44.旨い物は宵に食え。-前編
執事は、御主人様たちがいる部屋を後にして、先程、レナードがサインした、爵位継承の書類を王宮に送るべく、屋敷で一番乗馬が上手い男を呼びつけると、すぐさま王宮に向かわせた。
これで、明日には、当主交代もでき、今回の件も早急に解決することが出来るはずだ。
少しホッとして、肩の力を抜くと、自分の上司であるセバスに連絡をする為、屋敷にある伝言鳩に、手紙をつけると、すぐさま飛ばした。
これで、気になることは、レナード様のお子様であるオノウ様のことだけだ。
上手くやって、下さいよ。
執事は祈るようにして、伝言鳩が飛び立って行く姿を見つめた。
伝言鳩は、追い風にのり、あっという間に、彼の上司に、今回の出来事を知らせた。
受け取った上司であるセバスは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、最後の仕上げをすべく、手のものを向かわせた。
手のものを向かわせた後は、馬屋番に馬を二頭、用意しておくように言うと、オノウとラナルフが帰って来るのをただ待った。
夕方、だいぶ暗くなってから、ラナルフがオノウを馬に乗せて、屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませ。」
ラナルフ様は、なぜかとても嫌そうな顔で、セバスの出迎えに、頷いていた。
私は、ラナルフ様に抱きかかえらえて、馬から降りると、すぐさま、セバスに、何かの手紙を渡された。
よくわからないながら、素直にそれを受け取った。
ラナルフ様は、私が受け取った手紙を、不思議そうな顔で見ていたが、何も言わなかった。
とは言え、さすがに、その場では、読めなかったので、使用人用の厨房に向かうと、セバスが用意してくれた食事を摂りながら、その手紙に目を通した。
そこには、昔、父がよく一緒に行動していた、高級食材ハンターからの食材発見の情報が書かれていた。
”幻の蜜”発見!
そう言うタイトルで、場所と時間が書かれていた。
ふと不思議に思って、宛名を見ると、それは私宛ではなく、父に宛られたものだった。
父、レナードは、母と共に、どこかに旅行中で、いつ帰ってくるかわからない。
だが、この手紙の内容から、この”幻の蜜”と呼ばれているものは、あと2日で、手に入らなくなるようだ。
食べたい!
食べたい!食べたい!食べたい!食べたい!
私の頭は、それで埋め尽くされた。
運がいいことに、その場所は、ここからそう離れていない。
半日で行って帰って、来れそうだ。
私は、手早く荷物をまとめると、必要な道具を持つと、馬屋に急いだ。
ラッキーなことに、そこには鞍をつけられた駿馬がいた。
私は馬の鼻面を撫でると、馬に跨った。
すぐに小屋から出して、東の山に向かった。
”幻の蜜”は、そこにある。
私を待っててね、”幻の蜜”ちゃん。
私は心の中でそう叫ぶと、馬をさらに駆けさせた。
オノウのその姿を見送った馬屋番の男は、馬小屋から、梟の鳴き声を、五回ほど繰り返すと、その場から消えるように、いなくなった。
ラナルフが食事をしている食堂で、その梟の鳴き声を聞いたセバスは、さりげなく立ち上がって、彼にワインを注ごうとした。
途端、食堂の扉を物凄い勢いで開いた若い使用人が、手に小さな紙を持って、駈け込んで来た。
「大変です、セバス様。」
「騒がしいですよ。」
セバスは、若い使用人を窘めた。
「ですが、こ・・・これをみて下さい。」
男は手に持っていた小さな紙を、セバスに見せた。
「これは!」
セバスは、驚愕の表情で、その小さな紙を見た。
「どうした、セバス?」
ラナルフが、いつになく慌てたセバスの様子に、ワイングラスをテーブルに置くと、彼にその紙を見せるように言った。
セバスは、すぐさま頷くと、その小さな紙をラナルフに、差し出した。
「なんで、あいつは、こうも無鉄砲なんだ!」
小さな紙の内容をを読んだラナルフは、思わず叫んでいた。
何といっても、その小さな紙には、ここから半日にほど離れた東の山に、”幻の蜜”があると書かれていたからだ。
確かに、ここからは半日ほどの距離に、あの山はあるが、あれは、地元民でも滅多に近寄らない、恐山と言われるほど、危険な山なのだ。
あの馬鹿、”幻の蜜”に目がくらんで、何も考えずに、突き進んだに違いない。
ラナルフは、セバスに携帯食、馬屋番に馬を用意するよう言いつけると、部屋に戻って着替えると、すぐさま、オノウの後を追った。
慌ただしく駆けていくラナルフの姿を、セバスともう一人の使用人は、心の中で、上手くいったとほくそ笑んで見送った。
そんなことを、使用人たちが考えているとは思わないラナルフは、物凄い勢いで、オノウの後を追ったが、なんでか、なかなか追いつけなかった。
「かなり、飛ばしているのに、なんで追いつけないんだ。食い物が関わると、本当にあいつは・・・。」
ラナルフは、ブツブツ言いながらも、馬を駆けさせていると、いつの間にか、東の山に入っていた。
山に入るにつれ、ダンダンと周囲の気温が低くなってきた。
「まだ、追いつかないのか?」
いい加減、イラつきが頂点に達した時、木につながれていた駿馬をやっと見付けた。
ラナルフは、その傍に自分が乗ってきた馬を繋ぐと、先につながれていた駿馬の背を撫でた。
まだ、熱い。
この気温だ、どうやら、それほど前では、ないようだ。
ラナルフは、馬の鞍につけてきた携帯食と水、それに一応、剣を腰に下げると、オノウの足跡が続いている森に、足を踏み入れた。
気温が低いわりに、木が生い茂っていて、視界が悪い。
お陰で、オノウをなかなか見つけられなかった。
とにかく、地面についているオノウの足跡を、たんたんと追って行くと、やっと、彼女の背中が森の奥に、消えて行くのを見つけた。
「オノウ、待て。」
声を掛けるが、聞こえないようで、どんどんと先に歩いて行く。
ラナルフは、必死になって、オノウの後を追い続けた。
「オノウ、待つんだ。」
ラナルフは気がつかなかったが、周囲には、妙に甘ったるい香りが、立ち込めていた。