フロウェラワル
部誌掲載作品。
「ああ……。ああ何と言うことだ!」
腹心の部下であり、ディナミア王国騎士団団長であるランダの変わり果てた姿を見て、メリティア女王は悲鳴に近い声を上げた。
ランダの横たわるベッドに駆け寄り膝を折ると、胸の前で組まれた手を縋るように掴む。
屈強な身体に見合った大剣を事も無げに振りかざす大きな手は、まるで氷のように冷たかった。
「ランダ……どうして……。国境戦線で、一体何が……」
掠れた声でメリティアが言うと、傍で控えていたランダの部下である騎士団副団長のガルデルは、唇を強く噛みしめて、
「我々騎士団は本日早朝、敵国リッケンドーシュとの国境に到達。直後に待ちかまえていた敵軍隊と戦闘を開始しました。その戦闘の中で、団長は、新人兵を庇って……」
「もう良いガルデル。もう、何も言うな」
メリティアが遮ると、ガルデルはくしゃっと顔を歪めて、服の袖を目元に押し当てた。
それを見て、メリティアは少しだけ笑う。
「部下を庇って倒れるとは、ランダらしい……」
幼くして両親を亡くし、城内に権力争いが蔓延る中で、王位を継ぎ女王に祭り上げられたメリティアを数多の悪意から守ってくれたのはランダだった。
ランダは極めて禁欲的な人物で、四十歳後半を迎えたと言うのに浮いた話ひとつ聞かないし、城内での権力にも財にも全く興味を示さなかった。
何か欲しいものは無いのかとメリティアが聞く度に、その日の食事と寝る場所と着るものと、それから剣術があればそれで良いと返す。
騎士団団長の地位に着いているだけあって剣術の腕は確かだったが、口下手であるため指導は不得手。
ただ、自分の部下たちやメリティア、メリティアの弟のユーラスのことはまるで本物の家族のように思っていて、彼らが精神的であれ肉体的であれ、理不尽に傷つくことを何より嫌った。
今時珍しいほど真っ当な人間であったと、メリティアは思う。
だが、そんなランダはもう戦うことは出来ない。
今までずっとメリティア達を守ってくれた人物はもう居ないのだ。
メリティアはランダの手をぎゅっと握ると、目を閉じて大きく深呼吸をした。そして口を一文字に引き結び、顔を上げる。
「待っていろランダ。お前の仇は、私が討つ」
「女王様……!」
「私の着替えと武器を出してくれ。準備が出来次第、国境戦線へ向かう! ガルデル! 戦況はどうなっている」
「はっ! 我が軍は現在、国境線付近の宿場町まで退避しています。敵軍の数自体が少なかっためか追撃は無く、にらみ合いが続いている状態です」
「数が少ない……。やはり、あちらも『鐘』の防衛に人数を裂いているか」
「恐らく。ですが敵に、団長が倒れ完全な統制が難しいこのタイミングを逃す理由はありません。すぐに援軍が到着する可能性があります」
「そうか……」
ガルデルの言葉にメリティアが呟くように返した、その時だった。
「伝令! 伝令!」
その声と共に部屋の扉が開き、一人の兵士がバタバタと倒れ込むように中へと入ってきた。
余程急いできたのだろう、胸に手を当てて荒い呼吸を繰り返している。
「どうした!?」
メリティアが言うと、兵士はぐっと喉を上下させ口を開いた。
「偵察部隊からの連絡で……何かを積み込んだ飛行機四機が、ディナミアの……この城下町の方向へ飛び立ったと!」
「なっ!」
「くっ……『種』を落としてくるつもりか……」
ガルデルが目を見開き、メリティアは歯を食いしばって顔を歪めた。
