05.いったい突然なんなのよー!
「メイコ様、サルティです。どうぞ」
「……ありがとうございます」
わたしはユリエルの声に体を起こした。
正直に言えば、起きたくない。寝てたい。何も考えたくない。
でも、じゃ寝てればどうにかなるの? と心の中でわたし自身がツッコミを入れてくる。
もうね。なにが厄介って、このツッコミだよね。
自分自身の声だもん。無視できないよ。
わたしは白い陶器のコップを差し出すユリエルに、あいまいに笑いかけた。
彼はほんの少し切なそうに微笑みかえしてくれる。
……きっとわたしの顔が引きつってたんだろうなぁ。
困るよね。そんな顔で笑われても。
わたしは赤茶色の冷たい飲み物を一口飲んで、思わず瞬きした。
とても爽やかで少し甘くって、美味しかったから。
現金なものでほんの少しだけ現状を忘れる。
そういえば、昨日から何も食べてない。
急に香りを感じ始めたのが不思議だった。フルーティないい匂い。
「……これって果物のジュースですか? とっても美味しい」
わたしが一口一口、味わいながら飲んでいると、ユリエルが真剣な目で口を開いた。
「……メイコ様。女性に対してこのように問うのは失礼極まりないと思うのですが、貴女のことについてできる限り教えていただけませんか?」
「え? あの、いきなりどうしたんですか?」
「精霊騎士の指輪を知らないのはまだ納得できます。しかしラトールの地名はおろか、大陸全土に普及しているサルティも知らないなんて、正直に申し上げてありえません」
ユリエルは穏やかな声の中に、かすかな不協和音を響かせた。
でもそれは疑いだとか不信感とか、わたしの心を萎縮させるような音ではなくて。
「貴女を護るためにも、貴女のことをきちんと知らなければならない、と思うのです」
うん、ユリエルって本当に守護の騎士なんだと思う。
願いをかなえたら死神にジョブチェンジするのだとしても。
心配してくれてるんだ。
わたしがあまりにもこの世界について無知だから、特殊な事情があるんだと見破って。
半ば強引でも、わたしに話をするきっかけをくれたんだと思う。
わたしはサルティ(っていうんだよね?)を飲み干してから、ゆっくりと頷いた。
とにかく話をしないと何も始まらないよね。
信じてくれるかどうかは分からないけれども。
からになった白いコップの底を見つめながら、話そうとしたとき。
「……ッ! 申し訳ございません、メイコ様。ここにお金を置いておきます。まだ相場もわからないでしょうから、もし使うとしても無駄遣いしないようにお気をつけください」
「え? あの?」
「この部屋は食事も込みで10日分、すでに前払いで借りています。他に支払いはないはずですが、何か言われたら1日待つように話をしてください。食事も部屋に運ぶように告げてありますから、なるべく外には出ないほうがいいでしょう」
「どういうことですか?」
「たぶん8時間もあれば十分かと思います。いいですか、メイコ様。今日の夕暮れになったら指輪をこすって私を呼んでください。名前をつぶやくだけでいいですから」
「え? え? え?」
「それでは、失礼いたします。夕方には必ず呼んで下さいね。その時に話をお聞きしますから!」
「ちょ、ちょっと! ユリエル!?」
慌ただしくいろいろと指示したユリエルは、申し訳なさそうに頭を下げたかと思うと霞のように。
本当に金と青の霧となって散り消えてしまった。
後に残ったのは素朴なベッドに上半身を起こしたわたしだけ。
……えっと。
あの。
うん。
よく分からないけれど、これも土壇場キャンセル略してドタキャンっていうのかなぁ……。
って!
どういうことよ!
なんなのよーーー!
わたしは声にならない叫びをあげた。
つまりなに?
精霊界に帰ったってこと?
いきなり?
どうしてなんでこのタイミングで!
嘆こうが、愚痴ろうが、ぼやこうが、もちろんユリエルはここにいないわけで。
わたし一人で悶えているだけで。
もうどうしようもないことは分かってる。
ユリエルが言った通り夕方まで待って、また召喚するしかないんだよね。
それはもう、本当に分かってるんだけど。
でもね。「分かる」と「納得できる」はイコールじゃないんだよーーー!
夕方にはきっちり説明してもらうからね! ユリエル!
私は右手の薬指につけた銀の指輪を睨みつける。
セッティングされた蒼い宝石が、なんだか申し訳なさそうに控えめに輝いていた。
【続く】