<12> 笑わないで下さい
頭の上のモフモフしたものは、何処にいっても可愛いのです。
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狩人組合
領主や市井の民から様々な依頼を受領し、狩人に依頼を提示する組織。
本部を王都に持ち、リステア大陸全域に支店のネットワークをもつ巨大組織。
受領する依頼の内容は薬草の採集から魔獣、亜人の討伐まで受け付けている。
依頼の受領はハンター認識票を持つものならば、誰でも受けられる。
以前は狩人だけにハンター認識票が配布されていたが、近年では魔術師、神官でも、申しこめばハンター認識票の発行が行われ、依頼の受領が可能となった。
一部の狩人から全てひっくるめて【冒険者】でいいだろう、という話しが出てきているのは、そうした所にも理由がある。
これらの風潮を、識者たちは将来騎士団や宮廷魔術師に入らず、自由に生きたいという、意識が高まっているからではと分析している。
先ほど酒場でニトロと話していた、顔に幼さを残すマントを羽織った少年は、ハンター組合の建物の前にいた。
両開きのウエスタンスタイルの扉を開き一歩入ると、組合の中をじろりと一瞥する。
入って右手には組合のメインとも言える、大きな掲示板が置かれていた。掲示板には十数枚の羊皮紙が張りつけられている。それぞれの羊皮紙には、依頼内容と報酬金額が書き込まれている。
左手には丸テーブルが幾つか置かれ、武装した男女が酒を片手に話している。その奥には酒棚を背にしたカウンターが有った。
基本的に組合では酒は提供するが、食事は提供されない決まりがあるが、小さな街では食事も提供する組合も有るようだ。
そして正面奥には事務カウンターが配置され、事務員が数人忙しく動いている。
「だからさぁ………ぶふはぁぁっ!」
エールを飲んでいた女が、向かいの武装した男に向かって吹き出した。
「おぃぃ、てめぇ、何しやがる!」
おそらく狩人仲間なのだろう、今しがまで歓談していたのに、急に顔にエールをぶちまけられれば、怒りもするだろう。
「ごめ、いやだって、あれ、あれ、あはははは!」
女は笑いながら入り口を指差した。
もちろんそこにはマントの少年が居る。ボサボサの髪にしがみつく茶色いヌイグルミを載せた少年が。
「「「「わはははははははっ!」」」」
途端にアチラコチラから笑い声が上がるが、少年は気にもせず、いや少しぶすっとした面持ちで組合の中へと進んでいった。
少年は掲示板へと向かうと、ざっと見た後に舌打ちし、奥の事務カウンターへとむかった。
「買い取りを頼みたい。」
カウンターの中にいる銀色の髪にの受付の女性に言うと、女性が顔をあげて少年をみた。
最初朗らかだった笑顔が微妙に歪み、頬がぷくっと膨れると、顔を反らして思い切り咳込んだ。そしてもう一度振り向くが、完全に眼が笑っている。
「ひゃ、ひゃい、げほん、おほん、か、買い取りですか?ぷっ、受け付けて、おりまひゅ。あはははは。ごめんなさい……」
受付の女性事務員の回答は明快だった。笑いながらだが。
少年が某かの魔獣を仕留めて持ってきた、それを買い取ってくれということだと直ぐに察していた。
だが笑いが止まらない。
傍目から見ても面白いのに、面と向かうとモフモフと顔がバッチリ合ってしまい、うるうるした黒い瞳と小さな顔が可愛らしいやら、少年の恰好にアンマッチし過ぎて、おかしいやら、腹が捩れる思いだった。
ちなみに組合では魔獣の買い取りは多い。組合のメインとも言える仕事の一つが、狩人達が仕留めてきた魔獣の買い取りだ。
依頼ではなくとも、魔獣はよく履ける。肉や皮、牙や角といった区分けをして、それぞれ必要としている業者に卸すのも、彼らの仕事だ。もちろん手数料を上乗せして、業者に売るわけだ。
少年は《保存袋》をカウンターに乗せると、中から様々な魔獣の肉や皮、牙、爪などを出していく。受付の女性事務員も手際よく魔獣を査定していった。笑いを堪えながら。
少年が持っている《保存袋》は洗礼等で狩人の称号を受けた時にもらう、《布袋》の上位互換の魔具だ。《布袋》以上に得物を詰め込む事が可能で、中に魔法で小さな空間を作っているため時間経過も無く、得物を腐らすこともない。