「ひとまず住民の安全を確保しなければ……。街の各駐屯地に連絡! 管轄地区の住民を近くの協会や講堂、近ければこの城に避難させろ!」
伝令役の兵士が、はっ! と返事をして駆け足で部屋を出ていった。
「あとは……どうする……どうすれば良い……」
口元に手を当て、メリティアは考え込む。
この状況で、一体どう対処すれば正しいのか。
この戦いは、向こうの『鐘』を占拠すれば勝ったも同然だ。
だが、当然そこは防御が厚く、もし今、国境戦線を突破してリッケンドーシュへ入ったとしてもそこを越えられる可能性は極めて低い。国境戦線への援軍も出発したとして、鉢合わせた場合そこでも戦闘になる。
メリティアが新たな軍を率いて国境へ向かったとしても、生半可な数では駄目だ。だが数が肥大しすぎてもメリティアのみでは正確な統制は出来ない。
それに、リッケンドーシュから飛び立った飛行機の話もある。この街や自分たちの『鐘』や、住民たちの守護にも人数を裂かなければ。
様々な情報や計画が頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消え、視界が歪むようだった。
上手く考えがまとまらず、メリティアが唇を噛んだ時、また、ドアの外でバタバタと音が聞こえてきた。
しかし、今回は先ほどの兵士の足音とは比べものにならないほど大きいもので、どうやらかなりの大人数らしい。
一体何事だ。まさか、敵襲……?
ピリリと室内に緊張が走ったが、それは大きな音を立てて開いたドアから入ってきた人々によってすぐに打ち砕かれた。
「あなたたちは……」
入ってきたのはメリティアやガルデルとは違い質素な格好をした男女たちだった。
体格や年齢も様々だったが、先頭に立っている男性たちは肩幅が広く、がっしりとした体格。
その後ろには、まなじりをキュッとつり上げた女性たちがいる。
皆、城下町の住民だ。部屋に入りきらない者もいるのか、開けっ放しのドアの向こうもガヤガヤと騒がしかった。
肩で息をしてこちらを睨むように見てくる彼らを、メリティアは表情を固くして見つめ返す。
呆然と住民たちを見ていたガルデルがハッと顔を上げ、メリティアを庇うように前に立った。
しかし、
「よい、ガルデル。退け」
「女王様!」
「民衆の声を真正面から受け止めるのも王族の役目。父様も母様もそう仰っていた。強化してある警備を越えてきたのなら、尚のこと」
そう言って、メリティアはガルデルを避けて彼らの前に立つ。
すると、全員の先頭に立つ焦げ茶色の豊かな髭を生やした作業着姿の男性が、ふーっと深く息を吐くと、
「メリティア様! 俺たちも、一緒に戦わせてくだせぇ!」
「え……?」
メリティアが目を見開くと、後ろに立っていた女性が一人前に出てきた。
「騎士団長様がやられたって聞きました。私たちは、もうじっとして居られません! 騎士団の方々にはたくさん守っていただきました。その恩を返したいのです!」
女性の言葉に、後ろに立つ人々は大きな声を上げて拳を突き上げる。
だが、メリティアは首を横に振った。
「あなたたちにはもうこれ以上ないほどに協力してもらっている。子供たちは兵士や看護役として働いてくれているし、武器もあなたたちに作らせている。もう、こんな事に付き合う必要は……」
「こんな事なんかじゃあありやせんよ」
メリティアの言葉を遮って、作業着の男性が言った。
「我々はね、いつも夢を見てるんですよ。この戦いが終わって、ディナミアから、一本の道が、ずうっと続いているのをね」
「……道?」
