<M16> 三獣士
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「不死神のスキル、金剛体かっ」
ビンゴ、でもそれだけじゃない。鋼以上の硬度をもたせた皮膚、それを支えるのが防御力だ。刺突系には弱いがそれでもそんな魔槍程度のナマクラじゃ、俺のボディに風穴を明けるのは難しいぜ。
「ならば妾が滅してくれよう!」
また誰かが来た。
見れば女が居た。獣の耳を持ち、長く美しい銀髪を備えた女。
「銀髪の獣人?」
俺がやつを認識した途端、周囲を熱風が吹き荒れた。
「ウワァァァッ!」
辺りで戦っていた騎士達が悲鳴を上げた。皮膚が爛れる程の高温の熱風に当てられ、隊列が乱れていく。しかしそれは敵も同じだ。魔獣や亜人もその女の周囲から後退り撤退していく。
「我は三獣士が一人、ラクーン。不死神よ、貴様が死なぬというなら、永遠の獄炎に封印してくれよう。」
ラクーンとか、たしかアライグマだっけ?見た目そんな丸っこくは見えないが、まあいいや。流石に封印とか言われるとちょっと困る。
俺を封印する前に葬れば問題はない。そう簡単に葬られると思うなよ。
高温の風を纏った女、ラクーン。奴の周りは熱を帯びた風邪が吹き荒れている。風系なのか熱系なのか。恐らくその両方を使っている魔道士。
奴の存在に気づいた弓兵が鋼鉄の矢を放つが、矢はラクーンに到達する前に超高温の風に晒され、狙いずれるよりも早く燃え上がり、失速して落ちていった。
ラクーンの足元の草は焦げ付き燃え上がる。騎士達も近づけない。無人の野を歩くがごとくラクーンは唇を吊り上げて不気味な笑みを向けてくる。
「灼熱獄園」
俺の周囲が一瞬で超高熱の風に包まれた。高熱で作られたドーム。風が俺に直接触れなくとも、俺の周りの空気が一気に煮え立った。
かなりヤバイ。呼吸をしようとすれば、肺も喉も焼かれるだろう。生きながらにスチームに放り込まれたようなものだ。スチームの方がまだ可愛げが有るだろう。
「どうだい、灼熱獄園の味は。」
勝ち誇った顔のラクーン、なんかムカつく。なにより肌がヒリヒリするし、金剛体の肌が蕩けてきそうで気持ちが悪い。まあそれどころじゃないんだけどね。
とりあえずだ、オレはぶっ飛んだ。マントの裏に仕込んだ魔力弾、それもちょっとばかり威力の有るやつを高温の風の壁に向けて投げつけ、爆破させた。
「うわぁ!」
「な、何だぁぁぁ!」
なんか悲鳴のような驚きのような、声が聞こえた。大したことじゃないが、周囲100メートルの範囲が吹き飛んだからだ。俺を囲んでいた高温の風が吹き飛び、ラクーンも吹き飛んだ。ついでに離れて見守っていた騎士達も吹き飛んだ。すんません。
まあとにかく危機を脱出して、俺が生き残れば問題ない。なにしろどれだけの魔力の衝撃であろうと、俺には無意味なんだ。それが俺自身の魔力であったとしても。
だけど爆発の余波は受けてしまう。結構な勢いで吹き飛ばされて数本の木をへし折って森の中に転がった。
「何だあの野郎、自爆したってのか!」
「不死だからな、それも手段なのかもしれん。」
グリムワルドとラクーンが眼をパチクリさせている。
「まあいい、グリムワルド、見てきてちょうだい。奴は死んでいないはず。気絶してるようならそのまま封印してくれる。」
ラクーンはその場にたったまま、再び熱風を周囲に纏い、グリムワルドは油断なく俺に近づいてくる。
悪いけどよ、来るまで待つほど俺はお人好しじゃないんだ。
「ふっとべ!」
森の中から魔力弾を投げつける。
「なにっ!」
グリムワルドが魔力弾に気づき避けようとする。当たる前に避けるのは当然だがね、だが悪いけど当たらなくても起動できるんだよ。
超級だとこちらの騎士達に被害が出そうだから、あえて弱めの上級魔法クラスの魔力弾だ。グリムワルドが避ける刹那に爆破させた。
