39.腹黒執事セバス
翌朝、私は早々と起きると、課題をこなすため、屋敷前の庭園に向かった。
お屋敷の一階から庭園前に出ると、そこにはすでに、その場所に植える植物が置かれていた。
いつの間に用意したのだろうか?
昨日は何もなかったはずなのに。
ちょっと気になったが、考えていても仕方ない。
私は昨日、セバスに渡された紙と置かれていた植物を手に取りながら、決められた位置に、それを持っていった。
周囲はまだ薄暗く、手元も良く見えない状態だ。
私は慎重に、植えるべき位置を確認して、植物を置くと、土岩工事用の特大スコップを持って、順々に穴を掘って行った。
夢中で作業をしていると、太陽が上がってきて、少しづつ周囲が明るくなってきた。
その頃には、何とか一列目の穴に、植物を植え終えて、一息ついた。
目に額から落ちて来た汗が染みて、じみに痛い。
私は、汗でメイド服をびしょびしょにしながら、必死に作業を続けた。
太陽が真上に上がって来た頃には、東の庭園に植える植物の苗を、全て植え終わった。
この調子なら、三日で全ての植物を植えるのは楽勝だ。
私は、それから三日間、朝から晩まで、順にまだ終わっていない、西と南を作業し、三つの庭園に植物を植えていった。
おかげで、セバスとの約束通り、三日目の昼には、全ての植物を、指示された通り、植え終えた。
「それにしても、本当にいいのかな?この植物は、扱いを間違うと、人を襲うことがあるのに・・・。」
私が思わず、独り言をつぶやいた途端、背後で声が聞こえた。
「問題ありませんよ、オノウ様。指示された通路通りに、この庭園を歩いていれば、間に植えた妖性草に、捕まることもありませんから。」
私はビクッとして、後ろを振り向いた。
「セバスさん、いつの間に。」
「さっきからいましたが、気がつかれていなかったようですね。」
さっきからって、いつから、いたんですか?
ぜんぜん気配がなかったんですけど・・・。
これがAAA執事の実力!
こわい。
怖すぎる。
「なにか?」
セバスはこのくそ熱い中、真っ白なシャツには、汗一かかずに、そこに超然と突立っていた。
「いえ。」
私は何も答えられず、無言を貫いた。
下手なことを言えば、なんかわからないが、非常に不味いことになりそうだ。
そこに、セバスから唐突に、何かが書かれた紙を四通、渡された。
「これは?」
「本日ご招待いたしました、ご婦人方を所定の時間に、所定の場所に、確実にご案内していただくための、指示書です。お客様が到着されましたら、確実にその紙に書かれたように、お客様を案内し、その手紙を渡してください。」
どうやら四通のうちの一通が剥き出しだったのは、私への指示書だったからだようだ。
あとの三通は、件の貴婦人に渡すもののようだ。
封筒の表に渡す貴婦人のイニシャルが薄く書かれていた。
私には、セバスが何をしようといているのか、よくわからなかったが、流れで頷いた。
「わかりました。」
私は頷きながら、セバスから渡された指示書に、もう一度、目を通した。
指示書には、なぜか詳細に、貴婦人方を案内する時に言う、セリフまで書かれていた。
おかげで思わず、独り言を呟いてしまった。
「これを一言一句、間違わない様に言うのか・・・。」
「はい、一言一句間違わない様に、お願いします。」
自分の独り言に、セバスからの、さらなる厳しい指導がとんだ。
慌てて、セバスを振り向くと、彼から真っ白なタオルを渡された。
「今の状態では、とても侯爵家のメイドが高貴な方を案内するようには、見えませんので、いますぐ部屋に戻って、出迎えるに相応しい格好に、着替えて来てください。」
「あっ、はい。」
私は返事をすると、高貴なご婦人方を迎えても、問題ないような格好にすべく、ドロドロの服で、屋敷の中にある大浴場に向かった。
数時間後、セバスの指示通りに動いたラナルフが屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、ラナルフ様。」
「今帰った。」
ラナルフは忌々しげに、セバスを睨むと、そのまま彼を無視して、屋敷の中に入った。
「ラナルフ様。」
「なんだ!」
「間もなく、こちらにご婦人方が到着しますので、ご用意方をお願いします。」
「分かっている。」
ラナルフは怒鳴るように返事をすると、玄関から緩く伸びる階段を上って、自分の部屋に向かった。
「くそっ。」
ラナルフは、部屋に入ると着ていた近衛隊の隊服を、椅子に放り投げた。
悔しいが、セバスの手のひらの上で、踊らされている自分に嫌気がさす。
今朝もしぶしぶ言われるままに、王宮にある近衛隊の詰所に向かうと、すでにセバスから兄に連絡が行っていたようで、兄に促され、件のご婦人方三人に順に会いに行かされた。
それも、この屋敷に誘うために、今にも押し倒されそうなくらい、密着され、さらに服の上からとはいえ体を撫でまわされたのだ。
いつもなら、邪険に振り払うのだが、セバスと兄に耳が痛くなるくらい、言い含められていたので、黙ってされるがままに我慢し、さらに追加で笑いたくもないのに、笑顔を振りまいた。
はぁー
おかげで、隊服には、濃厚な香水の匂いが残っていた。
今、思い出して、吐きそうだ。
くそっ。
ラナルフは、洋服を全て脱ぐと、用意されていた風呂に浸かった。
セバスに言わせると、きっと自分の今の行動も、悪態も彼知る所なのだろう。
そう思うと、温かいお湯に浸かっても、それほど寛げなかった。
ラナルフは、しばらく湯に浸かって、臭い香水の匂いを洗い流すと、用意されていた夜会服に、着替えた。