首を傾げると、男性は笑って頷いた。
「ええ。未来へ続く、キレイな花の道でさぁ。その道はどこまでもどこまでも続いて、いつか、世界中の国から続く道と繋がっていくんですよ。それで、それが全て繋がって大きな広い道になると、またどこまでも伸びていくんです」
「花の、道……」
「もちろん、そんな簡単な話じゃないって事は、分かっています。そんな日が訪れる事はないんだろうって事も分かってる。……でもまあ、夢見るだけならタダですから!」
ニカッと男性が笑うと、後ろの人たちも笑ってうんうんと頷く。
だが、男性の隣に立つ女性が、バシッと彼の腕を叩いた。
「なあにが夢見るだけならタダよ! もっと格好良い事言えないわけぇ!?」
「なっ! うるせえやい! オレぁ詩人じゃねえんだ!」
どうやら二人は夫婦であったらしい。やりとりに皆がどっと笑う。
メリティアも、自然と口元が緩んだ。
隣を見ると、ガルデルも同じように笑っていて、二人で顔を見合わせるとまた笑った。
「……ディナミアから延びる花の道、か……。そうだな、私も見てみたい」
うん、とメリティアは一つ頷く。
「ならば、是非協力して貰おう……いや、協力して欲しい! お願いできるだろうか」
そう言うと、わっと歓声が上がった。
夫婦が音頭を取ると、部屋の中は息苦しいくらいの熱気に包まれる。
「ですが女王様。彼らに一体何を?」
「水だ」
「水?」
首を傾げるガルデルに頷いて、メリティアは目の前に立つ男性の足元を見た。
彼の着ている、所々汚れていたり、継ぎ接ぎのあるその作業着(城下町にある職人街の工房のものだと記憶している)は、ズボンの裾が水に濡れている。
「『種』が降れば、それはすぐさま町に広がってしまうだろう。だからそれを受け止めるために、ありったけの水を町中に張るんだ。細い路地も一つ残らず。それに、家の屋根にも。決して『種』を根付かせてはいけない。川からポンプで汲み上げて……」
「いんや、それならいっそ、水道管を壊しやしょう」
「そ、そんなことが可能なのか……!?」
「ええ! 壊し方を調節すりゃあ、修理なんて朝飯前でさぁ!」
なあ! と男性が後ろに問うと、おう! と返事が聞こえてきた。
「そうか……ならば、お願いしよう。だがくれぐれも、生活への支障を長引かせてはならないぞ!」
それから、とメリティアは続ける。
「もし、この中に小さな子供がいる者があるようなら、少なくとも母親だけは子供たちと共にいて欲しい。そして、丈夫な建物の中に避難するんだ」
数名の男女が顔を見合わせ、それから、うん、と頷いた。
「ガルデル」
「はっ」
「私はやはり国境戦線へ向かう。兵士たちには、私が直接話をしよう。だが、お前は我が弟と……ユーラスと共に居てやってくれ」
「王子と、ですか……?」
「ああ。あいつには全て伝えてある。……さあ、もう猶予は無い! すぐに始めるぞ!」
おお! と部屋の空気が揺れた。
「姉様!」
背後から聞こえてきた声にメリティアは振り返る。
そこには、今ではたった一人の肉親である、弟のユーラスが立っていた。
「……本当に、行くのですね」
「……ああ。……すまないな。予定よりも少ない人数で向かってもらわなければならなくなるとは……」
申し訳なさそうに眉を下げてメリティアが言うと、ユーラスは少し笑って首を横に振った。
「良いんです。状況が状況ですし、ランダの仇を討ちたいって人たちはたくさん居ると思うから」
「…………ありがとう」
メリティアも微笑んで言う。
「あとは頼んだぞ。賢弟よ」
