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『軍師官兵衛』を見ていて

作者: 竹仲法順

     *

 石田三成と淀殿が大嫌いになった。まるで自分たちで豊臣家を滅ぼしたようなもので、やったことがひどすぎると思ったのである。特に淀殿。あんなバカな浅井の娘が変な意地を見せたおかげで、豊臣家は滅亡するに至ったのだ。

 秀吉に甥の秀次を殺させ、一族を皆殺しにしたのは、あの女のやり口だったらしい。仮に秀次が生きていたら、家康がすぐさま天下を狙うことはなかったと思う。それに官兵衛を始め、諸大名は皆、秀吉の後の天下人は家康だと、暗黙裡に踏んでいたのである。秀頼は単に一外様大名か、下手すると旗本・御家人の地位にぐらいまで落ちると皆が思っていたのだし、実際そうなることを拒んだから、家康に攻め滅ぼされた。

     *

 永遠に続く繁栄などない。秀吉が家康に「秀頼を頼む」と言っても、所詮、口約束だけなのである。家康がそんなものを飲めるわけがなかった。自分が遅ればせながら、天下を取ると踏んでいたからだ。あの淀殿は「家康が天下を掠め取る」などと言っていたが、じゃあ、自分たちは一体何をしてきたのか、分かってるのか?素直に一大名として、徳川に恭順すれば、それで家だけは残っただろうに。

 あの『軍師官兵衛』は、当時の世相を非常に上手く映している。家康にとってみれば、信長からの天下を横取りしたのは秀吉だったから、尚更業腹だったろう。それに家康の三河武士ぶりがよく描かれている。忍苦の人だった。あの人ほど戦乱の世を耐えた人間はいない。

     *

 単に浅井の娘である淀殿や、秀吉が寺で見つけた利口な子供に過ぎない三成に、天下を差配する器がなかったのは当然。やはり家康ぐらいの器量がないと、世は収まらない。家康の苦労人ぶりは、あのドラマでも余すところなく、よく描かれている。

 関ヶ原の合戦にしても、仮に西軍の陣に秀頼がいれば、東軍の武将たちも弓を引けなかったと思う。本来的には、三成が悲劇のヒーローみたいにして描かれるのだが、どうやらそういった歴史観は偏り過ぎていて、誤っているように思えてならない。天下は回りもの。何もかもが永久に続くことはなくて、必ず滅びるのだ。

     *

『軍師官兵衛』を見ていて、あの大河ドラマが今年一番の収穫だったように思う。非常に面白かった。さすがに総集編までは見る気がないにしても、非常に興味深い話だ。現時点であと数話あるのだが、家康の活躍が目立つだろう。そしてあの淀殿と三成、秀頼は史実通りに行けば、没落の道を辿る。

 官兵衛――すでに如水を号しているが――は、次の天下人が家康だと勘付いていたので、関ヶ原では東軍に付いたのである。よく先が見えていた。いくらか見えすぎていたぐらい。単なる一軍師だったが、百万石持っていれば天下を取ったかもしれない。それぐらいの器。その器量が三成や淀殿、秀頼など豊臣政府の方の人間にはなかったのだ。だから、没落した。もちろん、秀次を一族ごと皆殺しにした秀吉も、全く後のことを考えずに死んだのは事実だったが……。

 ひとまずドラマの感想に私見を交えて、一筆書かせていただきました。

 ではまた。

                              (了)

 


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