37.買い出し
足の長さが極端に違うせいか、前を歩くラナ様に、なかなか追いつけなかった。
私はなんとか、厩の手前で、彼に追いついた。
「お待たせしました。」
ラナ様はムスッとした顔で、私を抱き上げた。
「あのー、ラナ様。私なら・・・。」
私は自慢ではないが、馬には乗れない。
しかし、足になら自信があるので、馬の後について、走ろうとしたのだが、ラナ様に怖い顔で、睨まれて、結局何も言えなかった。
で、気がつくと、なぜかラナ様の愛馬に相乗りして、近くの市場に、一緒に買い出しに向かった。
最初は戸惑っていた私も、市場について、馬から降りると、俄然やる気が湧き起った。
理由は単純で、王都の中の市場のせいか、新鮮で欲しいものが、本当に所狭しと並んでいたからだ。
私は、まがい物と本物の食材を一瞬で判断しながら、食料品を買い出していった。
なぜか、ラナ様は、途中から私の買い出しを、隣で目を瞠るようにして、見るだけで、何も言わなくなった。
不思議に思いながらも、今は市場のおっさんと、いくら負けてくれるかと、言い合いならぬ話し合いをしていた。
「おい、お嬢ちゃん。こりゃ、新鮮で滅多に手に入らないものなんだ。そんな値段じゃ売れん。」
「でも、さっき、ここの二軒先にあったアンジーさんに、ここならシンジャーが手に入るから、ここで買うようにと、勧められたんですが?」
私はおっさんをジトッと見ると、すぐにその場でクルッと回れ右をして、店を出て行こうとした。
すると、慌てた店主が、後ろから声をかけてきた。
「おい、嬢ちゃん。どこ行く気だ?」
「えっ、そりゃ。二軒先にあったアンジーさんの所に戻って、他の店を・・・。」
「待て、待て、待て。なんでアンジーの紹介だって、先に言わねぇ。あんたになら、すぐに売ってやるよ。」
「でも先程?」
私は、戸惑った態度で、店主を見た。
「くそっ。今回は出血大サービスだ。さっきの半値以下だが、持ってけ、ドロボー。」
市場のおっさんは、三分の一の値段で、売ってくれた。
私はシンジャーを手に入れると、それを魔法の袋に入れた。
思わず心の中で、ガッツポーズをして、店主に頭を下げると、次の店に向かった。
次は、高級黒豚ちゃんだ。
これで、今日の買い出しは、終了だ。
私は勇んで、次の店を覗いて、唖然とした。
あんぐり口が空いたまま、硬直した。
「おや、どうしたんだい、嬢ちゃん?」
店主のその一言で、我に返った私は、叫び返した。
「これ、全部粗悪な白豚じゃない。なんでそれを、高級黒豚として売ってるのよ、おっさん!」
私は思わず、店先で大声を出し、店主を罵倒した。
「おい、あんた。なにかぁー。俺がウソを言ってるというのか?」
「そうよ。」
「なんだと、なら証拠を見せろ。」
私は、魔法の袋から、持っていた最高級の黒豚とシンデレラ草を出すと、それを挟んで、相手に差し出した。
店主はごくりと喉を鳴らすと、私が差し出したものを食べた。
顔じゅうが、歓喜で包まれる。
私は同じものを、隣のラナ様にも渡した。
ラナ様も訝しげに、手に取ると、それを口に入れた。
「なんだ、これ。物凄く美味いぞ。」
次に私は、店先にあった高級黒豚もどきに、同じようにシンデレラ草を挟むと、それを店主に渡した。
店主はごくりと喉を鳴らして、それを食べた。
途端、真っ青になって、それを吐き出した。
「なんだ、こりゃ。ひでぇ味だ。」
「当然でしょ。それ、白豚くんだもん。ちなみにシンデレラ草を、白豚で挟んで食べると、一週間は食事が不味くて、食べられないから。」
私はそれだけ言うと、その店を後にした。
「オノウ、さっきはなんで、あれが白豚だと、分かったんだ?」
「そりゃ、肉を見れば、すぐわかりますよ。」
私はラナ様が、なんでそんなことを言いだしたのか、わからなかった。
ラナ様は大きな溜息をつくと、次はどこに行くんだと聞いてきた。
私はその通りの違う店に入ると、そこで正真正銘の黒豚を確保して、食料品の買い出しを終えると、周囲は大分、うす暗くなっていた。
結局、ラナ様と私は、王宮に戻るのではなく、王都の郊外にある、屋敷にそのまま戻った。
屋敷に着くと、昨日とは違い、私がまだ小さい時、侯爵家の屋敷で出迎えてくれた執事が、サッと玄関に姿を現した。
「お帰りなさいませ、御主人様。」
久々に聞く声に、なんだか、ちょっと懐かしく気持ちになった。