<M14> 蠢き出す者達
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ゼクスフェスは巨大な塔の中層階にいた。いずれ動くであろう、天臨王と不死神の事を考えながら、闇に包まれた森を見ていた。
ルミネスが何故天臨王の側に付いたのか、
不意にドアをノックする音が響く。
「はいれ。」
ゼクスフェスが答えると、ドアが開き一人の魔族が部屋に入ってきた。
その魔族は下位魔族のような黒キ翼の者とは異なる様相をしている。
ぱっと見であれば人と間違えるかも知れぬ容貌、ただその肌の色は蒼く、額からは4本の短い角が生えている。彼が魔族であることは、背に折りたたまれた黒キ翼を見ずとも明確だった。
蒼い顔の魔族は部屋にはいると、ゼクスフェスの前で片膝を着いて頭を垂れた。
「動きがあったか?」
ゼクスフェスの横の顔がジロリと魔族を睨み、問い掛けた。
「はっ、明日早朝、五師団3万名の兵が動きます。」
「ほう、3万か。これまでで最大規模だな、となると決戦級の闘いってところか。天臨王も動くかな。」
「はい、共に出陣する予定です。」
「よろしい。」
その報告にゼクスフェスの能面の唇が吊り上がる。
「三獣士よ、用意をしておけ。」
「はっ」
嬉しそうに喉を震わせるゼクスフェスに、魔族が恭しく返事をすると、軽やかな流れで部屋を出て行った。
翌早朝
森は朝霧に煙っていた。ファルコンから要塞バールへと向かう森の合間を向ける広く開けた一本道は、数メートル先も見えぬ霧の中にあった。
その一本道の各所には、魔族の要塞バールより10キロ地点から、有る一定の間隔を開けて監視塔が立てられている。連合軍が魔族を監視する為に建設した監視塔は、積層立体魔法陣による結界に守られる堅牢な作りだ。魔獣や魔族が襲撃に来ても、この結界を容易く打ち破ることは不可能だ。
監視塔の役目は要塞バールから湧いて出てくる魔族を監視し、いち早くファルコンへ知らせること。また監視塔は一定の間隔で立てられ、定時連絡を行うことで、襲撃がに備えていた。
「今日はいよいよ決戦らしいな。」
双眼鏡の形状をした魔道具を目に当てる兵士に向かって、背後にいた兵士が語りかけた。彼の前には通信用魔道具が置かれ、瞬時に次の監視塔へ状況を知らせる事ができる。
監視塔はファルコンから数キロ毎に立てられ、何かあれば次々に伝達が入る事になっていた。
「ああ、こんな戦い、今日で終わりになると良いな。」
「全くだ、俺も早く本国に戻って、のんびりしたいもんだ。」
兵士たちは呟き頷き合う。長くこんな場所に居れば、神経もすり減って来るだろう。見張りとはいえ、緊張は長くは持続しない。どこかに安らぎを求め、それが隙となって現れる。
「くっそ~、今日はいつもより朝靄が濃いな。これじゃ何にも見えないぞ。」
双眼鏡を覗く兵士がぼやいた。確かに結界の向こう側は靄の中であり、ほとんど視界が効かなかった。
「まあぼやくなって、ここの監視任務に当たって1年、魔族がこちらに大軍を送り込んだことなんて一度も無いからな。」
「そりゃそうだけどよ、一応な。」
「お気楽に行こうぜ。俺達はた──」
最初に結界が破れる破裂音が響いた。そして通信施設の前に居た兵士の言葉が途切れ、次いでゴトリと床に重いものが落ちた音がした
「どうした?」
その物音に気づいた兵士が振り向き、相棒の兵士の状況に驚愕する。椅子に座った胴体には、首が無く、その首が床に転がり血を撒き散らして居たのだから。
「ひ、ま、まさか」
先ほどの破裂音、そして同僚の無惨な状況に、兵士は直ぐに行動する。魔族が襲撃してきたのだ。あっさりと多重結界が破られたのだ。
連絡をしようとした兵士が、慌てて通信設備に向かおうとした時、兵士の身体が数歩歩いたところでコケた。そして首がごとりと床に落ちて転がっていった。
この異様な事態は、バールとファルコンの間に建てられた、全ての監視塔でほぼ同時期に起こっていた。
監視塔からの連絡が途絶したことになる。
