<C07> ロレッツオ辺境伯
ロレッツオ辺境伯、アリスに取っては懐かしき名前でございます。
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「それよりもアリス様、次の街には『温泉』というモノがありますが、ご存じですか?」
ニトロが余りにも権威の前で無様だからだろうか、見かねてリリスが話題を振った。
途端にアリスが目を輝かせる。なるほど女は風呂が好きってことか。
「知ってますよ。温泉かぁ、有るんですね。いいですね~。是非こちらのせか~~~あ…っと」
あ、なんかどじったか?『是非こちらの世界でも』とか言いそうになっただろ。
「こちらの……せか?」
リリスが首を傾げる。
「ん~、そのなんだ……えーと、せっかくですからぜひ体験したいものですね。」
「はいぃ、それで~~無礼でなければ、よろしければ女同士ですし、ご一緒しません?」
リリスが遠慮なく誘うが、お前相手は皇族だぞ!気軽に誘うなよな。
「おお、それ──」
アリスがニコリと笑って返そうとしたが、急に顔が青ざめた。
また何かを思い出したのかと思ったが、アリスは直ぐにマリアを振り返り、唇を震わせている。
どうしたのかな。マリアを見ると、マリアは困った顔でふるふると顔を振っている。
そうか、マリアは一生残る酷い傷を負ったとかいってたな……
それじゃ別々に……なわけに行かないか。侍女たるもの常にってやつだろうな。
ったくこのアホが。
「あーっと、やっぱアレじゃね、お姫様ってお風呂は侍女がぴったりと付いて、1人で入るんじゃないのかな~?違いますか?アリス様。」
俺は適当な事を言ってみた。
たしか西欧の貴族が数人の侍女を伴って、入浴しているフレスコ画を見たことがあるからだ。もちろんネットだが。別に裸の画像目当てではないからな、決して。
「あ、そうなんですか?」
レヴィとリリスが顔を見合わせる。
「……そ、そうね、そうなんです。いつもはマリアにお世話してもらっています。だから皆様と御一緒は、やはりちょっと恥ずかしいかな。」
「そっか~、残念です。」
アリスはレヴィとリリスに申し訳なさそうに言う。こんなベタな言い訳でも2人とも納得したようだ。うん、流石権威主義!違うか。
そしてアリスは俺に視線を向けると、『ありがとう』と唇を動かした。
「お~し、辺境の街フライに到着だぜ~。」
ニトロの声がして振り向くと、俺達の目の前には、街というには似つかわしくない、大きな城壁と大きな門が目に入った。
「フライの街はこの辺を統治している、ロレッツオ辺境伯が住まわれているからな、ある種の城塞都市みたいなもんだ。」
グルームがドヤ顔で言う。
彼が言うにはロレッツオ辺境伯の担当する地区は、隣国エグゾス帝国との緩衝地でもあるが、魔族の防衛戦でもあるという。今では最前線に戦場が移ったが、昔はここが魔族との激戦の地だったらしい。
「へぇ~、それじゃあ此処は王国を守ってきた、歴戦の英雄の街ってこと?」
リリスが尋ねると、グルームはこくこくと頷く。
「俺も昔はこの辺りに住んでてな、ロレッツオ辺境伯様とは何度かお会いしたことが有るんだ。」
「知り合いだったの?それでそれで、どんな人なの。」
なんかはにかみながらグルームが話すのを、リリスは面白そうに聞いている。
「そりゃもう、メッチャ強くて、勇敢で、英雄っていうのはあの人のことだよな。」
「そうなんだ。」
感心しているリリスに、グルームがまるで自分のことの様にドヤ顔している。
「それはなかなかの御仁のようだ。」
ゴレムがうんうんと頷いている。
「さて街に到着だ。ここは検問があるからなぁ。1時間はかかるぞ。」
ニトロの声が響いたんだが、一時間ってなんだ?