「はい!」
城下町の内と外を隔てる大きな門がゆっくりと開く。
真っ青な軍服に身を包み、白い馬に跨がったメリティアは先に続く道を見つめた。
リッケンドーシュに向かうまで、様々に枝分かれし、細くなっていく道。
夢見るものとは真逆だと、メリティアは思う。
「……だが」
ならば、自分が変えていけばいいのだ。
夢見るだけならタダだとあの男性は言ったが、夢を見るだけで終わって良いはずがない。
「私が、作らなければな」
そう独りごちて、手綱を強く握りしめると大きく深呼吸をした。
「行くぞ!」
目指すは敵国リッケンドーシュとの国境。
万の兵士を引き連れて、騎士となった気高き女王は城下町を飛び出した。
城下町を出てから一時間あまりの進行の後、国境近くの宿場町で待機していた騎士団と合流。
待機軍として残っていた、ガルデルと同じ騎士団副団長のメーデと共に状況を確認する。
この場では未だ睨み合いが続いている。敵の援軍はまだ到着していないが、メリティア達が城下町を出発した頃に、ちょうどリッケンドーシュ側の援軍も出発したと偵察部隊から連絡があったとのこと。
「ならば今を逃す手はない。敵の体制が整わないうちに突撃する!」
素早く準備を整え、軍は国境へと向かう。
しかし、戦線へ到着したディナミア軍は大いに戸惑った。
戦線には、誰も居なかった。人っ子ひとり居ないのだ。
ただ広大な野原が続き、敵軍の姿は皆無。
「どう言うことだ。撤退したのか……?」
メリティアが言うと、隣に馬を並べたメーデが首を横に振る。
「それはおかしいです。つい先刻まで、リッケンドーシュ軍は確かに布陣していた。それに、これから援軍が到着するのに、撤退するはずがない」
「ならば、どうしてここには誰もいないのだ」
「それは……」
ぐっとメーデは答えに詰まる。
段々と後ろの兵士たちにざわめきが広がってきた。皆が動揺し、上がっていた士気が少しずつ落ちていくのが分かる。
その時だった。
ゾワリとメリティアの背中に悪寒が走る。
「伏せろ!」
そう叫んで、反射的に馬を下り地面に伏せた。
その途端に隣でいななく声が聞こえ、馬ががっくりと地面に崩れ落ちる。
「!」
「大丈夫。少し眠っただけだ」
その声に、メリティアは素早く前を向き、目を見開いた。
「そろそろ来ると思っていたぞ。メリティア」
「……アイザック……!」
突然、メリティアより少し離れた場所に現れたのは真っ赤な軍服を着た、すらりと背の高い男だった。
メリティアが嫌そうに顔をしかめると、アイザックと呼ばれた男はふっと苦笑する。
「おいおい、そんな顔するなよ。さすがに傷つくぜ?」
「そうか……お前が居たのか。これで得心が行った」
メリティアが言うと、アイザックはにいっと口角を上げた。
「ランダが庇った新人兵への攻撃の直前、妙な気配を感じたとガルデルが言っていた。ランダもその気配を感じ取ってその新人兵を庇ったんだ。
おかしいと思ったんだ。ランダは確かに近しい者が傷つくことを嫌うが、それでも数多の戦いを切り抜けてきた戦士。戦場で倒れる者が居ること、その全てを守ることは出来ないことを知っている。それなのに、あいつは新人兵一人を庇った」
キッとメリティアはアイザックを睨む。
「お前、また何かおかしなモノを使ったな!?」
そう言うと、アイザックはどこか満足げに頷いて、不意に腰に巻いたベルトから銃身の長い拳銃を抜くと、その手を高く上げ銃口を空へと向けた。
メリティア達が一斉に身構える。
パンッ!