バールからファルコンへと続く道を囲む、鬱蒼とした森の中がざわめいていた。何かが移動しているのか、ざわざわと森が悲鳴を上げるかのように揺らいでいた。
魔族が動き出していた。
まるで連合軍の出撃を知っていたかのように、朝靄に煙る森の中を待ち伏せするかのように、魔獣と亜人の大軍が進んでいた。
「皇女アリス様、いえ【天臨王】、お待ち申し上げておりましたよ。最後の決着をつけましょう。」
靄に煙る虚空の中を黒キ翼を広げた、三面六臂の怪物、ゼクスフェスが腕を組み能面の顔で薄笑いを浮かべている。その眼は遥か彼方で進撃を開始した連合軍を見ていた。
◇◇
ファルコンから続く森林を割って走る街道。横幅は広く、大軍が動くに十分な広さが持たれている。
そして早朝の街道を連合軍の大軍勢が進んでいた。
普段ならば1万から2万の軍勢が動くのだが、今回は3万という大軍勢が移動していた。
「将軍」
3万の大軍を逆行するように走ってきた兵士が、隊列中央付近を行軍していたマーク将軍のもとへとやってきた。
「どうした。」
マーク将軍が尋ねると、兵士は満面に汗をかいた顔で、すこし上ずって答えた。
「緊急のご報告です。全ての監視塔より提示連絡が入らない、とのことです。」
「ふむ。いつもであれば調査に走らせるが、こんな時だ。」
マーク将軍は険しい顔をして隣を走る白い馬車に向け、声をかけた。
「アリス様。」
「どうかされましたか、将軍。」
馬車の窓が開いてアリスが顔をだした。
「この先にはいくつかの監視塔が設置されています。その全てから定時の連絡が入らないとの報告が入りました。」
「全て……」
「はい、全てです。」
「我等の作戦が魔族に知られ、先手を打たれたかもしれません。」
アリスはさも当然のように答えた。全ての監視塔が動いてない、となれば、今回の決戦級の進軍が魔族に知られ、先手を打たれたということか。
「作戦が知られていたと?」
「はい、内部に魔族と通じる者がいる、即ち内通者の可能性が浮かび上がったわけですね。」
アリスがさらりというと、将軍は険しい顔をして驚きを禁じ得なかった。
「ばかな!」
魔族は人類全ての敵、それと内通してなんの得が有るというのか。そんな馬鹿な事があり得るものかと、マーク将軍は声を荒げた。
「監視と連絡がつかぬ以上、時を待たずして攻めてくることは必定、将軍、全部隊に戦闘の準備を。」
「う、うむ。ええい、各師団に伝令だ!魔族が攻めてくる。戦闘態勢をとれ!」
将軍の声が飛んだ。
「ぐるぅぅぅぅっ!!」
だが少し遅かったようだ。俺の頭の上でコッペルが立ち上がり、牙をむき出しにして唸り声を上げた。
「アジンがいっぱい来るよ」
ルミはルミで事もなげに云ってくれる。てかこいつらまるでレーダーでも持ってるのか?
「魔族はまだのようね。」
アリスものんびりしたもんだ。お前もか?
そして時を置かずして、隊列の先頭の方からざわめきと動揺、そして悲鳴が迸った。
緊張が走る中、俺はルミを馬車に残して飛び降りた。
「ルミ、馬車で待ってろ。」
「は~~い。」
緊張感の無い声を背中に受けて、斬龍丸を抜いて今まさに森から飛び出てきた魔獣に向けて斬りつけた。
クリフやツェザーリも同様に馬車を飛び出て、わらわらと森から溢れてきた亜人と魔獣に向かって斬りつけていく。
それを悠然と見守るアリスが不意に中空を見上げた。
「魔族が来ましたね。」
アリスの言葉に将軍が緊張を露わに弓兵に指示する。
浮塵子のように空を埋めた魔族の群れが、空から矢を放ち攻撃魔法を放ち襲ってきた。
豪雨の如く襲い来る魔族の攻撃を前に、兵士たちが次々に被弾し、馬から落ちていく。地上からも応戦するが、魔族の飛行する位置まで矢が届かず、届いても全く威力がない。
「マリア!!」
馬車を飛び出したアリスの怒号が響くと、それを待っていたかのようにマリアが傍らへと走り寄り手を差し出す。
空間から飛び出した雷神剣の柄を握ったアリスが、馬車の上に飛び乗ると天板を蹴りあげて跳躍した。
††