遺伝子の神秘
そしてメープルの出産から一ヶ月が過ぎたころ、あれほど小百合を苦しめていたつわりが、霧のようにさっと晴れた。
妊娠前のような生き生きとした表情を取り戻した小百合は、義母と一緒に、大騒ぎしながら子犬たちの世話を焼いていた。
それにしても、メープルもそうだったが、つわりの時期を越えていわゆる安定期に入ると、妊婦さんはこちらがびっくりするような食欲を見せてくれる。
例えば、家族でファミレスに行くとする。普段であれば、小百合はハンバーグに和食もしくは洋食セットをつけたメニューを食べた後、軽くデザートなどを食べて満足していた。
ところが、安定期に入った小百合は、ハンバーグの和食セットを一通り食べた後、一品料理のドリアをペロリと平らげ、大盛りサラダを平らげ、から揚げ五個を平らげ、更にデザートのパフェまでもをペロッと食べてしまっていた。
それだけではない。ファミレスで会計を済ませ、いざ店を出るころになるとまた「お腹すいた」などと言い出すのである。安定期の経験などあるわけがない男連中は、呆気に取られて硬直するのがせいぜいであった。
「ああ、分かる、分かるー。安定期に入ったらとにかくお腹がすくんよね。懐かしいわあ。分かる気がするー」
一方、ジュリアナは訳知り顔で賛同し、二次元さんも横で頷いていた。そして我々は、女性陣から何ともいえない視線を向けられる。無言の要求は、ひたすら「おやつ」と訴えていた。
我々はファミレスで食事した直後だというのに、ロッキーの運転するワゴンでコンビニへと立ち寄り、次から次へとおやつを買い込む小百合と、小百合に便乗してコンビニ・スイーツを買い込むジュリアナ、そして二次元さんを、恐いモノでも見るような目で眺めるのであった。
小百合に限ったことではないのかもしれないが、妊娠中は特定のものが妙に食べたくなるという女性が多いらしい。
小百合の場合は、どれだけハンバーグを食べても、とにかくハンバーグばかり食べたくなると言っていた。それも、大根おろしを乗せた和風ハンバーグだ。
ちなみに、ジュリアナの場合はすき焼きで、二次元さんの場合は、長男の時はイチゴのショートケーキ、次男の時はじゃがりこであったということだ。
僕が小百合と結婚した時にはもうロッキー・ジュニアたちはこの世に誕生した後だった。正直、じゃがりこをひたすら食べている二次元さんというのは、想像がつかないだけに、見てみたい気がしないでもない。
しかしながら、ロッキー・ジュニアたちがイチゴのショート・ケーキ、もしくはじゃがりこが好きかというと、そういうわけではないのだ。
ジュニアたちは、チョコレート系統のおやつを好んで食べ、どちらかと言うと果物は苦手で、スナック系もあまり食べない。
一方、ジュリアナの長女は、すき焼きが大好物である。この当時、ミニ・ジュリアナはまだ小学校一年生であったのだが、他のどんな食べ物よりもすき焼きを好んで食べていた。
しかも、好みがうるさい。生卵は黄味と白身を分けろ、豚肉は使うな、豆腐はきっちりと水切りしたものを使え、醤油は濃い口を使え、野菜は味が染みやすい方から肉の傍へ入れろ、などなど。
典型的な鍋奉行である。
そして不思議なことに、母であるジュリアナの方は、子供を生んでしばらくすると、すき焼きを食べたいという衝動はほとんど無くなってしまったとのことだ。夕食で出されれば食べるが、好んで食べたいとは思わない、と言っていた。
「生命」の神秘を感じる出来事である。
ついでに、子供たちの見た目だが、これに関しては「遺伝子」の神秘だと僕は思っている。ロッキー・ジュニアたちを初めて見た時、僕は「ロッキーを縮めただけ」だと思った。
長男、次男ともに二次元さんの要素はまるで無い。さすが、ロッキーの遺伝子は強かった。
ミニ・ジュリアナについても同様だ。彼女もまた、ジュリアナの完全コピーであり、影さんの要素は、影も形も無いのであった。