音と共に、銃口から色とりどりの粉が飛び出して、辺りに広がっていく。
突然、多くの気配が現れた。
メリティアが前を見ると、アイザックの後ろ、リッケンドーシュ側にディナミア軍とほぼ同数程度の兵士たちが出現している。
ディナミア軍の兵士たちがざわめいた。
「ワスレテ草ってあるだろ? 花も葉も茎もうっすら透けてる野草。あれの原理を利用してみたんだけど、どうよ、すごくね?」
「知らん……。だが、これで全ては整った、ランダの仇をここで討つ!」
そう叫んでメリティアは一本の黒い鞭を取り出し振りかざした。
アイザックがひょいと片眉を上げる。
「戦場に鞭? 犬の兵士を躾る調教師か? 相変わらず変わり者だな」
「変わり者は貴様だ。こそこそ姿を消すカメレオン軍団めが」
「ああ!?」
「行くぞ!」
タシンッと地面を打った鞭を振りかざすと、兵士たちがどっと動き始めた。
メリティアも地面を蹴り、真っ直ぐにアイザックへ走る。
「チッ」
持っていた拳銃を捨て、アイザックが新たな銃を取り出しメリティアに向ける。
それと同時に鞭を振りかざすと、鞭の先端は真っ直ぐにアイザックの手の中にある銃へと伸び、キツく巻き付いた。
「甘い!」
それを見たアイザックはすぐさま空いているもう片方の手に違う銃を持つと、躊躇い無く引き金を引く。
「うあっ……!」
鞭を持つ手に強い衝撃が走り、メリティアは思わず鞭を手放した。
ビリビリと痺れる手を見ると、外傷はない。
つまり、アイザックは鞭の持ち手――メリティアの手の平からはみ出た部分を撃ったことになる。
「勝負あったな。あっけないもんだ」
そう言って、アイザックが銃口をメリティアに向ける。
「私が居ずとも、ディナミアは勝つさ。私は、お前に無いモノを持っているからな」
「負け惜しみか? ま、負けん気の強い女は嫌いじゃねえけど?」
「ほーう……。たまには嬉しいことを言ってくれるじゃないか。だが、生憎だな。私は、上から目線の男は大嫌いだ」
その時、アイザックの全身に寒気が走った。
「撃って眠らせてしまいたいほどに」
二つの銃声が辺りに響く。
「女王様!」
二人は同時にその場に崩れ落ちた。
* * *
「んむ……」
メリティアが目を開けると、アイザックがこちらを見下ろしていた。
「やっと起きたか、ねぼすけ。どうせ昨日は夜遅くまで起きてたんだろ」
「うるさい。確かに楽しみで眠れなかったが、お前は私の母親か。……いや、今のは無しだ。お前が母様なんて、ありえん。怖気が走る」
「うっせーわ!」
よいしょ、と弾みを付けてメリティアは横になっていたソファから立ち上がる。
それからまだ何かギャンギャン言っているアイザックを無視して部屋を出ると、強い風になびく髪を押さえつつ甲板の端へ向かった。縁から顔を出し、下を見ると、得意げにふふんと笑う。
「今年はディナミアの圧勝だな。いや、今年、も、か」
「あーあーうるせー。だいたい卑怯なんだよ! うちの可愛い妹を……リリアを買収とか、ふざけんな!」
「買収ではない。等価交換だ。前から好き合っていたユーラスとの結婚を許す代わりに、城下町の裏門を開けてもらった。それだけだ」
「割に合わねえよ!」
「合う! 我が弟との婚姻だぞ? それに、そんな風に言う前に、お前はリリアとの信頼関係をもっときちんと構築しておくべきだったのではないか? どんな条件だろうと敵の言う事などに頷くなと、兄であるお前が教え込んでいれば、こうはならなかったのではないか?」
「うっ……ぐっ……」
詰まったアイザックを見て、メリティアは心底楽しそうにふふふんと笑った。
そしてもう一度、眼下に広がる一面の花畑を見下ろす。
『フロウェラワル』
毎年晩冬に複数の国によって行われる伝統的な戦いの名前だ。別名、花戦争。
隣り合った国同士での戦いで、相手国の国の領土に自国の花の種を撒き、春により多く花を相手の領土内に咲かせること。また自国の領土内に咲く自国の花を守ることが主な勝負。
