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コボルトの群れ

「何、これは?」

「どうやら囲まれたらしい。狙いは分からないが」


 外の様子を見ながら訝しがるローズマリーに、ルプスは腰の刀の鍔に指を掛けながら言う。

 突如現れたコボルトたちは、馬車を取り囲むように群れを成していた。武装していることから察するに、馬車に対して危害を加える気らしい。

 ただの金銭目当てか、それとも命ごと奪う気かは判然としないが、このままでは馬車と自分たちの身が危ないことはルプスたちもすぐに悟る。


「出るぞ、フィリア」

「うん」


 短いやりとりで、二人は馬車の外へ出る。扉を開ける際、すでに二人は得物を引き抜いていた。

 馬車の外に出た二人は、視線を周囲に向けてコボルトの様子を確認する。相手の数は軽く見積もっても三十は堅い。

 それを見て、ルプスは馬車の前面へ、フィリアは馬車の後方へとそれぞれ移動する。コボルトたちがすぐに襲い掛かってこないのを見て、ルプスは御者に目を向けた。そこでは、馬の手綱を持った御者が恐怖からか震えあがっている。


「御者。死にたくなければ決して動くんじゃないぞ」


 ルプスは警告を発すると、馬の前へと進み出る。二本の刀を抜いた彼は、ゆっくりと距離を縮めてくるコボルトたちに視線を馳せた。


「さぁ……始めようぜ、ワンコども」


 自分たちを取り囲むコボルトに対し、ルプスはそう言って不敵に笑う。

 それが合図となった。

 コボルトたちは、ルプスを消し去るべき対象と認識したのか、それぞれの得物を手に殺到してくる。それを見たルプスは、彼らの突進を待ち受けるのではなく、自ら彼らの方へと肉迫した。

 手前の一匹へと駆け寄ったルプスは、相手のコボルトが槍を突き刺してくるのを直感で読んで横手へと足を捌き、不発に終わった突きで体勢を崩すそいつへと肉迫、唐竹割に斬撃を見舞う。刃はコボルトの左肩を抉って下へと流れ、胸部を切り裂いたところで引き抜かれる。それとほぼ同時に、ルプスは左の刀を横に薙いでコボルトの頭部を切り裂く。双眸の下を引き裂いた斬撃に、コボルトは即死、斬撃の勢いに押されて背中から地面へと叩きつけられた。

 一体目を仕留めたルプスに、左右から剣を携えたコボルトが迫る。剣を振りかぶって間合いを詰めてきた二体に、ルプスは先の斬撃の勢いでその場を反転、両手の刀を持ち上げて斬撃を受け止める。刃同士がぶつかり火花が散る中、ルプスは両手の力を抜きながらその場を旋回した。刃を拮抗させていたコボルトたちは、突如力を抜かれたことで剣の刃を下方まで振り下ろされるが、その場を回転したルプスに刃は当たらず不発となる。体勢を崩した二体に、ルプスは旋回しながら両手の刀を振り払った。白銀の閃光となった斬撃は、コボルトの首元を捉え、その半ばまでを切り刻む。喉を裂かれたコボルトたちは血潮を上げながら後方へよろめき、共に傷を押えながら横向きに転倒した。

 舞い上がった血飛沫の一部で頬を濡らしながら、ルプスは更にコボルトへと斬りかかる。

 左手から槍を突きだしてきたコボルトに対して、左の刀を立てたルプスはその刃で敵の穂先を受け流してその軌道を横に流すと、前のめりになったそいつの横へと躍り出る。直後連動して斜めに振り下ろされた右の斬撃は、コボルトの背中から腹部を両断、上体を前方へ投げ出させ、下半身をその場に頽れさせた。

 断面から血煙を上げるそいつを尻目に、ルプスは自分の背後から迫る気配に機敏に反応する。振り返りざま叩きこまれる刃に、ルプスは右の刀でそれをいなしてコボルトの体勢を崩すと、反撃の左の斬撃を薙ぎ払う。相手の顔面、正確には双眸を切り裂いた刃に、そのコボルトは激痛の悲鳴を上げて数歩後退、剣を手放して両目を押える。その際がら空きになった腹部へと、ルプスは右の刀を叩きこむ。刃は革の防具ごとコボルトの肉体を一刀両断、達磨落としの木の輪のように、上体を横へと弾き飛ばした。

 瞬く間に複数のコボルトを仕留めたルプスは、更に自分に掛かってくるコボルトがいないか視線を馳せる。

 彼の眼光で見つめられ、遠巻きに彼を囲んでいたコボルトたちは肩を震わせた。わずか数秒のうちに仲間を惨殺されたことが効いたのか、彼らは安易にルプスへ襲い掛かる様なことはせず、じっとルプスが隙を見せないかを観察してきた。

