12.やっと・・・。
私は、あれから数週間で、裁縫以外の、全ての授業をクリアした。
だがなぜか、裁縫だけは、今だに、合格を貰えず、今日も途中で、キラン先生にダメ出しをくらって、すごすごと教室を後にした。
なんだが、非常に疲れたので、早めの夕食を摂るために、養成館の食堂に、向かった。
お陰で、不合格の物体は、まだ手提げの中だ。
食堂にすごすごと入ると、オリョウさんが、厨房から現れて、何をそんなにブツブツ言っているの、と心配そうに聞いてくれた。
私は、例の物体を手提げの中から出すと、オリョウさんに、それを見せた。
「こりゃ、また、すごい出来だね。」
オリョウさんは、しげしげと見ていると、ふとなにを思ったのか、厨房から私を手招きした。
私はオリョウさんに言われるまま、厨房に入った。
中には、この地方独特の”糸締め料理”と呼ばれるものを作る道具と、その材料となる肉が、そこに置いてあった。
「やったことはある?」
「いえ、食べたことはありますが、作ったことはありません。」
私の口の中に、唾が湧き上がってきた。
この料理は、独特のしっかりした味付けがされ、食べるとそれが、口の中いっぱいに広がって、本当に美味なのだ。
オリョウさんは、独特の針に、その糸を通すと、肉の中に、調味料の塩・みそ・麹を入れると、それを均等に包み込んだ。
次に等間隔で、それを糸でギュッと、縫いながら縛っていく。
オリョウさんは、その過程をゆっくり、実演して、見せてくれた。
「さあ、同じように、やって見て。」
私は、頷くと、先程と同じように、調味料を入れ、糸を通した針を、先程、オリョウさんが見せてくれたように、等間隔に縫いながら、こまめに縛っていった。
力を入れ過ぎたら、調味料がはみだしてしまうし、入れなければ、肉に味が染み込まない。
私は真剣に、針を操って、糸で縛っていった。
数時間後、出来上がったものを、オリョウさんに見せた。
オリョウさんは、丹念に肉を縛る糸の張り具合を確認すると、合格を出してくれた。
そして、一言。
「これと同じ要領で、明日、キラン先生が出した課題を、やってごらん。」
私は、よくわからないまま、その日は、そのまま食堂で食事をした。
次の日、オリョウさんが言ったように、キラン先生が出された課題を、糸と針はそのままに、布を肉に見立てて、針を通して縫っていった。
お陰で速さは、いつもの倍以上で、糸を操ることが出来た。
いつもの倍の速さで、縫ったものを、キラン先生に見せる。
「ちょっ、いったい、どうしたの、これは?」
私は、何か不味いことがあったのかと、キラン先生を見た。
「信じられない。合格よ。」
やったぁ!
オリョウさんの奇策のお蔭で、やっと合格することが出来た。
私は意気揚々と、教室を出ようとして、キラン先生に掴まった。
「ちょっと、オノウ。これを誰に、教わったの?」
さすが、裁縫の達人。
私が一人で、習得出来なかったと、すでにバレているか。
でも、別にそれを教えたからと言って、いまさら不合格にはならないし・・・。
私は、オリョウさんに、教えてもらったと、素直に告白した。
「オリョウですって・・・。」
キラン先生は、なぜか怪しく目を光らせると、教室を出て行った。
私は、やっと合格を貰えて、狂喜乱舞していた。
あとは、実地での、メイド研修を二年間、やり遂げれば、無事、卒業だ。
私の心は、すでに、実地研修に飛んでいた。