魔力弾が爆発したと同時に、風が巻き起こった。
「ん……」
「グリムワルド、気をつけなさいといったでしょう。」
ラクーンが鋭い眼差しで俺を見ている。すげぇな、爆発の威力が全て上空にかき消されちまった。
「おお、助かったぜ。」
こいてるねぇ、でも油断は禁物だよ。魔力加速発動。
魔力を迸らせ一気に加速した。ぶっちゃけスケルトンドラゴンとかと戦った時の魔力操作の事だ。魔力を身体から迸らせて加速したり跳躍から飛行を可能とする。とりあえず名前をつけてみただけなんだけどね。詠唱も何も俺には関係ないんだけど、一応かっこつけだ。
「な、なにっ!」
グリムワルドが顔を引き攣らせ、咄嗟に折れた魔槍で俺の剣戟を受け止めた。へぇ、あの速度での斬りこみを受け止めるとか、唯の亜人でも魔人でも無いってことだな。
まあいい、奴らに俺を殺す事はできない。できたとしても俺は蘇る。ラクーンの封印も魔力弾でどうにかなることは証明された。
つまり……
こいつらは俺の敵じゃない。
だが一つ気にかかるのは、こいつらは三獣士と名乗ってる。だとしたら、後一人、何処に居る。
「ぎゃあぁぁぁぁ……」
少し離れた方向から悲鳴が聞こえた。視線を向けると其処に一回り大きな魔人がいた。騎士達が木の葉の様に舞い上がり、寸断されていく。
「ガルムめ、喜々として人間どもを狩ってやがる。」
グリムワルドが唇を歪ませた。ラクーンもまた笑みを浮かべそして、俺をみた。
ガルム、なるほどあれが三匹目か。
「こっちもちゃっちゃと終わらせるか。」
グリムワルドが穂先が折れた槍を捨てた。魔力を身体に纏うと、腕が一際輝きを増し、まるで槍の様に変化していく。
「ゼクスフェス様より授かった魔技、喰肉槍術、喰らうが良い!」
腕が変化する。魔槍の形態となった両腕が鞭のように撓り、グニャグニャと唸りを上げ始めた。両手に鞭を仕込んだ、そんなイメージかな。でも両手の切っ先は鞭どころか刃だ。
風を切り、変幻自在に襲い来る刃。結構これってきついな。てかこんな奴と戦うのは初めてだ。
「はははははっ、貴様の何度目の死になるのだ?死ぬが良い不死神!」
2本の刃を持つ鞭に翻弄され、切り刻まれていく。もちろん大したダメージじゃないのだけど、それが重なれば血が失われ、体力が失われていく。
いくら回復が有るとはいえ、それ以上の速度でダメージを受ければ、結構ヤバイ。死ぬことはどうでもいい、怖いのは戦線を一時的にしろ離脱することだ。
空中ではアリスがゼクスフェスを相手に善戦している。流石だな。俺も負けちゃいられない。アイツに互角とは言わずとも、せめてこの位は、俺の手でどうにかしてやる。
なんて言ってみても、なんかすげえ。刃の鞭が休みなく襲い、更に熱風の風をも襲ってくる。
直接触れれば鋼鉄化した肌が、どろりと蕩けるほどの高温の風。まるで狙いすましたかのように、直線的に襲い来る。とんでもない波状攻撃だ。
魔力弾すらも既に手の内が知れているため、高温の風が邪魔してくる。アリスだったらどうする。あいつなら森羅万象を操り、風には風を持って制するのだろうか。
さらに三獣士最後の1匹が視線の向こうで騎士達を蹂躙している。善戦しているのは、各師団代表と言われた最強組と、クリフやツェザーリ達だ。
身の丈の倍程もある魔物に立ち向かい、巨大な剣の一撃を交わし、受けながしている。
これが魔族との戦闘。
ゼクスフェスの出現はともかく、連合軍の騎士達はこんな奴らと戦ってきたってことか。
「GUUUUOOOOOOOHHHHHHH!」
一際高い咆哮が響き渡った。
聞いたことがあるな。これって……うん、ゴーレムだ。
魔術師共がゴーレムを引っ張り出してきたみたいだ。ははは、まさに総力戦だ。
ちゃっちゃと終わらせないとな。
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