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夢と理想の狭間

「気持ちいいー。春になったねえー」


 四月を迎えたある日、僕は家族三人で近所の河川敷に来ていた。日曜日だったが、だだっぴろい河川敷にはジョギングしている人が米粒のように見える以外、誰の姿もなかった。


 日本にしては大きな川が、目の前を悠々と流れていく。深みを流れる水は青く澄み、なびく水草は目に痛いような生き生きとした緑だった。空は高く、雲ひとつ見当たらない。


 まだまだ風は冷たかったが、河川敷を散歩するにはちょうど良い日だった。実際、一緒に連れてきたハスキーたちは、リードを外され、盛大に転げまわっていた。


「もうちょっと温かくなったら、レックスも連れて来てあげられるのにねえ」


 さっそく探検を始める長男の後を付いて回りながら、小百合はのんびりと言っていた。ちょうど、二人目を妊娠したことで訪れる体調不良が、ようやく落ち着こうとしているころだった。


「レックス、連れて来て大丈夫なんか? こんなところ連れて来たら腰の骨がバ

キって折れるんじゃないの?」


「兄ちゃんみたいなこと言わんといてっ」


「ごめん」


 苦笑いしながら謝ったとき、長男が僕の方に向かって突進してきたが、途中で転んで盛大な泣き声をあげた。


 真っ先に駆け寄ったのは、ハスキーたちだった。単純に、ハスキーの方が僕よりも足が速いとも言うが、何だか負けたような気分になった。


「大丈夫かあ?」


 僕が声をかけると、長男はより一層、声をあげて泣き始めてしまった。可愛いクマの顔が付いた服が泥だらけになっている。クマの絵を含めて、僕は泣いている長男が可哀相で仕方なかった。


 ここ最近、僕はこういった幼児向けの服などを含めて、総合的に子供は可愛いと思い始めるようになっていた。


 今まではまるで分からなかったぬいぐるみの可愛さも、不思議と理解できるようになってきていた。


 会社の出張で九州に行ったときなど、それまでは無難な菓子折りなどを土産として買って来ていたのだが、最近はクマモンのぬいぐるみなどを選択するようになっている。


 結果、小百合は純粋に喜んでくれるし、長男はプロレスの相手を見つけたとばかりに歓喜してくれる。


 僕は、時間があるときには、なるべく小百合と長男と過ごすようにしていた。


 長男が生まれる前に、二次元さんとジュリアナから、子供が小さいうちは小百合に付いていてやれと言われたことも、もちろん関係している。


 会社の同僚に誘われたときなどは、心がぐらつくことも多かった。だが、二次元さんが言うように、長い人生の中のたった一年、たった二年。そう思うと、今は家族を優先させるべきだと自分を戒めていた。


 同僚もそんな僕の気持ちを理解してくれる人が多かった。上司の中には「子供のことなんざ、嫁に任せておけばいい」「自分の時代には考えられん」「男として情けない」「そもそも嫁の実家なんだから、人手はあるはず」「お前が手出しする必要はない」「男は働いていればいい」「家事なんぞ、男がするもんじゃない」などと言ってくる人もいた。


 しかし、その上司は、二人の娘さんが大学を卒業したのをきっかけに、離婚を申し渡され、慰謝料をガッポリと請求されているので、あまり参考にすべきではない。


 一方「嫁、大好きオーラ」を振り撒いている別の上司は、そろそろ結婚四十年になるとのことだが、未だに家に帰るのが楽しくて仕方ないらしい。


 仕事も早い。やるべきことをきっちり高速で済ませ、スキップでも始めそうな足取りで退社していく様子は、非常に見習いたいと思わせてくれる。


 僕も、小百合も、当然だがもともとは「他人」だった。同じ日本人であるので、ある程度は通じ合うものがあるが、それでも違う環境、違う習慣の中で育ってきたのだ。すれ違いもある。むしろ、あって当然ではないだろうか。


 だが、夫婦になった以上は助け合わなければならないし、小百合が大変なときこそ、僕は力になるたいと考えていた。


 小百合にとって大変なときというのは、まさに今という時だった。小百合に限ったことではないのではないだろうか。


 体がボロボロになるほどの力を使って子供を生んだ女性は、その後、休む間もなく二十四時間単位の育児に追われ始める。


 子供が生まれる前まで、僕たちは育児の本当の大変さなど、まるで分かっていなかった。これだけ人手がある我が家でさえ、子供が生まれると大変なことになる。


 夫婦二人だけ、あるいはシングルで育てている人たちにとって、子供というのは可愛い以上に大きな負担になるはずだ。


 そういうとき、人生のパートナーが無関心であったらどうだろうか。人間とは自分が思っているほど複雑な生き物ではない。


 食べる。寝る。出す(男の場合)という当たり前のことをきっちりしているだけで、精神は安定するものだし、逆にそういった命の基盤が崩れれば、簡単に体調は崩れ、精神も不安定になる。