子供というなら、ジュリアナ、ロッキー、そして小百合は兄弟であり、僕からみれば義父母にあたる男女の子供にあたるわけだ。
言われてみれば、ジュリアナとロッキーは顔のパーツが非常によく似ていて、二人はどう見てもトラック野郎の遺伝子を濃く受け継いでいる。そして小百合は、義母の若いころにそっくりだ。
この流れでいくと、ロッキーの第三子、ジュリアナの第二子は、二次元さんか、もしくは影さんの容姿を受け継いだ子供が出てくる可能性が無いわけではない。
二次元さんに似た子供であれば、女の子であっても男の子であっても可愛いこと間違いない。
しかし、影さんにそっくりな女の子は少々可哀相かもしれない。仮に男の子であっても、きっと影が薄い人生を、とぼとぼと歩んでいくのではないだろうか。
父親の影さんが、人間ミラーボールとしか言い様のないファッションで田んぼの畦道を颯爽と通り過ぎていくジュリアナの影のように、ひっそりと生きているように、彼の息子もきっと似たような人生を歩んでいくのではないか、と僕は意地悪いと思いながらもそんなことを考えていた。
結果から言うと、まさしくその通りになった。
小百合が妊娠五ヶ月の半ばに入ったころ、ジュリアナと影さんは第二子を授かり、生まれてきた男の子は成長するにつれて父親の影を色濃く受け継いだ容姿、性格を醸し出すようになった。
同年代の少年たちが大騒ぎしながら遊んでいる中、たった一人でぽつんとロボットのマンガに夢中になっている姿は、本当に「影が薄い」としか言い様がなかった。
ところで、今になって思えば馬鹿げたことだと思うのだが、実際に子供が生まれてくるまでは、本当にいろいろな理想や妄想が脳内を渦巻くものだ。
ネットが発達したこのご時勢、妊娠・出産に関するキーワードで検索をかけると、我が子の誕生を心待ちにするあまり、頭の中に花畑を作ってしまった親たちは、決して少なくないように思う。
小百合が安定期に入った妊娠五ヶ月ごろ、このころはまだ胎児の性別が確定していなかったのだが、僕は生まれてくるなら、小百合にそっくりの女の子がいい、などと、実際に生まれてきた息子たちには少々申し訳ないことを期待していた。
小百合にそっくりな女の子であれば、確実に可愛らしいに違いない。小百合も花の名前であることだし、生まれてくる娘にも花の名前を送りたい、などと考えた僕は「桃」「桔梗」「さくら」「百合」「ひまわり」「葵」など、いろいろな名前を空想の中の少女に与えては、ひとり楽しんでいた。
育児の現実を知らない妄想の一時は、ある意味、とても充実していたように思う。
現実はと言えば、妊娠七ヶ月目の検診で超音波検査が行われた。僕も同伴を許されたので、僕には何が何だか分からない白黒の映像を半笑いで眺めていた。
先生が無表情に「タマと、ちんぽこ!」と言った瞬間、いろいろな夢は崩れた。
「男の子だってー! うけるー! おとんが喜ぶわー! また男の子やー!」
小百合はなぜかハイテンションだった。
そして息子たちは二人とも、男の子の名前・人気ランキングとやらで毎年必ず上位に来るような、いたってありふれた普通の名前を与えられた。
しかしながら、それぞれの名前には、いつまでも健康で、幸せな人生を送って欲しいという僕たちの願いがしっかりと込められている。
息子たちの容姿であるが、長男は残念ながら僕に似た。次男は幸運なことに、小百合の容姿を受け継いでいる。
長男がまともに興味や関心を示すことと言えばプラレールが九割、食べ物が一割といった具合なので、おそらく彼は容姿に関するコンプレックスを抱きながら生きていくことはないだろう。
少しばかりの罪悪感と共に、僕はそうであって欲しいと期待している。容姿だけは、どうしようもないし、あまり気にしすぎるのは、良くない結果になるからだ。
ちなみに、息子たちは二人とも、特にハンバーグが好きだというわけではないが、小百合だけは、子供を生んだ後も大根おろしのハンバーグが出されると、非常に喜んで食べていた。




