残されて、留まって。 (原作:縦澤楽先生『残留』)
本作の原作は、縦澤楽先生の『残留』です。
あわせてお読みいただけるといっそうお楽しみいただけるかと存じます。
マジありえない。
ウチを置いていっちゃうなんて。
――昇太。
ウソって云ってよ!
いつも自信満々でウチに「お前のこと、なにげに、世界一の幸せモンにできる気がする」とか云ってたくせに!
凹んだとかパニクったとか、落ちたとか、そんな言葉じゃゼンゼン表現できない。足りない。
発狂――とか、云うならばそんな感じだ。
早崎早希。15歳。
ウチはこの、ダジャレみたいな名前が嫌いだった。
だけど昇太は「お前の名前、オレ、好きだけどな」って云ってくれてた。
昇太に告白されたのは、去年の7月27日。中2の夏休みがはじまって一週間が経ったときだった。
昇太はバスケット部。ウチはバスケット部のマネージャー。
ウチが部活の練習中に、部費でポカリとかの買い出しをして部室の冷蔵庫に入れてから体育館に戻っていると、外練のランニングを終えた部員のみんなが汗をぬぐいながら帰ってきたところだった。
男子のほてった肌に浮かぶ汗が、夏の日射しに渇かされていくのが見えるような気がした。
だけど昇太はあまり汗をかいていなかった。昇太は長距離走や暑さにめっぽう強いのだ。
「おかえり」
昇太がウチに素っ気なくそうつぶやいた。そして、
「……なんかアレだな」
ウチの方に歩いてきながら、
「オレ、将来お前に『お帰り』って、毎日云ってもらいたいって気がする」
そう云ったのだ。
「……なにそれ?」
ウチが聞き返すと、昇太は
「うん。告ってみた、なにげに」
こともなげにそう云ったのだ。
初めてのデートはウチの家だった。
いきなり自宅に来たのだ。だって、昇太が来たいって云ったから。
家にはママもいた。ウチはがんばってチャーハンを作って振る舞った。
料理なんてしたことなかった。だけどがんばったのだ。だって、昇太がウチの手料理を食べたいって云ったから。
海にも行った。家族でキャンプにも行った。
町の夏祭りには浴衣で出かけた。
秋になって涼しくなると、川縁の土手をよく散歩した。
鈴虫が綺麗な声で鳴いていた。
ファーストキスは放課後の誰もいない渡り廊下だった。
閉め忘れてあった窓から吹き込む風でカーテンが揺らめいて、誰か来たと思ったウチらはビクッてなって慌てて身を離したのを覚えている。
あのときの少し涼しくなった空気も、熱く上気した昇太の顔も、珍しく額に汗を浮かべた少しこわばった表情も、鮮明に覚えている。
ウチはこう見えて、けっこう悪い子だった。
6年生のときはお酒を飲んでいた。
万引きは一度や二度ではない。毎週の日課のようなものだった。補導されたことが一度もなかったのは、いま思えば良かったことなのか悪かったことなのか、わからない。
中学1年のときはいじめも徹底的にやっていた。
テストのカンニングもバレなかった。ウチは基本的に人の目を盗むのが上手だった。
だけど、悪いことをしても見つからないからといって、やっていないことにはもちろんならない。
ウチは中2になったときに、やってきた思いつく限りの悪事から手をひいた。
そしてはじめから非行なんてしたことない顔をして過ごしてきたのだ。
ウチはこれまでのことを全部昇太に話した。
昇太は黙って聞いていた。
引かれたかな? と思った。表情は硬かったし。
でも昇太は、
「よく話したな。白状したことで許されるんじゃね?」
そういってウチの額にキスをしてくれたのだ。
「早希のこれまでのこと、オレは、許す」
初エッチをしたのはその日のことだった。
なんだか頭がボーとしていてよく覚えていない。
なぜだかはっきりと覚えているのは、ベッドがギシギシなっていたってことだけだ。
「……すまね。先にイッちゃった」
「……いいよ。できただけでも、感動」
それから、ウチらは毎日のように身体を重ねた。
昇太はウチの身体を背中から抱きしめて耳たぶを舐めながら胸を揉むのが好きだった。
そして、挿入の前には身体中を舐めました。