 生まれて間もない子供がいる場合、親はまともに寝る時間などなくなる。


 ゆっくり食事も取れないし、夫婦生活にも気を使う。ちなみに、小百合はトイレに行くにも気を使うと言っていた。トイレに行くという、ただそれだけの時間、目を離しただけで子供は何をするか分からないからだ。


 おまけに泣き声がある。一説によれば、赤ん坊の泣き声は、黒板を爪で引っ掻いたときの音と同じなのだとか。


 傍にいる大人を不快にさせてでも、ただ泣くことしかできない子供は、自分に注意を引こうと必死なのだ。


 子供はそれでいいかもしれないが、四六時中、黒板を引っ掻く音を聞かされ続ける方は、堪ったものではない。


「ひとりだと、確かに追い詰められるかもしれない。その気持ちは分かる気がする」


 親が子供に最低のことをしたというニュースをテレビで見た際、小百合はぽつりと言っていた。


 いわゆるギャル・メイクが大好きな小百合だが、長男の夜泣きが激しかった生後八ヶ月ごろには、素顔で過ごすことがほとんどだった。


 腹の中にはもう一人、子供がいた。妊娠中はただそれだけで大変なのに、休みなく長男の育児に追われ、さすがの小百合も疲れきっている様子だった。


 僕にできることは何だったのだろう。


 今となっては育児らしい育児は終わってしまったのだが、あのころの小百合に自分がしていたことは本当に正しかったのか、確信が持てないでいる。


 小百合は本当に子供を心から愛していた。それこそ、片時も離さないほどの熱心さで、懸命に育児をこなしていた。


 その姿は本当に立派だった。しかし、逆に言えば、僕が入っていく隙など、まるで無かったとも言う。


 そんな時、たいてい二次元さんかジュリアナが女性視点でのアドバイスをくれた。


「気にかけてくれているだけでも、嬉しいものよ」


 オムツの替え方ひとつ、着替えのさせ方ひとつ、懸命に子供を育てている母親にしてみれば、他人がしたことに納得ができないものであるらしい。


 だが「せっかくやってもらったのに」という思いもあるのだそうだ。だからこそ、余計に苛々する。


 しかし、そこで「だったらもう、俺は手を出さない」と投げ出してはならない、と言われた。


 夫婦関係も、友人関係も、親子関係も言ってしまえば人間関係だ。自分が相手を無視すれば、相手も自分を無視するようになる。


 全く関係ない他人であればそれでいいかもしれないし、むしろ問題がある相手の場合はその方がいいかもしれないが、この先ずっと一緒に長い時間を生きていく相手であるならば「無視」「無関心」という態度だけは、決して取ってはならないと、ジュリアナと二次元さんは口を揃えて言っていた。僕も、その考えには納得できる。


 ちなみに、僕はよくハスキーたちから無視をくらうし、基本的に彼らは僕に無関心である。レックスにいたっては、僕が存在していないかのように振舞う。


 それはともかく、僕はずっと小百合と一緒に生きていきたいと思っていた。子供も可愛いが、何よりまず小百合が大事だった。


 小百合がどう思っていたのかは分からないが、小百合もまた、帰宅した僕を病原菌のように扱ったりはしなかったし、それはハスキー以外の他の家族も同様だった。


 僕は小百合と長男と一緒に、のんびりと河川敷を歩いた。その横を、ハスキー二頭が幾度となく疾走していた。


 ヨチヨチ歩きの長男が追いかけ始めると、ハスキーたちは時折立ち止まっては背後を振り返り、あるいは長男のところまで戻って来ては、我慢できなくなったのか、再び走り出すということを繰り返していた。


 のどかな光景だった。嫁がいて、子供がいて、犬がいて、景色はどこまでも穏やかだ。遠くで、耕運機の音がする。それ以外は、川が流れる音だけが響いている。


 田舎のいいところは、こういうところだ。日本という国は、決して国土そのものは広くはないはずなのだが、僕が住んでいる場所では土地に対する人間の割合がとても少ない。結果的に、緑の割合がとても大きい。


