<36> 仮面少女の秘密
仮面少女には秘密があるのです
††
ニトロと知り合ってから、それほど間がない。
だがこいつの性格はだいぶわかってる。なんていうか、お調子者でしっかり者で、そのうえ悪戯っぽい、まるでガキみたいな性格をしている。
こいつはニヤニヤしながら、俺が言う言葉を待ってるんだ。
「じゃあどうすんだ?」
この質問をさせたかったんだろ。早く答えを聞かせろ。
「複数の従者を連れ歩くときはともかく、お忍びの場合に着く侍女は魔術師か少なくとも、時空系魔術を使えるってことだ。」
ちょっと俺は声を無くした。
あの可愛らしい銀髪のメイドさんが魔術師だと?
ていうか、マリアは剣の腕も相当なものだぞ?てことは魔法剣士か。
「時空魔法でな収納という魔法が有るんだ。かなり高位の魔法だが、少なくともあの侍女の女の子は、その魔法を使えるってことだ。」
「まじか。」
「ああ、因みにその魔法を使えるとなりゃ、唯の侍女じゃない。昼間の剣捌きにしても、ありゃ唯もんじゃねえぞ。」
なかなか凄い侍女が居たもんだ。
「ある程度高貴な身分になると、主人の傍に常に寄り添う戦闘メイドがいるそうよ?」
とはレヴィの言葉だ。
「戦闘メイド?」
俺が尋ねるとレヴィが首肯する。
「剣捌きは上級冒険者並、隠密行動から諜報活動、主人を護衛するための専属の侍女よ。」
「あのマリアって侍女は、多分それだな。」
ニトロが納得したように頷いた。
「つまりあの女の子、アリスは少なくとも侯爵家かそれ以上ってこと。ヘタすれば大公とか公爵、皇女とかもありうるかも。」
俺はぶんぶんと顔を振った。それだそれ。あのアリスって子はそれだよ。
関わりたくね~。
そんな高貴なお方が身分を隠して旅してるなんて、なんか色々とやばくね?お家騒動とかあって、追われてるとかあるんじゃね?
やっぱ別れた方がトラブルなくていいんじゃねえか?
「お待たせしました。」
マリアの声がして振り向くと、階段をゆっくりと、クリフに手を取られてアリスが降りてくる。
アリスもクリフも、身形は確かに町人風の目立たぬものに着替えている。しかし醸し出す貴族臭さは抜けないのが残念。
何より残念なのは、その仮面だ。さっきまで付けていた仮面より小さくはなっているが、顔の半分を隠すようで結構派手だぞ、ってか平民でそんなのつけてる奴いねーっての。
貴族様の間では流行のファッションなのかね。それとも高貴な存在は平民に顔など見せないとか?
まあ、どうでもいいか。
酒場にて、俺はガンガン飲み始めようとするニトロたちを止めた。適度な食事に適度な酒。もうこないだみたいな翌日に残る深酒はさせない。
別に馬車の飲酒運転で免許剥奪なんてことないし、馬車が事故っても酒飲んでたとか二日酔いでどーのといわれることは無い。
だって、馬車に乗りながら酒飲むなんて、当たり前にある世界なんだから。
ただ俺は二日酔いになるのがいやだったから、止めただけだ。
そんなわけでわりと楽しく食事が進み、また俺が懸念していたような、いきなり暗殺者がやってきたり、騎士が乗り込んできて、跡目争いやら、貴族同士の闘争に巻き込まれることもなかった。
今はまだ。
軽い適度な酒を飲みながら談笑していると
「先ほど目的地が船着場──《ミスティの街》とのことでしたが、よろしければ私達も同伴させて頂いてもよろしいでしょうか。」
アリスが申し出てきた。
予め話し合っていたのか、マリアとクリフも納得しているようだ。てか待てよ。俺たちみたいなどこの馬の骨とも判らんのに……
「俺たちは別にいいが、そっちはいいのかい?この先数回は野営するんだぜ。俺たちみたいなのと一緒に野営して、万が一のことがあったら、責任取れないぞ。」
ニトロが俺の懸念を話してくれた。まあそうなることは、万が一にもないが……ちょっとまて、それって俺たち、自分で信用貶めてないか?