ウチの身体は、昇太の前ではソフトクリームみたいなものだった。
エッチ以外にも、たくさんの想い出を重ねていった。
昇太はウチを愛してくれたし、ウチも昇太のことが大好きだった。
そして。
3月29日。
運命のあの日がやって来た。
ファンタスティックランドに来たのは小学校5年生のとき以来だった。
ウチも昇太もガキみたいにテンション上がっていた。
まずは手始めに“怖い系”の館とか病院だとかのやつに乗って怖がり、そのあと軽めの絶叫マシーン、ゴーカートなんかを楽しんで、お昼になったので混雑してるレストランで二人ともカレーライスを食べた。
「このカレー、美味いな」
昇太がそう云った。
「これくらいだったらウチも作れるよ。ウチの作ったのがもっと美味いし」
「早希ってチャーハン以外にも料理作れんの?」
「作れるよ。チャーハンと、カレーと、シチューと、……あとおじや」
「レパートリー少なくね?」
「いいじゃん。これから覚えるよ」
そして食後は散歩コースを少し歩いて腹ごなしをしてから、本日のメインと決めていた、「阿修羅観音G」の乗り場へと向かった。
阿修羅観音Gはファンタスティックランド最恐のジェットコースター。1両に4席あって、全部で8両編成。
「このあとは観覧車に乗ろうね」
「いいよ。でもまずはこの阿修羅観音に集中!」
「了解!」
ウチらバカップルと、その他28名の合計30名を乗せた阿修羅観音Gが、音をたててスタートした。
「……ねぇ昇太、こんなに音がするものなのジェットコースターって」
「それも含めて演出っつーか、だから“最恐ジェットコースター”なんだろ?」
「そうだね……うわっ?!――っ?!」
そのあとは会話を続けられなかった。ジェットコースターが急加速したのだ。
あとで思うとこの会話が二人でかわした最後の会話だったのに。
バキン! ガッ!!
「えっ?」
「キャーッ!!」
巨大な金属の恐竜の関節が外れたかのような激しい音がして、トラックにでも撥ねられたようなありえない衝撃が全身をぶち抜いた。
30名の人々の絶叫は、ウチの耳には届いていたのかもしれないけど、そのときのことは実はよく覚えていない。
ただ、――気がつくとウチは、救急隊の担架に運ばれていく昇太の血まみれの身体を呆然と立ちすくんで眺めていた。
ジェットコースターの事故。
ファンタスティックランド「阿修羅観音G」の3両目が脱輪。
負傷者は57名もいた。
大惨事だった。
昇太は意識不明の重体だった。
ウチは片時も離れずに昇太のことを見守った。
だけど、事故から二日後に、昇太は天国へと逝ってしまったのだ。
なんで?
なんでなんでなんで?!
どうしてよ!
ウチは誰にも聞こえることのない言葉をわめく。
昇太の家で行われたお葬式。
黒いリボンの額入りの写真。
昇太は生前と同様不敵な感じで微笑んでいる。
ウチは、昇太と一緒に逝こうと思って待っていただけなのに。
別にこの世に留まりたいと思っていたわけじゃなかったのに――!!
「どうして昇太は天国に行けて、ウチは成仏できないのよぉっ!!」
昇太。
ウチを置いていっちゃうなんて。
マジありえない。
「換骨奪胎」……骨を取り換え、胎を取ってわが物として使う意。先人の詩や文章などの着想・形式などを借用し、新味を加えて独自の作品にすること。(Yahoo辞書より)
本企画は、交流掲示板「秘密基地」様の、「小説のヒント」にて原作提供をお願いし、ご提供いただいた作品を元に書いたものです。
原作の着想が素晴らしかったので、あとは楽しんで書く進めることができました。
今後も自身の執筆修行の一環としてこの換骨奪胎小説プロジェクトを続けていきたいと思っていますので、皆様のご協力をよろしくお願いいたします!
追記:
作中にて、遊園地におけるジェットコースター事故を取り扱っています。
もしお読みになられた方の中に、同様の事故に遭われた関係者の方がいっらっしゃいましたら、不快な思いをさせてしまうかもしれません。申し訳ございませんが、当方に悪意はございませんので、ご了承下さい。