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指揮官殿と少尉さん

作者: かつのは

 飛行場の真上にまでやって来た敵国の機体。それを迎撃するために空へと上がる二機の編隊を、防空壕から頭を出して見る。

 しかし、離陸した直後に一機は機銃掃射されてしまい、そのまま失速し滑走路に墜落する。残った機体はすぐに高度をとって空へと昇って行くが、速度が落ちた所を狩りをするかのように敵機が後ろに追いすがる。それを振り切ろうと、何度も旋回を試みる機体が見える。それでも執拗に追い続ける敵の機体が真後ろにつくと、追いかけられていた機体は翼をもがれ山へと落ちて行った。



 


 持ってきた花を花瓶に挿し、水道の水を入れてから廊下を歩く。消毒液の臭いと血の臭いが混ざり合い、独特の刺激臭を作り出している。内地といっても、既に爆撃される程に戦況が悪化しているのだから負傷者が絶えることはない。横を通り過ぎる人達は負傷兵ばかりだ。血の染みた包帯を巻き、体を引き摺って歩く姿は活動写真には記録されることもないし、戦争が終わった後に彼らに振りかかるのは不幸な出来事ばかりになるだろう。

 部屋の前に着き、ドアを三度強く叩く。


「大尉殿、葛城少尉入ります」


 十数秒待つが返事はない。そのまま扉を開け、未だに目覚めることのない上官の部屋に入る。部屋に置いてある小さな机に花瓶を置く。木の板で作られた病室には小さな机とカレンダーしかなく、本当に質素なものだ。日付はしっかりと管理されていて、3月15日までめくられている。じっくりと部屋を見回した後に、襲撃後も未だに目覚めない部屋の主に目を向ける。

 黒く艶があり、絹のように美しい髪。白磁のような白い肌。そして布団越しにでもわかる、その体の華奢さ。そしてほのかに香る桃の匂い。彼女が平和な時代に生きていたならば、間違いなく多くの男が声を掛けていただろう。そんな彼女が、触れれば届く場所に無防備な姿で寝ている。


「……もう一週間です、早く起きて下さい。皆が待っています。」


軍医が言うには、とっくに目覚めている筈なのだ。だから未だに目覚めない彼女はかなり寝坊助なのだ。それも筋金入りの。


「起きないと接吻してしまいますよ?」


 顔を近付け問い掛ける。それでも目覚めない。このやり取りを何度も繰り返した。なぜ起きないのだろう。

なぜ彼女の声を聞けないのだろう。なぜ、なぜ、と何度もその言葉が頭の中で繰り返される。

 好きだと伝えたい。強く抱き締めたい。そして何よりも、彼女が楽しそうに空を舞う姿が見たい。想えば想うほどに彼女を愛おしく感じる。


「……聴こえているよ、少尉。」


 愛しい上官殿は鈴のような声でそう言った後に俺と唇を重ねる。数瞬で唇を離した彼女はすぐに俺を押し退けてから背を起こす。

撃墜された時以上に華奢に見える彼女は俺を見て微笑んだ。


「井田大尉殿、おはようございます。調子はどうですか?」

「良い訳がないだろう……足も動かんしな……」 


 一気に不機嫌そうな表情になった彼女は、手で自分の肩を揉み解す。普段と違い、どこか気怠げな彼女の表情なのにも関わらず、そんな表情も綺麗だ。惚れた弱みというか、どんな表情の彼女でも抱き締めたい。


「ああ……その他人行儀な呼び方は気に食わん。二人の時は『あおい』と呼べ少尉。

接吻をしたにも関わらず、酷い奴だ。」


 ニヤニヤと笑いながら寝台の淵を軽く叩いて、ここに座れ、と言わずに要求する。寝台の淵に座ると唇を重ねられる。

先程よりも長い接吻。ほのかに香る桃の匂いで彼女のすぐ近くにいることを実感させられる。


「申し訳ありません……大……あおいさん。」


 唇を離し、そう伝える。満足そうに彼女は頷き、俺を強く抱き締める。華奢だが、付く場所には付いているんだなぁ、なんてことを思いながら抱き締め返す。お互いの息遣いしか聴こえなくなる。先にその沈黙を破ったのは彼女だった。


「なあ少尉。……私はもう飛べないよ。」


 抱き締められる力が痛いくらいに強くなる。抱き締めていた手を離し、頭を撫でる。頭を撫でると、抱き締める力が弱くなったのを感じ、口を開く。

 

「そうだとしても、側に居ますよ。何なら、俺の後ろに乗せて飛ばしましょうか?」

「……お前の腕なら、私は後ろから何度も殴らないといけなくなってしまうではないか。」


 抱き合っていた体が離れる。涙目で笑い、軽口を飛ばす彼女の顔を見る。浪漫ちっくなんて物はこの人には期待できない、と諦める。そんな風に思いながらも、少しでも彼女を彼女に触れていられればいいと思える。最期の時は一緒に居られないかもしれない、だとしても今だけは彼女を自分の物にしておきたい。

 また唇を重ねる。

 彼女は突然のことに驚いたのか、顔を赤くして俺を押し退ける。押し退けられた俺は、彼女から少しだけ

目をそらす。そして何よりも言わなければならないことを口にする。


「好きです。初めて会って殴られた時から、貴女が好きです。」


 こんな時に限って余計なことを言う自分を心の中で罵る。断られたら死ぬしか無い、と戦々恐々としていると、彼女は大きく笑いながら、こうやって返すのだ。


「私も、私も貴様を殴った時から貴様が大好きだ。」


と。






 無線からは彼らの最後の声が届けられる。一機、また一機と対空機銃に落されていくのがはっきりとわかる。敵艦直上に辿り着いたと思われる機はたったの二機だった。そして敵艦に対する特別攻撃が行われる。


 集計を担当する士官の手元にある紙にはこう書かれていた。

三月十四日 葛城機 × と。

人の感情をがんばってみた超短編習作でした。

人の感情難しい!

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