意味がわからず御者台に出てみると、うは、門の前にずらりと並んでやがった。
街を囲む街壁の一角に大きな門があり、そこから人と馬車が連なっていた。
なかなか人気のある街なのか、並んでいるのは行商人風が目立つ。冒険者とか旅人風の物たちは、すぐに通されていくんだけど、行商人の馬車となると、積んだ荷物を改められている。
なんかかなり厳重だな。確かに一時間以上かかりそうだ。
「待つのですか?」
「結構並んでるから、一時間は待つかもしれないですね。」
アリスが不満そうな顔をして、クリフをみる。彼にしてもしかたがないことなのか「この馬車だからね」と返した。
この馬車?どういう意味かな。
「マリア、お願いできるかな。」
「はい。」
マリアに顔を向けて言うと、マリアはコクリと頷いて、詳しく言わずとも委細承知とばかりに、馬車から飛び降りた。ふわりと地上に舞い降りると、門の方へと疾走していく。まるで忍者みたいだ。
「ん、とマリアはどこへ?」
「なに、所用を申し付けたのです。」
アリスがニコリと微笑む。クリフは歯を噛みしめて、くっくっくと笑みを零し肩を揺らしている。
いったい何をする気なんだ?
訝し気に見ていると、少ししてマリアが戻ってきた。
「ニトロ様、列の横を門まで向かって下さい。」
馬車に乗ると、マリアはニトロに命じた。
「列の横って、割り込みかい?」
「構いません。話は通しておきました。」
マリアは御者台に座って、キョトンとするニトロににっこり笑顔でいった。
ニトロは馬を動かして列を外れると、列の横を検問まで進ませていく。並んでる人たちが睨んでるぞ、おい。
「いいのかな~。」
人々の熱い視線にさらされて不安そうなニトロに、マリアは「大丈夫大丈夫」と笑っている。
そして検問までくると、10人程の警備兵、多分検問所に駐留してる警備兵全員が集まっていた。
てか検閲していた警備兵までこっちにきてて、列が停まってしまってる。人々がこちらをじっと見ているぞ。なんせボロな幌馬車が列に並ばす素通りしてんだからな。
すげー迷惑そうなんだが。でもどこか好奇心に満ちた視線を感じるんだな。こりゃ一悶着来るかも。
俺は揉め事になりそうな予感に身構えた。
「身構えずとも大丈夫です。」
マリアは自信満々に言うと、警備兵たちの前に飛び降りた。
ひらりとスカートが舞い上がり、ふわりと着地して身支度を整えると、警備兵の方へと進んでいく。
警備兵たちは横一列に並び、中央に一人、白ひげを生やした偉そうなフル装備の警備兵が立っている。
あれが警備の隊長なのだろうか。
「ご苦労様です。くれぐれもご内密に。」
マリアが白ひげを湛えた隊長らしき警備兵の前に行くと、なにかこそこそと二言三言会話している。
会話が終わると、警備兵達はその場で腕を胸の前に掲げた。
「畏まりました。皆の者、道を開けよっ」
警備隊長が警備兵たちに命令すると、警備兵たちが左右に割れて道を開けた。
「ロレッツオ辺境伯には、後ほどご挨拶にお伺い致しますので、良きなに。」
「はい、直ぐに伝令を送ります。」
警備隊長の言葉に笑みで返すと、マリアは一飛で御者台に戻る。
「さ、どうぞ。」
「は、はいぃ?」
ニトロがあまりのことに、キョドリながら馬を動かした。
馬車が動き出すと、警備兵たちは槍を掲げて敬礼して見送ってくれる。まさに「大貴族様のお通り」状態に、俺たちはびっくりして声も出せないでいた。
そんな俺達をアリスとクリフは微笑み見ていた。
「王家の紋章です。お忍びで旅をしているので、よろしく、と言っておきました。」
マリアがくすっと笑う。
「そ、そですか……」
流石お姫様ですね。
でも
「アリスはせっかちだよな。」
とクリフが笑いを噛み締めていたのは、聴き逃してないぞ。
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