるはずだった。
だけどその時、エリーザが飛び出し、私とザックの間に入ったのだ。
エリーザは私に覆いかぶさり、私を守ってくれた。
その代償に………
「エリーザ、エリーザッ!!」
私は悲鳴を上げた。だってエリーザは血塗れとなって私に覆い被さっていたのだから。
エリーザの身体は引き裂かれ、胸から下が無くなっていたのだから。
半狂乱になって泣き叫ぶ私、いやだ、死なないでと叫ぶ私。
だけどエリーザは「逃げて……」と力なく呟いただけで、そのまま命を手放してしまった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私は叫んだ、私の目からは涙が溢れていた。
それを怪物となったザックは、ニタニタと厭らしい目で見つめている。
ザックは私に近づいてくる。今度こそ殺そうとしているのか、それとも四肢を切断して嬲ろうとしているのか。
「なんだぁ、この女ぁ、ちともったいなかったな。まあいい。」
ニヤけた笑いと共に、一歩前にでて腕を振った。
途端に私の顔が火を吹いた様に熱くなった。
「ひぎぃぃい!」
左目が真っ赤に染まり、激痛が走った。
「アリス様ァァァ」
「きゃぁぁぁぁ」
「アリス様のお顔がぁぁ!」
女の子たちの悲鳴が響く。
顔が熱い、痛い熱い痛い痛い痛い。
ザックの尖った指先が、赤い丸いモノを掴んでいる。
耳まで裂けた口が開き、悍ましい舌が伸び、丸い物を舌の上に置いた。
口の中へと誘われた丸いものは、口が閉じた途端に白い液体を迸らせた。
「ギャアアァァハハハハハ!残った目玉も潰して、テメェを犯しながら喰らってやるぜぇぇぇ、ギャハハハハハハ」
ザックの哄笑が響き渡った瞬間、私は悟った。
──私を喰らう、だと……
全身を悍ましさが走りぬけ、忿怒となり、闘気となり全身を震わせた。
喰らうなら喰らえ、だが私の顔や背などどうでもいい、エリーザを殺したザック、マリアを傷つけたザック、キサマは許さない。殺してやる、刺し違えてでも、絶対に殺してやる!
私は立ち上がり、拳を握りしめた。
その時だ。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」」
怒号と共に2つの剣閃が奔る。
「なにっ!」
ザックが振り向いた時には、既に2本の剣は振り切られていた。
「ギャガァァァァァァァァ」
ザックの悲鳴が迸る。
ザックの左腕が廊下の血だまりに落ち、ザックの腹が半分以上断ち切られていた。
血を吹き出し絶叫するザックの前に、そして私の前に2人の剣士が立っていた。
訓練用の刃引きの剣を持った2人、クリフとツェザーリ君。
「てめぇぇぇぇ俺の女に何しやがったー!!」
へっ
クリフの声に私は激痛も怒りも忘れて、呆けてしまった。
──ドサクサに紛れて、何て言った?
「俺の女ぁ傷つけやがって、許さねぇぞ、殺してやるからな、死ねぇ、ザック、いや糞バケモンがぁぁぁ!」
貴族に有るまじき暴言、等と言ってるどころではないのかな。完全に頭に血が登っているクリフは初めてだ。
いやそれよりなにそれ、え、え、俺の女?
やだ心臓がドキドキしてる。顔がかあっと熱くなってドキドキが止まらない。
怪物は身体に出来た真新しい傷が信じられない様に、血を溢れさせ、黒き闘気を発して居る。
「ツェザーリ、殺るぞっ!」
「オウッ!」
2人が互いを呼び合い、阿吽の呼吸のように動く。
クリフ君とツェザーリ君が走った。
クリフ君は右に跳び左に跳び、天井へと跳び、怪物の視線を翻弄させる、そこにツェザーリ君の両手剣が黒い手に向かって斬りかかる。
狭い廊下の中を動き回るクリフ君、そして間隙を縫って攻めるツェザーリ君。
なんて息のあった連携なんだろう。
私は痛みも怒りも忘れ、2人の華麗な動きに見惚れてしまう。刃引きの剣に魔力を流して強化し、真剣並みに切れ味を高め、怪物の黒き爪を弾き、躱し翻弄する2人。
あんたらいったいいつ、その手法を覚えたぁ!
