<K05> エリーザの呟き
※ 4/23 ジュンヤ編(第一章)とアリス編(第二章)を再構成しています
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私はエリーザ=ヴィコンテ=ジュール、ジュール子爵の三女。
縁があって第3皇女アリス様のお側仕えとなって、4年が経ちます。
美しい金髪に碧眼のアリス様は、当時13歳となった私から見ても、それはもうお可愛らしく愛くるしくおありでした。こんな可愛らしい皇女様にお仕えできるとは、なんと幸運なのかと思ったものです。
ですがアリス様が4歳のおりに雷に打たれた時は、肝が冷えたものです。何しろ私がお側仕えになったばっかりなのに、いきなり雷に撃たれて死んでしまうなんて、こんな不幸なことはありません。
下手をすれば私の命だけではなく、お家お取り潰しなどとなったら、お父様やお母様にまで迷惑が掛かってしまう。
ほんと私はついてない、しみじみ思いました。
でも幸いにしてアリス様は一時もせぬ間に目を覚まされた。あの時は思わず女神アルテナと大神エデイオスに感謝致しました。
ですがアリス様はそれ以来変わってしまわれたのです。
愛くるしいお人形のようなアリス様は、活発で活動的で、まるで男の子の様になってしまった。
それに言葉遣いも何処かしらおかしいのです。どこか達観したかのように、大人びた、まるで年上の女性のような言葉遣いをされます。あの雷の影響でしょうか。
そんなアリス様はその後すくすくと成長なされました。
問題はいきなり王立騎士団の団長様に師事したり、宮廷魔道士長に師事したりと、およそ想像だにしないことをやってのけたことでしょうか。
流石に父王様が反対されるかと思ったら、あっさりと許可が降りたのも驚きでした。でも流石というべきか最初からアリス様の才能を見出されていたのか、アリス様は剣術に於いても魔術に於いても、それは素晴らしい才能を発揮されました。
アリス様を見ていると、ほんと飽きがこないというと失礼にあたりますが、お育ちになる姿を見守るだけで、ワクワクとしてきます。
そんなあっという間の年月が過ぎて、来年にはアリス様は数え8歳となられます。上流社会の子女の殆どは数え8歳で王立イグリーズ学園にご入学となります。
市井の方達は、イグリーズ学園を花嫁花婿修行学校などと呼びます。
王立イグリーズ学園というのは、王都の南のハズレに広大な面積を持っている貴族や大商人の方達のための学園です。
生徒の数は1学年から5学年までで600人ほどでしょうか。
入学すると、新入生は3つのクラスに分けられます。
一つは平民クラス。
爵位を持たない将軍や、商人とか市井の民の子供が入るクラスです。
次に下級貴族クラス
子爵、男爵、名誉子爵、名誉男爵のご子息が入るクラスです。
最後に上級貴族クラス
皇族、公爵、侯爵、伯爵のご子息が入るクラスです。
アリス様は皇族ですので、当然上級貴族のクラスとなります。
ちなみに入学テストなどという、無粋なものはありません。何故無いかというと、子息を試すような真似をしたら、貴族の方々から我が子を試すか、等と難癖──反感を買ってしまい、入学される方々が居なくなってしまいますから。
ただ入ってからはとても厳しいんですよ。ちゃんと卒業できないと、あそこの貴族はマナーもまともに出来ないダメ貴族、なんてレッテルを張られてしまって色々不細工な事になってしまうので、卒業はみなさん必死です。
何故こんなに詳しいかといいますと、私も卒業生ですから。私の家格は子爵なので下級貴族ですが、それでも卒業した途端、沢山の良縁に恵まれました。
マナーもしっかりして、算術、剣術、魔術ができて、さらに地政学など、貴族に必要な知識を持つ嫁として保証されているのですから、引く手数多なのは当然ですね。
ただ私も12歳でしたので、まだ結婚はしたくなかったのです。そこに皇女様の側仕えというお話がこられたので、一も二もなくお受けいたしました。皇女様の側仕えをこなしたとなれば、多少年齢が行っていても、さらに引く手は増えるかな、と打算もありましたが。
「とても良い学園だと聞いております。」
アリス様の質問に卒業生である私は、正直にお応えしました。それでもアリス様は可愛らしいほっぺを膨らませ、ご納得の行かない顔をなされておいでです。
