<13> あの日、俺の平穏な日常が壊された
ジュンヤは宿屋の少女に……
††
組合を出たジュンヤは、辺りの看板を見て、今日の宿を探しながら街路を歩いて行く。
しかし中々希望する宿が見つからない。
街が大きいからか、どこの宿も風呂付きで一泊銀貨2枚とか3枚と、随分高い設定だ。恐らくこの街のスタンダードなのだろう。
一般的にはワンルーム程度の部屋に風呂がついていれば、それだけで銀貨2枚以上の高級宿となる。安宿は風呂無しトイレ共同で、半銀貨1枚程度からある。
しかしここではそこまで安い宿は、中々見つから無かった。
ジュンヤは嘆息して繁華街から外れ、薄暗い路地が目立ち始める通りへと向かった。
いかにも治安が悪そうな場所だが、安宿というものは得てしてそういう地区にある事が多い。
そして治安が悪い場所では、お約束のように現れる者達がいる。
ジュンヤの【危機感知】スキルが危険を察知する。いつの間にか囲まれていたようだ。
数秒も立たないうちに飛来物があり、ジュンヤの背中に突き立った。鏃に麻痺毒が塗られた矢だ。
矢の刺さった衝撃に、よろけるジュンヤ。そして現れる手に手に武器をもった物騒な輩。
全員顔を目出し帽のようなマスクで隠している。目だけがギラギラとして、ジュンヤを見つめていた。
麻痺毒で倒れるはずなのに、ジュンヤがいつまでたっても倒れないのに業を煮やしたのか、マスクの賊達は襲いかかっていった。
「とっとと倒れちまえば、死なずに済んだのによっ!」
ジュンヤは背中に矢を突き立てたまま、切りつけてきたショートソードを掴んだ。
「何っ!」
驚愕する男。
いくらガントレットをつけているとはいえ、所詮革製だ。しかも手掌の辺りは、動きを優先するため皮が薄い。
普通なら手掌が斬られて、血が噴き出るはずだ。ヘタすれば腕を斬り裂かれるはずだが、ジュンヤはそのままショートソードを握りしめ、空いた右手の拳でショートソードを殴りつけた。
バキンッ
鈍い音を響かせて、あっさりとショートソードが折れるのを間近に見つめ、賊は驚き固まった。そこをすかさず蹴りあげて、賊の股間が潰され血がズボンを濡らした。
「ぐぶ$%##」
賊は変な呻き声を上げてぶっ倒れ、泡を吹いている。今後異性とのお楽しみは絶望的かも知れない。
「てめぇぇぇっ!」
「やっちまぇぇぇ」
その様子をみて熱り立った賊達が、一斉に襲いかかってきた。
1人目がモーニングスター、2人目がハンマー、3人目が槍。その際中にもまた飛来物が、ジュンヤの背中に突き立った。
しかしジュンヤはダメージを負った様子も、麻痺毒に犯された様子もなく、襲いかかる賊に立ち向かっていく。
モーニングスターが襲ってくるのを、先端の爪が生えた星球を殴りつけて跳ね返し、振り下ろされたハンマーを肩で受け止め、その勢いに身体を回転させ顔面を蹴りつける。
顔面がぐしゃりと潰れた音を立て、血を吹き出して倒れていく。彼はきっと整形手術が必要かもしれない。
同時に槍が腹に突き立てられるが、腹で受け止めた槍を上から拳で叩き折った。
唖然としている賊の顔に拳がプレゼントされる。顔のマスクが割れて原型が見る影もない血だらけの顔を露わにして仰向けに倒れていった。
モーニングスターの賊はどうしたかと振り向くと、さっき弾き飛ばした鉄球が見事に顔面にヒットしたらしい。ぶっ倒れて伸びている。
改めて飛来物の方向へと視線を向けるが、そこには誰も居なかった。
「逃げたか……」
「くう。」
ジュンヤは首を傾げ、ふんっと鼻で息を吐いた。頭の上のモフモフが嘆息するように鳴いた。
初めての街であり、地の利も無い、まして夜なら追っても無駄だろう。
倒れた男たちの懐から、しっかりと金袋を漁り、再び安宿探しを始めた。
人が変わった様なジュンヤだが、結構ちゃっかりしているのである。
◇◇
町外れの簡易宿。
「鄙びた宿。そうそう、こういう宿が安いんだ。」
俺は頷きドアに向かって手を伸ばした。
ドアを開けて入ると、受付には少女がいる。小学校高学年ぐらいだろうか。外は暗いのに児童福祉法違反だろが、とは突っ込めない。
ここはそういう世界なんだ。
「部屋、開いてるか。」
「はい、空いております。」
尋ねるとハキハキとした応えが返ってくる。
可愛らしい笑顔に肩よりも長いブラウンの髪。背は140センチくらいだろうか。
「わぁっ」
少女が素っ頓狂な声を上げて、俺を見上げた。おそらくあいつに眼がいったのだろう。
「そ、それって趣味なんですか?」
まて。
「頭の上にヌイグルミ置くの……流行ってます?」
まて。
「こいつはヌイグルミじゃない。」
俺は改めて頭の上のヌイグルミ……じゃなくて生物を抱き上げ……だぁあ、しがみつくな!
