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フルーメンへの旅路

「待って下さい!」


 呼び声は、今まさに出発しようとし始めた馬車に対して掛けられる。

 街の南部に位置する馬車の停留所において、この日最初の馬車が出ようとした矢先、その馬車に急いで駆けてくる影があった。


「おい。止まってくれ」


 制止の声は、外部だけでなく馬車内部からも掛けられた。その声に従い、馬を走らせ駆けていた御者は巧みに手綱を操って馬を停止させる。

 止まった馬車に、外から声をかけた女性は近寄り、荒げた呼吸を整えながら、御者に詫びの言葉をかけると客室の扉へと手を掛けた。

 扉を開いた朱髪の女性は、客席を覗くと目を丸める。


「あ……」

「よう」


 驚く女性に対し、先に客席にいた青年は手を挙げた。

 数秒の沈黙を挟み、女性は客席の中へと乗り込んでくる。


「また会うかもしれない――というのはこういう意味でしたか」


 朱髪の美女は、前髪を指で梳きながら納得した様子で呟いた。

 その言葉に、先客として座っていたルプスは顎を引く。


「行き先が同じようだったからな。可能性として、一緒の馬車に乗り込んでもおかしくはない」

「貴方がたもフルーメンへ?」

「うん。そうだよ」


 美女の言葉に、ルプスの横に座るフィリアが頷く。


「というか、私たちはそこの住民だからね。向かうというより、戻るというのが正しいかな」

「フルーメンの住民なのですか?」

「まぁそんなところだ」

「お客さん。そろそろ出発しますけどよろしいですか?」


 言葉を交わしていたルプスたちだが、その時客席の外から声がかかる。御者の男の声だ。


「あぁ。すまないな、出発を遅らせて」

「いえいえ。では、出ますよー」


 ルプスが詫びるなり、馬車はゆっくりと動き出した。

 床が振動し前へ進みだす中、ルプスは美女へと視線を上げる。


「まぁ、座れ。立ったままだと疲れるだろうからな」

「そうね。えっと……」


 並んで座るルプスとフィリアの前の席へと腰をかけながら、美女はそこで戸惑いの表情を浮かべた。

 それを一瞬不審がった後で、ルプスは気づく。


「そういえば、互いにまだ名乗っていなかったな」

「えぇ、そうですね。私はローズマリーといいます」

「私はフィリア。そんでこいつは、ルプスよ」

「よろしく」


 互いに名乗り合うと、ルプスとフィリアはローズマリーと握手を交わすのだった。




「そういえば、昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした。私の起こした騒ぎに、お二人を巻き込んでしまいまして」


 馬車が街を出てからしばらく経ったところで、ローズマリーはそのような詫び言を口にした。

 いくらか雑談を交わした後でそんな話を振られ、彼女と主に話していたフィリアが目を丸める。


「あぁ、あれね。別にいいわよ、そんなこと」


 小さく手を振って、フィリアは些事であると強調した。


「あれは、私たちが勝手に暴れただけだから」

「あぁいった馬鹿はたまにいる。言葉で諭しても聞かない連中だからな。黙らせるにはあの手に限る」


 視線を客室の外、窓から見える外の景色へと向けながら、ルプスが続けて言う。

 その言葉に、ローズマリーは目を薄める。


「確かにそうかもしれませんが……あそこまで容赦なく気絶させるのはどうかと……。客も皆、震えあがっていましたよ」

「なんだ。暴力的すぎると、そう言いたいのか?」


 感謝の言葉かと思いきや、やや批難気味の言葉を寄越されたルプスは、怒るのではなく笑みを浮かべた。やや獰猛な風に映るその笑みに、ローズマリーは少しだけ肩を縮ませる。


「助けてもらっておいてこんなことを言うのはおかしいですが、そうなりますね」

「……あれでも、殺さないように手は抜いたんだけどな」


 ぼそりと、注意していなければ聞き逃してしまいそうな声でルプスは呟く。

 その一言に、ローズマリーが困惑する一方、フィリアは溜息を漏らす。


「こういう奴なの。凶暴でひねくれた性格な人間だから、道徳を説いても意味はないのよ」

「否定したいところだが、事実だな」

「ほらね」


 少し呆れた様子でフィリアはルプスの肩をどつくが、それに対してルプスは不敵な笑みを浮かべたまま動じない。そんな二人のやり取りに、ローズマリーは苦笑いを浮かべるほかなかった。

 やや沈黙を挟んで、話題を変える。


「お二人はどういった関係ですか? 仕事仲間か、それとも――」

「仕事仲間だ。それ以上の関係ではない」


 若干食い気味に、ルプスはローズマリーの問いに答えた。

 その声に、何か言いかけていたフィリアが何故かむっと眉を震わせる。


「ちょっとルプス。それどういう意味?」

「どういうも何も事実を言ったまでだ」


 頬杖をつきながら、ルプスは横目でフィリアを見る。その双眸をすっと細めると、彼は訊く。


「それとも何か? 俺たちは仕事仲間以上の深い関係にあると言いたいのか?」

「べ、別に、そういうわけじゃないわよ!」


 揶揄の声に、フィリアは頬を紅潮させながら否定する。何故顔を赤らめるのか、一体何を連想したのかといったところだが、それを見たルプスは何事か悟った様子で、鼻で笑う。

 その態度に、フィリアは憤る。


「ちょっと、今笑ったでしょ! 何がおかしいのよ」

「お前の馬鹿な思考がおかしいに決まっている」

「生意気よ、ルプスの癖に!」

「はいはい。左様でございますか」


 唾を飛ばす勢いのフィリアに、ルプスはやや面倒くさそうに軽くあしらう。その態度に納得しかねる様子で、フィリアは頬を震わせながら顔を背けた。


「……お二人は、付き合いが短いんですか?」


 決して和やかではないが軽快なやりとりをする二人を見て、ローズマリーは首を傾げる。互いに思うところを隠しだてなく言えているだけに、出会って日が浅いようには見えない。