「構いません。」
アリスはあっさりと言った。
「俺があんたを襲っちまってもいいのかい?」
ニトロが下卑た言い方をする。
「大丈夫かと思います。命が不要でしたら、どうぞご自由に。」
アリスがニッコリ笑うその向こうで、マリアが既にナイフを構えていた。うん、目が笑ってない。あっさり殺すよ、この子。
「あははは、こりゃ参ったな。」
ニトロがぼりぼりと頭を掻いて、エールをぐいっと飲み干した。
「なに、悪い話ではないぞ、謝礼もさせてもらう。」
クリフが笑みを浮かべると、アリスがマリアに合図を送り、どこから出したのか──収納ってやつか?──金袋を出してニトロの所まで持ってきた。
テーブルの上に置かれた金袋は、かなり重そうな音を立てる。あれが全て金貨だとしたら、10枚やそこらでは済まないだろう。
ニトロもそれを察したのか、ちらりと中を見て、そしてアリスを見つめた。
「これならあんたらで馬車を買ったほうが、余程安いだろうが。」
ニトロが不服そうに、アリスを睨みつける。
「馬車を買い移動するのは簡単です。ですがそれも人がいればこそ、です。」
アリスは全て悟っているかのように頷いた。
なんだろう、年齢なら俺と同じくらいなのに、どこか大人びている、というか見た目以上に年上に感じられる貫禄はどういうことだ。
貴族ってのはそういう教育を受けているのかな。
「そこに入っている金貨20枚には、我ら3人を護衛する謝礼も含まれてます。」
「ほう……」
アリスが口角を上げて微笑み、ニトロがずいっと前にでた。なるほど、護衛か、大体読めてきた。
「仮に私達で馬車を買ったとしても、私達は馬車の操作も、野営にも慣れておりません。マリアに頼ったとしても、ずっと御者と寝ずの番をさせるわけにもゆきません。」
確かに理に適っている。
2人は戦闘経験はあるのだろうが、そもそも貴族が野営の見張りなどしたことも無いだろう。そうなると侍女がその任を全て背負うことになる。とてもじゃないが1人では無理だ。
ニトロたちを護衛として雇い、野営の際には見張りをしてもらえば、侍女マリアにも無理をさせず、より安全に旅が出来るというものだ。
ニトロ達にも金が入り、WINWINって奴だな。
仮に彼女達がお家騒動なんかで追われる身だとしても、ニトロ達なら撃退も可能だろうし、また仮に数十人もの追手が来るとしたら、そうなったら逃げるだけだな。
「よろしいかしら?」
訳ありの大貴族アリスがにっこりと笑った。
◇◇
「アリス様、お湯のお加減はいかがです?」
湯船につかるアリスに向けて、湯女のような薄衣の肌着を着たマリアが尋ねた。
「ええ、大丈夫。マリアこそ寒くはないかしら?」
「大丈夫でございます。」
マリアは笑みを浮かべ、スポンジのような物を片手で泡立てていた。市井の民ではめったに持つ者はいない、スポンジという体を洗う道具だ。
「よろしければ、お体を……」
マリアが湯船に近づくと、アリスが湯船から上がる。
「お願い。」
「失礼いたします。」
アリスの背後に回ると、マリアは泡立てたスポンジを体には這わせていく。腕を洗い、足を洗うその姿は、だが少し奇妙でもあった。
マリアは片手だけで器用にアリスの体を洗っていく。理由は単純だった。肌着の中に隠れたマリアの右腕は、肘から先がなかった。
そしてよくよく見れば、胸にも酷い傷跡があり、女の証でもある、本来なら形の良いはずの乳房が、無残に引き裂かれ抉られていた。
そしてマリアがスポンジを這わせたアリスの背中にも、無残な傷跡が肩から腰に掛けて残っている。
さらに……マスクを外しているアリスの左目は、暗い空洞となり目からコメカミにかけて、惨たらしい黒い傷跡が残っていた。
アリスが超速再生を持つ事を知るものなら、何故としか言いようのない、惨い傷跡だった。
「マリア、辛い思いをさせて、ごめんなさい。もう少し、もう少しだから……」
背中を洗うマリアにアリスは謝った。」
「どうぞお気になさらず……」
マリアは少しだけ手を止めるが、すぐにまたアリスの体を洗い始める。
「絶対に、絶対に、私は……」
言いながらアリスは涙を零した。
「おっしゃらないで下さい。お気持ちは私も同じでございます。」
アリスはマリアの手を、ぎゅっと握りしめた。
††
いつも沢山のブクマや評価を頂き、有難う御座います。
m(_ _)m
これからもどうぞよろしく、応援のほどお願い致します