 映画やドラマを見ている限り、都会ではコンクリートの灰色が八割、観葉植物や街路樹などの緑が一割、他の色彩が一割という具合に思える。


 僕の町では、コンクリートと緑の割合が見事に逆転している。人間が地面に立って見渡せる景色は、緑が八割だ。


 アスファルトや補強工事がされた土手を除けば、人工的な灰色はほとんど見かけることがない。


 特に、草花が一斉に芽吹くこの季節であれば、見渡す限り緑一色だと言っても、大袈裟ではない。


 冬の晴れた日に見る緑と、春の緑は、同じ木の葉でありながら、緑が違って見える。勢いが違うのだと、僕は気付いた。


 春から夏にかけての緑は力強い。一方、冬の緑はどこか耐え忍ぶ緑だ。僕は、春の緑が一番好きだった。


 この当時は、まだ三十代にもなっていなかったが、僕はもうこの町を終生の住処にしたいと決めていた。


 今更、都会に出て行ったところでうまくやれるとは思わなかったし、都会に独特の人間関係に馴染めるとは思えない。


 田舎でも同じだ。僕が住んでいる地域は例外だが、基本的に田舎は人間関係が面倒臭いと相場は決まっている。


 僕の実家が、まさしくそういう土地柄というべきか、余所の田んぼの畦道を歩いているだけで嫌味を食らったし、他人のことについて、妙に詳しいおばさんも、やたら多かった。


 しかしながら、


「あんた、確か小百合ちゃんの旦那さんやったよねえ? 最近、見かけんけど、元気かね?」


 一ヶ月ぶりに顔を合わせたお隣のお爺さんから、僕はそう尋ねられたことが幾度となくある。


 ちなみに、お隣のお爺さんはカラオケが趣味で、夜中の七時から九時ごろ、風に乗って、気持ち良さそうな演歌がよく聞こえてきていた。


 別のご近所さんは、ガーデニングに命を捧げているし、またある人は、愛車のBMW以外、ほとんど目に入っていないようだ。


 ご近所さんと言っても田舎のことだ。ましてや住宅地でもないので、家と家はかなりの距離が開いている。


 お互い、誰がいつ何時に寝ているかなど、見ようと思わなければ見えないし、僕が知る限り、そういったことに興味がある人は皆無だった。


 道端で出会えば挨拶もするし、雑談もする。しかし、基本的に皆、他人に興味が無い人ばかりだ。


 イノシシがミミズを掘って行った痕が向こうにあるとか、ヤモリの死体が落ちていたとか、ゴキブリホイホイに何匹のゴキブリがかかっていたとか、どこどこに蛇が出たとか、昔はこうだったとか。そういった話題ばかり口に上る。


 普通に考えれば、僕の家族はかなり変わっている。ブリーダーは悪口ばかり言われている職業だし、うるさいハスキーは二頭もいるし、大家族だし、僕は嫁の実家に居候だし、義父はトラック野郎だし、アンテナはいっぱい立っているし、小百合はいつまで経ってもギャルだし、ロッキーは未だにヤンキーが抜けきっていないし、ジュリアナはスパンコールばかり着ているし。


 もともと住んでいた地域で今と同じようなことをしたらどうだろうか。まず間違いなく、僕らの家族は近所の好奇な目に四六時中晒されることになるだろう。


 基本的に他人の目を気にしない僕たちだから、いろいろ言われる分には気にならないかもしれない。


 だが、中にはあからさまな嫌がらせをしてくる者もいるから始末に負えない。


 実際、僕の同級生の家が、ゴミを投げ込まれる嫌がらせをされていたことがあった。僕の実家の、ある地域の話だ。


 ゴミといっても、空き缶だったり、煙草の空き箱であったりするので、そこまで大きな被害というわけではなかった。しかし、自分の家の敷地内に空き缶を投げ込まれて、気分のいい人はいないだろう。


 犯人は、結局捕まらなかった。「掴まえなかった」と言った方が正しいかもしれない。


 当然、犯人の見当はついていた。ついていたが、後々の付き合いも考え「カメラを仕掛けた」という看板を立てることで、事件を解決させたとのことだ。


 原因は推測するしかなかったのだが、問題の同級生の母親が、スーパーですれ違った際に、犯人である主婦に道を譲らなかった、という理由で、頭に血が昇ったらしい。


 明らかに向こうに非があるとはいえ、正々堂々と抗議にいけないのが田舎の住宅地の難しいところだ。


 独り身であれば、まだ可能であるかもしれない。だが、子供がいる場合はそうもいっていられないのだ。「あそこの家の子供と、遊んではダメよ」と、平気で子供に命令する親は多いものだ。


 その場合、大事な我が子に一生、消えない心の傷を残す結果になりかねない。


 だからこそ、近所付き合いが面倒な実家には帰りたくなかった。


 一応これでも長男であるので、母親の老後や残された土地屋敷の始末はきっちりとつける気でいるのだが、始末をつけること、面倒をみることと、そこに住むことは別問題だ。


 僕は、仕事はともかく、のんびりと暮らしていきたいと思っているタイプだ。その日のように、休日に家族でハスキーをつれ、河川敷を散歩するような人生に、非常に幸せを感じてしまう。


