<K15> 不穏な影
女子会は楽しいのですが……
※ 4/23 ジュンヤ編(第一章)とアリス編(第二章)を再構成しています
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女子会です。
「アリス様、アリス様。」
「食後のデザートをお持ちしました。」
「お茶うけもありますわ。」
エリーザの手作りサンドイッチを美味しく頂いていると、いつも通りに公爵令嬢のベルティユとリリアーヌを始めとして、侯爵令嬢やら伯爵令嬢が集って来る。
かくしてお昼休みは、10人を超える女子会となるのです。
皇族とお知り合いになれ、という厳命でも着ているのでしょうか。お友達いっぱい出来た~♪
最近ではお昼だけでなく、授業が終わった後とかに学園の私有地内にある森へ行ったり、野原に散歩に行ったりしております。
私は1年生の時に私有地内は粗方探索して、危険な生物がいるかどうかは確認してますけどね。
私有地内は兎やら鹿やら、リスに近い生物ばかりで安心だし、花が咲き乱れる野原もあったりして、良い環境です。
「あの人また居る。」
伯爵令嬢が視線を森の方へと向けて、気味悪そうに見ている。
「どうしました?」
私が尋ねると、怪訝な顔をして頷いた。
「偶に見るんですけど、あの人……」
彼女の視線を追うと、森の中に背の高い男性がいた。イグリーズ学園の下級貴族クラスの制服を着ている所から、学園の生徒であると解るけど、身長がわりと高い。
160センチ以上は有るかもしれない。金髪に黒い瞳。殊更イケメンというわけではないが、普通に見ればそれなりに見えるのだろうけど、私はどうにも気に食わない。
「あれは……」
見たこともない男子生徒に、私は怪訝な思いを抱く。見た瞬間、何か嫌なモノを感じた。生理的に無理、という奴かもしれない
なんだろう、あの目だろうか。あれは生理的に受け付けない、そんな感情が湧いてきた。
厭らしい目つき、だが見るとその近くには女子生徒がいる。やはり下級貴族クラスの女子と、平民クラスの女子。
どちらも可愛らしい子たちだけど、どこか俯いて心此処に非ずの様な、それでいて彼の近くにいた。
「なんか変ね。」
私が訝しんでいるのが解ったのか、彼は女子の身体を引き寄せると、舌をだして唇を舐め、2人の身体に手を添えた。
女子達が顔を顰めてさらに俯く。
まさかあの子たちは無理やり……
そんな事があるのだろうか。彼女たちは私達と同い年位だろう。そんな幼い女の子をまさか。
男はニタニタと笑い、女の子を引き連れて校舎の方へと歩いて行った。
「なんなのでしょう、気味が悪いですわ。」
「学園内であのような行為、不潔です。不潔極まりません。」
「下級貴族の分際で、失礼極まりません。処断いたしましょう。」
彼女たちも何処かでそれを察知していたのかも知れない。やたらと、なんというか普段以上に嫌悪を抱いているようだ。
私もどうも嫌な感じがして、胸騒ぎが止まらなかった。皆と別れ部屋に戻った私は、直ぐに彼のことを探る様にマリアに命じた。
数日してマリアから報告を聞いた私は、少々ムカついていた。
マリアは中々に有能で、彼の素性を全て調べあげてくれた。
彼はウルフスタン子爵の三男ザック。
ウルフスタン子爵領では、かなりの暴れん坊で通っていた。平民に対して非常に暴力的な振る舞いがまかり通り、兄2人すらも手を焼いていたという。
剣術というより我流の剣で暴れ、数々の問題を起こしたため、イグリーズ学園に放り込まれたというパターンらしい。
確かにこの学園にはそういう子供も居る。家庭での教育では御しきれない子息を放り込み、まともにさせるという。
学園では先生達すら手を焼いていたが、それほど表立って悪辣な事はしていないように見えているらしい。
暴れん坊が剣術を習い、力を付け、体格にも恵まれ、結果、クラスを暴力で制してしまった。
しかもやり方は狡猾であり、先生達が見ていない所で、下級貴族クラス、平民クラスの男子に暴力を奮い、また女子達にも乱暴を働いた。
あくまでも噂に過ぎないが、平民クラスや下級貴族クラスで自主的な退学者が出たのは、彼に寄る所が多いらしい。彼に暴力を振るわれた男子、傷物にされた女子はかなり居るようだ。
今残っている中にも、彼の暴力に屈服し隷属している男子女子が、かなりいるという。
「最低な男ですね。」
「なによりも、これらは噂の域を出ません。彼はかなり知略に長けております。」
「マリア、お前がどうにかできないの?例えば暴力を振るっているところを………」