かなり高価なものであり、なかなか新米の狩人が買えるものではない。これを持っているだけで、この少年が手練の狩人で有ることを物語っていた。
カウンターに魔獣の肉が積み上がると、頭の上のモフモフがぴょんと立ち上がり、食らいつこうと飛びかかる。
「おめーの飯じゃないっ!」
モフモフが飛びかかる寸前で、少年がキャッチして、抱きかかえた。
「くーくーくーっ」
鳴くモフモフに向かって少年は、鋭い眼差しを向ける。
「この食いしん坊が。」
言うと嘆息し、カウンターに積み上がった肉を幾つか戻した。
「後でだからな。」
少年の言葉に、モフモフはにっこり笑った様に口を開いた。
──か、可愛いっ
それを見た女性事務員は、胸がキュンとなる思いだった。
「悪いな肉はこいつにとっておくから、すまん。」
「いえいえ、問題無いですよ。」
小汚い浮浪者か乞食の様な少年に抱かれた、可愛らしいモフモフした生物。女性事務員は思わず掴みとって抱きしめたくなる。
しかし仕事はしなければいけない。気を取り直して査定額を少年に告げる。
「沢山ハントしてこられましたね、査定では金貨2枚銀貨34枚、銅貨21枚になります。」
結構な金額ではあるが、オーラグリズリーの皮が3枚も入っているのだ。1枚は残念ながら損傷が酷いが、他の2枚はしっかりしている。これだけでも値が張るシロモノだ。
女性事務員はにっこりと笑い、少年は査定に納得したのか首肯した。
「それでは認識票をお願い致します。」
少年は首に掛けたハンター認識票を外して差し出した。
女性事務員は認識票を受け取ると、管理基盤と呼ばれる四角い基盤の上にハンター認識票置いた。
少しの魔力が放出され、直ぐに認識票が少年の記録と名前、年齢がパネルに表示される。
女事務員はパネルを見て驚きを隠せなかった。
こなした依頼の数も凄いが、何よりも驚くのはこの少年がまだ13歳だということだ。
女性事務員は目を見張るが、直ぐに冷静さを取り戻して、認識票を少年に戻した。
「ジュンヤ様、失礼ですが記録を見ますと、随分と活躍されておられるようですね。」
「………」
少年──ジュンヤは口を開かず、小さく首肯するだけに留めた。
「しばらく滞在なさります?」
事務員の言葉にジュンヤはちらりと彼女を見た。
銀色の髪にくりっとした大きな瞳。なんともふんわりとした17歳位の女性だと気がつく。
「こちらの街には初めて来られたようですから?」
云われて改てジュンヤは首肯した。
「今日初めて来た。2ー3日は滞在するが、長居はしない。」
ジュンヤは目を反らし応えると、女性事務員はニッコリ笑う。
「そうですか……これだけの狩猟記録がございますから、もしよろしければ、特別な依頼がありますので、いかがかな、と思いまして。」
またジュンヤはちらりと彼女を見た。その顔にはこの女何を云ってる、そんな雰囲気もあった。
「ちょっと難しい依頼でして、なかなか人が集まらないんです。よかったらご検討いただけませんか?」
そこで初めて合点が云ったように、ジュンヤは目をつぶり頬を緩めて顔を横にふった。酒場で話しかけてきた男が言っていた依頼かと、理解する。
「悪いが興味はない。」
ジュンヤはさっさと金袋へ金を仕舞い込み、女性から顔を背けた。
酒場の方からの視線にふと顔を上げる。幾つかの視線が膨れた金袋をジロジロと見ている。ジュンヤはよくあることだと、気にもせずに組合のドアへと向かった。
粘っこい視線を背にしながら。
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本日は三話更新いたしました。
ブクマや批評、有難う御座います。
日間ランキングにも載れまして、青天の霹靂というか女神の雷というか、かなりテンションが跳ね上がりました。
コレに懲りずにブクマや批評をしていただけると、ますます調子にノリますので、よろしくお願いします
m(_ _)m
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どうぞ宜しくお願いします