 言葉遣いひとつに神経を尖らせ、周りの目を気にしてビクビクしながら生きていくのは、とても耐えられそうにない。


 日本ではどんなに金を積んでもなかなか手に入らないものが、うちの地域には確かにある。良き隣人。これに勝る土地条件はない。


 欲を言えば海外旅行をしてみたい。


「なあ、子供が大きくなったら、海外旅行に行きたいと思わない?」


 僕はその場の思いつきを小百合に言ってみた。途端に、小百合の目が輝いた。


「行きたいっ! いいね、それ! どこに行く?」


「俺はエジプト」


 生きているうちに、ピラミッドとスフィンクスは見ておきたいものだ。それに、本物の砂漠にも触れてみたい。


「私はヨーロッパかなあ。お城が見たい」


 小百合にとっては、ノイッシュヴァンシュタイン城もブラン城もすべて同じなのだろうな、などと思ったが、いかにも小百合らしい意見に僕はただ頷くに留めた。


「フィリピンもいいなあ。セブ島。ビーチと海が最高らしいぞ」


 セブ島では、海の水があまりにも透き通っているせいで、そこに浮かぶ船がまるで宙に浮いているように見えるという。星を撒いたような白い砂浜に、サファイアを溶かしたような海。セブ島リゾートは僕の憧れだ。


「グアムもいいじゃん」


 セレブ気分を味わいたいのだろうな、と思った。どうせセレブ気分なら、僕としてはむしろ、


「ベガスで一発、当ててみたい」


 小百合は呆れたように笑っていた。


 海外旅行に行くとなれば、また家族全員が付いてくるのだろうな、などと思いつつ、賑やかな旅行を想像すると悪い気がしないから不思議だった。


 その時、調子にのったチェリーが川に落ちた。


 いったいどうやったら落ちることができるのか不思議な状況だったが、それでも彼は落ちたのだ。しかも、溺れている。やつは泳げないのだ。


「ちょ、ちょっと、助け……助け……!」


 小百合がチェリーと僕を交互に見比べながら言ってきた。当然、無視するわけにはいかない。


 僕は鉄柵を乗り越え、まだまだ冷たい川に太腿まで水に浸かる破目になってしまった。


 履いていたジーンズを無理やり捲りあげながら入ったので、何とかなるかと思ったのだが、ハスキーが容赦なく暴れ回るせいで、結局のところ全身びしょ濡れになってしまった。


 潔癖症の僕にとっては、悪夢のような出来事だった。


 しかし、それだけでは済まなかった。チェリーの体重は四十キロ以上ある。おまけに、毛皮が水を吸っているので、余計に重たい。


 土手に引き上げるだけで、僕は四苦八苦した。おまけに、やつは大人しく抱え上げられるような犬ではない。


 僕に抱え上げられながら暴れまくるせいで、僕はその自慢の尻尾でさんざん顔をビンタされたのだった。


「チェリー、風邪引くよっ!」


 小百合が心配しているのはチェリーだけだ。僕は悲しくなったが、途中で放り出すこともできず、なんとかハスキーを岸にあげた。


 続いて、自分も鉄柵を乗り越える。さっきまで人通りなど無かったのに、こういうときに限って誰かが通る。


「ママー、僕も泳いでいいっ?」


 小学校低学年の男の子にキラキラした目で見られ、その母親に冷たい視線を向けられ、僕はいたたまれない気持ちになった。


 僕は別に何も悪いことなどしていないのだが、なんだか、小学生男子を騙してヒーローになったような気分だった。


「い、犬が落ちちゃったんですよ……」


 小百合が苦笑いしながら説明していたが、母親は曖昧に頷いていただけだった。


 短くきっちりと整えられた黒髪に、地味な服装、完璧な「母親」の表情。


 典型的な「真面目ママ」の目に、ギャル・ファッションで長い金髪の小百合はどう映ったのだろうか。


 母親は、男の子を手を引っ張って、どこかへ行ってしまった。


「とりあえず帰ろうや! びしょびしょ!」


 母親の態度をほとんど気に留めなかったらしい小百合は、チェリーとメープルにリードを付けながら歩き出していた。


 僕は素早く長男を捕獲した。僕とチェリーが川に入ったことに興味を引かれたらしい長男は、さっそく鉄柵を乗り越えようと画策していたところだった。


「お前まで落ちたら、パパはもう叫ぶしか出来ない」


 僕に行動を阻止された長男が不服そうに抗議してくるが、こればかりは譲れない。僕らは早々に車へ向かった。


「ついでやー。なあ、チェリー、シャンプーしてやってー」


 家に帰りつくなり、義母が僕に向かって言ってきた。僕は黙って頷いた。今度は泡塗れになった。

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