もう一つ、敵陣地にある『鐘』を占領し鳴らすと言うのもあるが、これは戦争終了の合図。自国の陣地が広がったと判断したところで、相手の鐘を鳴らせば良い。
眠らせたり、気絶させることは事はかまわないが、過度に怪我を負わせたり、殺したりすることは反則である。
要は、超大規模陣取りゲームだ。
歴史ある行事で、二百年以上前から続いているらしい。
毎年、ディナミアとリッケンドーシュは対戦をしているが、ここ数年はディナミアが勝ち続けている。
メリティアとアイザックの乗る空飛ぶ船の下に広がる花畑は、ディナミアの色である青や水色系統の色でほぼ埋め尽くされており、ある所で、ぐいぐいと押してくるその色を何とか押しとどめるように、リッケンドーシュの色である赤やピンクの花に切り替わっている。
しかしながら、赤やピンクの中にもぽつぽつと青や水色の固まりが見え、また、一筋の青い花の道が、リッケンドーシュの城下町の前までずうっと伸びている。
つまり、ディナミア軍は城下町前まで進軍したのだ。
さらに、ここからでは見えないが、実はディナミアから城下町の裏にも青い道が延びており、こちらは、ユーラス率いる小隊が鐘を鳴らしに行くために通った道。
あらかじめ、アイザックの妹、リリアに門を開けてもらい、小隊は見事リッケンドーシュに進入。突然現れた敵に、鐘の守衛たちは大慌てで、ユーラス達は難なく鐘を鳴らし、戦争を終わらせた。
そして春。様々な国の領土内で花が一斉に咲き、今年の戦いの勝敗を伝えた。
ディナミア対リッケンドーシュ戦いは、今年もディナミアが圧勝。
今日はユーラスとリリアの結婚式で、メリティアとアイザックの二人は会場であるリッケンドーシュへ向かっていた。
アイザックが、せめて式はリッケンドーシュで上げさせて欲しいとメリティアに頼み込み、迎えに来るならば、とメリティアがそれを許した形だった。
「今日は素晴らしい日だ。空は快晴、花は咲き誇り、二つの国は繋がった。いい加減諦めろ、シスコン終末期」
「やかましいわ! お前だって筋金入りのブラコンだろうが!」
「私は弟の幸せに反対などしない。ああ、そうだ聞いてくれ! リリアがな、私の事を『お姉様』と呼ぶと約束してくれたんだ! ああ、楽しみだなあ!」
「はああああああああああああああ!?」
きゃいきゃいとメリティアが跳ね回り、アイザックがそれを捕まえようと躍起になる。
すると、
「うるさいぞお前ら。少し大人しくしてろ」
と操縦室からランダの低い声が聞こえてきた(船の操縦は元々アイザックが行っていたのだが、荒い運転に耐えかねてメリティアが交代を命じた)。
二人は揃ってびくっと肩を跳ねさせる。
「お前のせいで怒られたじゃないか」
「先に騒いだのはお前だろうが」
バチバチと二人の間で火花が散る。
それを、少し遠くから眺める影が二つ。
「あの二人はいつになったら結婚すると思う?」
ガルデルがメーデにこそこそと囁く。
「……花戦争で、リッケンドーシュが勝ったら……かな」
「一生出来ないんじゃん!」
「聞こえてるぞそこ!」
アイザックの怒号に二人は肩を竦ませるが、すぐにくるりとそちらを向いて、
「だったら今ここで、次の花戦争に勝って女王様と結婚するって誓ってください」
「は?」
「しないんですか? じゃあ、やっぱり一生勝てないんですね」
「あ!?」
「だってそう言う事じゃないですか。勝ったら女王様と結婚する。でも、したくないから、負ける」
「ああ!?」
カッと顔を赤くして、今度はアイザックがメリティアの方を向いた。
上手いこと乗ってくれたなあ、とガルデルはにこにこ笑い、メーデは何も言わずに行く末を見守る。
「……聞いてただろ。だから、来年は負けろ! いいな!」
それは、恐らく、アイザックなりのプロポーズで。
メリティアもそれを察したのか、ほうっと頬を赤く染め、にっこりと笑った。
「断る」
手が出そうだった二人をガルデルとメーデが慌てて止めた。