卒業生がいうのですから、間違いはないのですが。
「もともとは貴族の皆様に、正式なマナーや作法を教える学校です。それで今でも花嫁花婿修行学校と呼ばれています。」
「作法……それって、家で教えればいいんじゃないの?」
アリス様は時折こうしたおかしな言葉遣いをされます。
8歳にしてやたらと大人びた言葉遣いというか、偉そうな態度ではないのですが、どこか年長の様な、また市井の民のような言葉遣いをされるのです。ただ国王陛下や皇后様、またお客様の前では為さりませんので、安心はしているのですが。
私の前では油断しているのでしょうか、ぽんぽん出てきます。そして私は思うのです、これがアリス様の素なのではないかと。
「そうですね、本来はその通りなのです。しかし忙しい方々も多く、どうしても片手間になってしまったりすることも多いそうです。しかしそれでは言葉遣い一つで首が跳び、爵位に傷が付きかねないのが貴族社会ですので、そのような失礼が無いように、との教育ですね。」
「そっか、それって有るよね。ご両親が事業で忙しくて、マナーや教育がついつい疎かになって、ぜ~んぶ学校任せって。うん、あるある。」
「うふふ……」
ほんとぶっちゃけて……失礼、砕けていらっしゃる。それだけ私の前では本音を出しやすい、信頼されている、ということでしょうか。ある意味光栄です。
「でも私は王立騎士団に入りたいのよね~。学校に行くだけ無駄って感じだしぃ、5年も行くなら修行した方がいいんだけどな。」
「はい、存じて上げております。」
アリス様が以前から騎士団や宮廷魔道士に師事して、腕を磨いている事は、存じあげております。私だけではなく、他の侍女も知っていることですし、もちろん国王陛下も皇后様もご存知です。
そもそも騎士団長様と魔道士長様からアリス様が師事を申し出てこられて、対応をどうしたら良いかと国王陛下に相談された時、許可したのは国王陛下なのですから。
その後アリス様が才能を伸ばされたのを見て、さすが国王陛下のご慧眼と誰もが感服したものです。
「王立イグリーズ学園を卒業されますと、剣術や魔術の適正に寄り、騎士団や宮廷魔道士へ優先的に配属されるそうです。」
「ほんと?」
アリス様の眼がきらんと光りました。まるで子供のように喜んで……まだ子供でした。
「騎士団に参加できるのは早くても13歳から。才能があってもアリス様の御年齢では参加は厳しいでしょう。」
「そうそう、それなんだよね。団長のクルールったらほんと逝けず何だから。」
「い、いけず……ですか。」
なんでそんない下々の下賤な言葉を知ってるのでしょうか。こうした時折分けの解らない、何処で覚えたのか、アリス様の謎な部分です。
「魔術師長のルルイエだってあと5年は……とか言うんだよ?おかしくね?」
「……そそうですね。」
「でもま卒業まで5年なら数え13歳か。そっか、結局そうなるんだよね。んじゃま行ってくっか」
「はい、左様でございます。」
流石というしかありません。算術なんてまだ教わってもいないはずなのに、すらすらと計算してしまう、頭の回転の良さもアリス様の不思議なところです。
以前には財務長官が通路ですれ違った時に国庫の計算書類を落とされたのですが、それを拾ったアリス様があっさりと計算の間違いを指摘されたのです。
算術を習った私ですら、見るだけで頭痛がしそうな式なのに。しかも5歳の時ですから、私も傍にいた財務長官も驚きを隠せませんでした。もちろん財務長官はもう一度計算をし直し、アリス様のおっしゃることに間違いないと赤面して居られました。
アリス様はもしかしたら、神童なのかもしれません。天から雷槌が降った際に、才能を開花されたのかもしれません。
剣術に長け、魔術に長け、さらに算術に長けているなど、神童と言うしかありません。
アリス様は王宮に篭って暮らされ、行く末はどこかの貴族と政略結婚に出されるような、そんな小さな器ではないのでは無いでしょうか。
私としてはイグリーズ学園にてアリス様が才能を遺憾なく発揮され、その偉大さを知らしめることを望んでおります。
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