27.王宮と侯爵夫人
しばらく、ブラブラと庭園を散歩して戻ってきたが、相も変わらず、防音結界が張られたままだった。
さて、どうしたものか?
すぐに終わるようなら、もう一度、庭園を散歩してみるが、なんでか当分、この防音結界は、そのままなような気がする。
そうなると、これからどうするかだ。
先程、他の五人とは別れてしまったので、五人を頼ることができない。
なにか別の手段を捜すしかないようだ。
取り敢えず、ここにいてもしょうがないので、もう一度、庭園を歩きながら、考えることにした。
そう思って、庭園の入り口に歩いて行くと、目の前に、昔、どこかで見たような貴婦人が現れた。
一体どこで見たのだろうか?
しばらく、見ていると相手の方が、私に気がついて、満面の笑みで近づいてきた。
「まあ、ますます、レナードに、似てきたわね、オノウ。」
私は内心ビックリしながらも、スッと膝を折って礼をした。
「まあまあ、そんな他人行儀なことをするなんて、昔と同じように、してちょうだい。」
綺麗な貴婦人に、昔と同じようにと、乞われたが、如何せん記憶があいまいで、どこのどなた様か、全く思い出せない。
私がどうすべきか、戸惑っているうちに、貴婦人が、後ろに控えていた、メイドに一言二言、呟いた。
メイドは頷くと、私を通り越して、どこかに行ってしまった。
「そうそう、その様子なら、食事はまだでしょ。さあ、私と一緒にいらっしゃい。」
私は、相手が誰か、全く思い出せなかったが、食事の一言に釣られて、この貴婦人の後に、ついて行くことにした。
綺麗な貴婦人は、王宮の通路をくねくねと曲がると、豪華な扉がある部屋の前に止まった。
すぐに、彼女の前を歩いていた侍従が、その部屋の扉を開ける。
「侯爵夫人、どうぞ。」
彼女は侍従が開けた、扉の中に、そのまま入っていった。
私も侯爵夫人と呼ばれた貴婦人の後に続く。
中には、豪華なテーブルがあって、そこにはよだれが垂れそうな、たくさんの食事が置いてあった。
思わず、ごくりと生唾を飲み込んでいた。
「さあ、そこの席に座りなさい。一緒に食べましょう。」
侯爵夫人と呼ばれたその人は、身分が低い私に向かって、とんでもない無茶ぶりを言ってきた。
さすがに、常識がない私でも、侯爵夫人と同じテーブルに着くわけに行かない。
そのまま、動かずにいると、侯爵夫人は、テーブルに行くと、山盛りにされていたクッキーと白いお皿を私の前に差し出した。
「どれが、おいしそう?」
かわいらしく首を傾げて、聞いてきた。
私は、サッと見ると、美味しそうなクッキーを、次々にその皿にのせた。
ちょうど三分の一が、綺麗なナプキンに、山盛りにされたまま、元のカゴに残った。
「なんで、後の三分の一はダメなの?」
貴婦人が小首を傾げて可愛いらしく、尋ねてきた。
私は素直に答えた。
「そのクッキーは、不味いので、食べない方が、いいです。」
私の一言を聞くと、侯爵夫人は、それをいつの間にか現れた、騎士の格好をした、若い武官に手渡した。
その若い騎士は頷くと、傍に置いてあった魚の水槽に、そのクッキーを細かく砕いて、投げ入れた。
直ぐに中で泳いでいた魚がその粉を食べて、お腹を上にして、浮かび上がった。
侯爵夫人と若い騎士が目を丸くする。
「すごいな。見ただけで、わかるのか。」
「そうよ、オノウは、ラナと一緒にいた時から、こうだったのよ。」
私は侯爵夫人の一言でやっと、この人物が、誰だったのか思い出した。
ラナお嬢様のお母様、キャサリン・ド・ドラゴ侯爵夫人だ!
どうりで、見たことがあるわけだ。
なら、この茶色の短髪に、ごつい顔の若い騎士は、次男のギル様か。
いつも思うが、この金色のサラサラ髪に、長い睫毛の超絶美人なキャサリン様の息子とは思えない。
でも、侯爵様には、瓜二つなのだから、やっぱり侯爵夫人が、生んだ子供なのか。
私がアホなことを関心していると、キャサリン様がもう一度席を進めてきた。
「オノウ、私たちの毒見役を兼ねて、一緒の席に着くならどう?」
いやいや、それなら一緒の席じゃないほうが、いいんじゃないでしょうか?
心の中で突っ込んだ。
そこに、ギル様がとんでもないことを、おっしゃった。
「なら、どうだ、オノウ。お前がここで一緒に食べるなら、お前が昔から大好きだった、ラナに会わせてやるぞ。」
「ラナ様に。」
金色のサラサラ髪に、長い睫毛。
色白の美しい顔には、エメラルドの瞳が、涙に濡れながら輝いていた、あのラナ様。
美味しいお菓子を山のように、それこそ、山のようにくれたラナ様。
はっ、いけない思わず、思考が、明後日の方向に。
私がふとギル様を見ると、なぜか彼は私の顔をニヤニヤとみていた。
「そうね、そうね。オノウは、ラナが大好きだったものね。」
ボヤっとしているうちに、ギル様に背中をおされ、椅子に座っていた。
そこにすかさず、侯爵家のメイドたちがサッと動くと、目の前に食事を出された。
そこには、私が好きだった王都でのみ栽培される、光魔法の実を使った、肉料理が・・・。
いい匂いが鼻孔をくすぐった。
この瞬間、私は陥落した。
ホークとナイフを持つと、果敢に目の前の料理に挑んだ。
この料理は、光るナイフで、瞬時に切り裂くことでのみ、シャープな味が味わえるのだ。
私は一心不乱に食事に集中した。
ちらっと見ると、さすが侯爵家の面々、彼らも苦も無く、私と同じように、その食事にくらいついていた。
さすが筆頭貴族、いいナイフ裁きだ。
気が付くと、メインも食べ終わり、デザートになっていた。
結局私はそのまま侯爵家の二人と同じ席で食事をしてしまった。
後で父に知られたら、・・・。
変なことを考えたら、美味しい食事が何だか不味く感じられた。
いかん、食事は調達して料理してくれた人がいるんだ。
美味しくいただかなくては。
私は、もう考えるのを止めて、侯爵家の二人と楽しく食事をいただいた。