2人の能力を侮っていた。なんだこいつら、まさか試合では手を抜いてたとかいうの?私並とは云わないけど、十分強いじゃない。
1人1人ではまだまだだけど、2人が連携することで、強さを増していた。
「ギャァァァ、キサマラ、キサマラァァァァ」
体中を切り刻まれ、その都度に腐った様な、赤黒い血が流れていく。
冷静になればなるほど悍ましい。
いったいこの怪物は何なのか。
【勇者】であったはずのザックは、【勇者】に有るまじき行為を積み重ねてきた。罪なき人々をいたぶり支配し辱めてきた。ついには称号が反転し、【魔王】になった、とでも言うのか。
天上界の天使が悪に染まり、天界を追い出されて地獄に落ち、悪魔王サタンとなったように。
「みんな下がれ、下がるのだ。」
先生たちが駆けつけてきた。
ブラッドリー先生やヴァレリー先生は手に武器を持ち、ズリエル先生やゾエ先生は、杖を持っていた。
クリフ君とツェザーリ君がぴょんと後ろに飛んだ途端、ゾエ先生の杖が光を迸らせた。
「降魔退散ァァァ」
怪物が光に包まれ白き炎が燃え上がる。
「聖なる拘束の光鎖」
ズリエル先生の杖から、光り輝く鎖が伸びて、怪物を巻きつけていく。
「学園で暴れてんじゃねぇぞ、クソ魔族ガァ!」
荒っぽい言葉とともにブラッドリー先生が、光り輝く剣をザックに突き刺した。
「ギぎゃぁガやぎゃyがやy。」
背中から剣が突き抜け、怪物の身体がブルブルと震え、身体が塵となり始める。
「キ、キサマ、キサマ、アリ、アリス、キサマヲキサマヲオオオオ」
微かに聞こえる軋むような嫌な声。
でも私は納得出来ない。私は、私はエリーザの仇も、マリアの仇も討ててない。
ゆらりと立ち上がった私は、クリフの傍へと向かうと、剣を奪い取った。
「アリス。」
驚くクリフ君を尻目に、私は剣に目一杯の魔力を流し込み、白き炎で焼かれるザックに向かって剣を突き入れる。
「ギギャァァァァ」
「死ね、ザック、地獄に落ちろっ!」
奴の心臓に向けて突き刺した剣は、背中まで貫いた。
ザックはガクガクと全身を震わせ、口からは腐った血を吹き出し、真っ赤な目で私を睨みつけた。
「シ、死ヌカァァ、キサマヲ、キサマヲ嬲りツクスマデ死ンテ゛タマルカァァァ」
耳まで裂けた口が不気味に舌を伸ばし、私を愚弄する言葉を吐いた。こんな状態だというのに、凄まじい執念。この執念を違う方向へ向ければよかったものを。
いやキサマは何処まで行っても外道だ。
私は貫いた剣をぐりっと回した。
粉微塵になれ、完全に消滅させてやる。エリーザを殺した報いを受けろっ!
私の持つ全ての魔力を迸らせ、剣に流し込む。
「消滅しろっ!極振動共鳴破壊」
剣に魔法を通し、奴の身体を内側から破壊しようとした。
その時だった、アイツが現れたのは。
ブウンッと音がしたかと思うと、天井近くの空間に黒い円が出来上がる。
「む、あれわ!」
ズリエル先生が何かを察知したのか、呪文を詠唱した。ブラッドリー先生も剣を構え、睨みつける。
《イチイチ手間ヲ掛ケサセル……見捨テテモ良イガ、ソウモ行カヌカ》
黒い円からこの世のものとも思えぬ、気味の悪い声がした。背中がゾクゾクとしてくる。ついで感じる魔力の波動。
私はすぐに後ろへ飛んだ。途端にザックの周囲に黒い稲妻が走り、奴を拘束していた魔法の鎖が吹っ飛び、突き刺さっていた剣が腐食したかのように、ボロボロと崩れ落ちていった。
一瞬遅ければ、私もああなっていたかもしれない。恐ろしく強い魔力だ。
「何者だッ!」
私が叫ぶと同時に、円から真っ黒な手と体が現れた。
「「「キャーーーッ」」」
「「「ワァァァッ」」」
遠目に見ていた生徒から悲鳴が迸った。
その身体は漆黒の鎧に覆われ、そして首が無かった。
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