「申し訳ございません。私の前で、奴は他の生徒に手を出しておりません。」
「……どういうこと?」
「恐らく、私が見ていることを感じ取っているのでしょう。」
「まさか?」
「私が見ているときは、奴は私に聞こえぬほどの声で男子や女子に話し掛けます。生徒は途端に怯えた顔をしますが、奴は口を塞ぎ、反論すらさせません。」
どうやらそうとう脅しに長けている、ということか。そしてマリアの隠密を見破るとは、勘も悪くはない。
「なら私がっ。」
「証拠がありません。いまアリス様がでても、生徒たちは決して口を開かないでしょう。」
私は歯噛みした。
「マリア、できるだけ証拠を集めて頂戴。私の護衛が手薄になってもいい。」
「………申し訳ございません。私が優先すべき事は、アリス様の護衛で御座います。」
「マリアッ!」
私が叱責するがマリアは首を振る。
「たとえ下級貴族や平民に死者が出ようとも、アリス様さえご無事であれば。」
「マリア……貴女はそれで良いの?」
「ご容赦下さい。」
マリアは深く頭を下げ、その意思は変わらない事を告げた。
ぎりぎりと歯を噛み締め、エリーザへと視線を向けるが、エリーザもまた悲しい顔で顔を振る。
彼女たちの気持ちはわかる。もしザックが私に何かしようとするなら、彼女たちは命を賭して私を守ろうとするだろう。
しかしそれ以上はないのだ。名前も知らぬ下級貴族や平民は、彼女たちの護衛対象外なのだから。
どうしようもないことなのか。
胸の中にわだかまりを残したまま、私は日々を過ごしていた。
先生たちも少し暴れん坊、程度で誤魔化されている。
当の生徒は奴の脅しや暴力に屈している。
仮に私が単独で乗り込んでも、奴が正体を表さない限り、どうしようもないことなのか。
ザックに対して私は何もできなかった。
ザックもまた上級貴族クラスに対して、変なちょっかいをかけてくることはなかった。
掛けてくれば私が即座に動くと予測していたのだろう。
そして忸怩たる思いを抱え時は過ぎ、4年生となり、間もなく5年生になろうかという時に、奴は私に近づいてきた。
「あんた、皇女なんだってな。」
庭園のテーブルで公爵令嬢のベルティユとリリアーヌと、午後のお茶を飲んでいた時、奴が声をかけてきた。
振り向けばあのニタニタとした、厭らしい顔があった。周りにはどこか陰のある男子と女子を侍らせている。
「無礼な男。貴様と交わす言葉などありません。」
私は再び前を向いて公爵令嬢達に、視線を向ける。
「おいおい、連れねぇなぁ。折角俺が声を掛けてや……」
ザックの言葉が途中で途切れる。
「ひっ!!」
リリアーヌが驚いた顔をし、小さな悲鳴を零した。
「なんだこいつぁ!」
ザックもまた驚愕して居るようだ。
恐らくマリアだろう。ザックに向けて剣でも突きつけている、といったところでしょうか。
「マリア、遠慮はいりません。その無礼者が私にあと一歩でも近づいたら、切り捨てなさい。命を刈り取っても構いません。」
「御意。」
マリアが静かに頷いて、ザックに突きつけた剣を構え直す。ちなみにマリアの剣術は通常の剣術とは異なる。例え相手が剣術の達人であっても、最低限翻弄し傷を負わせる事ができる。
私と暇な時に打ち合いをして、この4年間鍛えてきたのだから、当然だ。つまり私の折り紙つき。逆に私も学園の授業の剣術だけでは物足りなかったので、良い稽古相手でした。
「て、てめぇぇぇ!」
「吠えるな痴れ者」
怒りの形相で吠えるザックに、私は静かに、しかし顔を合わせることもなく言う。
「貴様の無礼な振る舞い、妾も耳に挟んでおる。今直ぐ子爵家をお取り潰しにしてやろうか?」
凛として言い放つ私の言葉に、ザックは後じさり、取り巻きを残し去っていった。
「貴女たちもあのようなものに従う必要などありません。なにかあるのであれば、私に言って来なさい。」
私の言葉に取り巻き達がどよめいた。
高貴な立場にあるものは、義務が強制される。家格の低い貴族、平民を守るのも王家の勤め、皇女の義務だ。
しかしどよめく彼らはザックを追いかけていった。私の気持ちは彼らには届かないのか、それとも奴の暴力支配が強いのか。
「マリア、有難う。」
「過分なお言葉にございます。」
マリアの気配が消えた。
少しだけ胸がすっとした。でもまだまだだ。あの取り巻きの子達を救わないと、奴をどうにかしないと。
胸の中にわだかまりを残したまま、学年は忌まわしい出来事が待つ、5年生へと移り変わっていった。
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