 賢明なその判断に、ルプスは舌を打ちながら両手の刀を構える。自分を囲う敵の数は五体、自分から仕掛けても充分に対応できる数だ。

 そのように彼が判断する中で、コボルトたちに動きがあった。彼らは一部がルプス、そして馬車後方で戦うフィリアに割かれていた一方で、残り十数体がフリーとなっていた。そのコボルトたちが、一斉に馬車に向かって動き始めたのである。

 ルプス達を引き離した上で馬車を直接狙う彼らの動きに、ルプスもフィリアもすぐに気付いた。二人は自分たちを囲むコボルトの包囲の内、馬車への直線距離に立つコボルトへ襲い掛かる。応戦の刃を繰り出してくる相手に、二人はその凶刃を掻い潜りながらカウンターの横薙ぎを叩きこむと、血飛沫を上げる相手を無視して馬車へと直行した。

 馬車に向けて動くコボルトたちを、ルプスたちは急ぎ足止めしようとする。

 だが、津波の如く迫る複数のコボルトたちを一遍に足止めすることは出来ず、彼らが足止めし損ねた数体は馬車への肉迫を許した。

 馬車が危ない――そう二人が焦る中で、突然馬車にあと一歩まで迫っていたコボルトたちが血潮を噴いて吹き飛んだ。

 ぎょっとする一同に、背中から地面へ叩きつけられたコボルトの向こうから人影が生じる。

 露わになったのは、一振りの剣を振り上げた体勢で制止する、ローズマリーの姿だった。彼女は、血糊のついた剣を振り下ろすと、周りを見渡して新たに馬車へと近づくコボルトがいないかを警戒する。

 状況から察するに、コボルトたちが血飛沫と共に吹き飛んだ原因は、ローズマリーの迎撃によるものだろう。ルプスたちが迎撃に出て行ったことで置き去りになっていた彼女が、馬車を狙ってきたコボルトたちに気づいて応戦に打って出たのである。

 彼女を戦力と考えていなかったルプスとフィリアは、嬉しい誤算に思わず頬を緩めると、引き続き馬車へ近づくコボルトたちの警戒にあたる。

 今のところ、倒れたコボルトの数は十数体ほどであり、残る敵の数も半分ほど、十数体ほどまで減少していた。

 そんな中、コボルトの中の一体が、天を見上げて叫び声を上げた。狼独特の吠え声がその場に響くのを耳にし、ルプスたちは不審げに身を固くする。

 すると、武器を構えていたコボルトたちは、構えを緩めながらゆっくりと後退を開始した。ルプスたちが訝しがる中で、彼らはある程度距離を取ると、一斉に踵を返してこの場から離れだす。

 その動きを見て、フィリアが慌ててその背中を追おうとする。


「追うな、フィリア!」


 制止の声を掛けたのはルプスだ。彼はコボルトたちの行動を、味方が半数以上やられたのをみての撤退と判断した。おそらくは、ルプスたちとの交戦をこれ以上続けても全滅を免れないと考えて、それを避けるために退却を選んだのだろう。

 そのようなコボルトの思惑を見抜き、ルプスはこれ以上の追撃は不要と考えた。逃げ行く敵を意味なく深追いすれば、逆に痛い目に遭う可能性もある。馬車を守るのがルプスたちの最大の目的だけに、ここは敵に甚大な損害を上げた時点で満足すべきであった。

 コボルトたちが遠くにある森の方へと退いて行くのを見送ると、ルプスたちはそれぞれの得物を鞘に納める。

 無事馬車を守ることに成功した彼らは、ゆっくりと馬車に向けて歩み出す。

 その際、馬車の方に目を戻したルプスとローズマリーの視線が交わった。頬に血を付着させたルプスはそれを拭いながら、彼女に対して笑いかける。


「アンタ、結構出来るんだな」

「一応、こう見えても王国の――」


 何やら誇るように口を開いたローズマリーであったが、その途中慌てて口を噤んだ。

 その態度に、ルプスは首を傾げる。


「王国の?」

「何でもございません。忘れてください」


 咳払いをつきながらそう言うと、ローズマリーは逃れるように馬車の客席へと戻っていく。その態度は甚だ不審であったが、ルプスは特に追及することもせず自らも客席へ向かう。

 その途中、彼は御者を見た。

 御者は、ぽかんと口を半開きにしたままルプスを見つめていた。


「どうした?」

「あ、貴方たちは一体……」


 今しがたのコボルトの撃退劇を目の当たりにして驚愕と疑念を抱いたのだろう、愕然と竦む彼に、ルプスは苦笑いを浮かべる。


「ただの腕利きの賞金稼ぎさ。それよりもフルーメンへの運転、よろしく頼む」

「は……はぁ」


 ルプスの声に依然として愕然と固まる御者だったが、やがてルプスとフィリアも客席に戻ったのを見ると機械的に手綱を打つ。

 その動きに応えるように、馬車は一路フルーメンへと向けて再び走り出すのだった。


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