「くーーーっ!」
必死に爪を立てるなぁ。
なんとか引き剥がして抱き上げ、少女に見せてやる。
「くぅぅぅっ」
不服そうに鳴きながら、黒い大きな眼をくりくりとしながら、少女を見ている。
「こ、これ、な、可愛いぃぃ」
見た目だけはな。一日3キロ以上の肉を喰う大食漢だぞ。
「お客さんが飼ってるんですか?」
「ああ、野良で転がってたのを拾った。」
「転がってた?え?……あの名前とか有るんですか?」
「種族は知らんが、コッペルと名付けた。」
「わぁ、コッペル~。かわい~。」
少女が恐る恐る手を伸ばすと、コッペルは鼻をすんすんと鳴らし、口から舌をだして指先をぺろぺろと舐めている。
「きゃぁぁ、可愛い。すっごい。」
完全に舞い上がってるな。
しばらくコッペルと少女の戯れに付合い、抱かせてやったりしたが、そんな少女を見ていると、俺の脳裏を嫌な思いが駆け巡る。
「くっ……」
必死で思い出さない様にしても、毎晩のように夢を見る嫌な思い出。
「……アマンダ」
「え、どうかしましたか?」
少女が惚けた顔で俺を見た。
「あ、いやなんでもない。」
「はい、あ、そうだ、忘れてた。それでは一晩銀貨1枚で共同風呂がついております。よろしいですか?」
「ああ、それでいい。一晩頼む。」
銀貨を差し出して名残惜しそうな少女と別れ、部屋に向かった。
簡素な部屋、広くもなく狭くもない、日本なら六畳間程度だろうか。いちおうフローリングだ。まあ当たり前だけどな。
保存袋をベッドに放り投げ、マントを脱いでかぶせる。コッペルはベッドの上に降りると、毛布に包まって遊んでいる。
「コッペル、俺は風呂に行ってくる。荷物を見ててくれ。」
「くんっ」
二つ返事で頷くコッペルに手を上げ、俺は共同風呂に向かった。
共同風呂ちょっとしたサウナのような風呂場と言えばいいだろうか。安宿にしては十分だな。
宿は風呂に入り眠るだけ。だから風呂さえ有るなら、どんなおんぼろ宿でも良い。
風呂は身体についた血を落とし、疲れを癒やすだけ。あとは睡眠を貪り、翌日はまた魔獣や亜人を倒し、ひたすらに強くなる。
飯も最低限、腹を満たせれば良い。
味なんて……どうせ解らないのだから。例えどんな美食を出されても、美味しいと思うことなんて無くなった。
あの日から俺は味覚も欲求も全てが無くなった。
俺はあの日、全てを失ったんだ。
優しかった両親も、村も、そして………アマンダも。
全て……
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いつもご愛顧ありがとうございます。
ヽ(;▽;)ノ
今朝はまたさらに順位が上がってました。
ありがとうございます
思わぬランキング入りで、投稿時間がわちゃわちゃして(´-ω-`)スイマセン