「ううん。知り合ったのは七年ぐらい前よ。仕事仲間になったのはつい最近だけど」

「いわゆる腐れ縁ってやつだ。残念なことに」

「……何が残念なのよ」

「さぁな」


 相変わらず一言余計なルプスをフィリアは睨み据えるが、彼は肩を竦めるだけでまともに取り合おうとしない。

 そんな彼をさておき、ローズマリーは問いを続ける。


「さっきから気になっていたのですが、貴方がたの仕事とは?」

「賞金稼ぎよ。地方によっては傭兵ともいわれているけど」

「街や個人から受けた依頼をこなすのが仕事だ。依頼は主に賊徒の捕縛や要人の護衛、あるいは紛争地域への派遣といったのがほとんどだな」


 ローズマリーの疑問に対し、フィリア・ルプスの順で二人はそれぞれ説明を口にする。

 賞金稼ぎないし傭兵という業種は、彼らが説明した通りの内容の依頼を受けると、その等価として支払われる賞金を糧に生きる職業だ。決して人気のある職業ではないが、戦いに関する腕に自信がある者にとってはうってつけの生業であった。


「ところで、ローズマリーさんはフルーメンに何をしに行くの? どうもこの国の人じゃない見たいだけど」

「……人を捜しているんです。そのための手掛かりが、その街にあるらしくて」

「人捜し?」


 ルプスが眉を持ち上げて訊ねると、ローズマリーは頷く。

「フルーメンにいるティグリスって人が、その人の場所を知っているそうなのです。そう言えば貴方がた、フルーメンに住んでいるそうですね? ということは、その人について何か知っていませんか?」

「ティグリスって……。知っているも何も……」


 問われた人物の名に、ルプスとフィリアは驚いた様子で目を合わせる。その反応にローズマリーが首を傾げていると、ルプスがフィリアを指差し、フィリアが口を開いた。


「それ、私のパパのことよ、たぶん」

「えっ? そうなのですか?」


 今度はローズマリーが驚く番だった。

 意外なところで繋がった接点に、ローズマリーはやや早口で言葉を紡ぐ。


「えっと、確か【ヘロスレギオ】とかいう賞金稼ぎギルドの首領をやっていると聞いたのだけれど、間違いないですか?」

「うん、そうだよ。というか私たち、そのギルドのメンバーだから」


 ねぇ、とフィリアがルプスを見上げると、彼も頷いた。

 二人は、今しがたローズマリーが口にした賞金稼ぎの組合(ギルド)【ヘロスレギオ】に属する賞金稼ぎである。此の度、彼らがオークの盗賊団討伐に街を訪れていたのも、元々ギルドに対して持ちかけられたその依頼に対して、この二人が派遣されたというのが成り行きだった。


「そうだったのですか。では、当然その人の居場所も知っていますね?」

「うん。パパに用事があるのなら、案内してあげるわよ」

「ありがとうございます」

「その前に、一つ訊いていいか」


 ローズマリーとフィリアの間で話が進むのを傍目にしていたルプスが、一つ口を挟んだ。


「人捜しと言っていたが、一体誰を探しているんだ? 相手によっては、ティグリスに掛け合わずとも俺らで答えられるかもしれないぞ」

「そっか。確かに、それもそうよね」


 人を捜しており、それがギルドのリーダーであるティグリスならば知っている人物であるということは、同じギルドのメンバーであるルプスたちでも知っている人物という可能性が高い。

 フルーメンに向かうのは最早避けられないにしても、ティグリスに会うまでもなく、ローズマリーが捜しているという人物の居場所を答えられるかもしれなかった。

 そんなもっともなルプスの言い分に、しかしローズマリーは表情に翳を落とす。


「そうですね……。でも、ごめんなさい。貴方たちに訊ねることはできません」

「え? どうして」

「……ちょっと、複雑な事情がありまして。私がその人を捜していることを、あまり大勢の人に知られたくないのです」


 淀みながらそう答えるローズマリーに、ルプスとフィリアは不審げに顔を合わせる。


「それって、つまりどういうこと?」

「……ごめんなさい。言えません」

「何かよほどの訳があるみたいだが、そう心配しなくてもいいと思うぞ」


 何やらローズマリー側に事情があるらしいというのを察しながら、ルプスは言う。


「こうみえても、俺とフィリアは口が堅い。今後誰かにお前のことを尋ねられたところで、口を封じておいてほしいのならば、一切お前の情報を口外しない自信がある」

「そうね。どんな事情があるにしても、ローズマリーさんが秘密にしておいてほしいならば、誰かにこのことを訊かれても喋ったりしないわ」


 そう二人が真面目な顔で言うと、ローズマリーは迷うような表情を見せた。昨日会ったばかりの間柄であるが、ここまで言葉を交わした時点で、二人が決して悪い人間でないことはローズマリーも理解していることだろう。それゆえに、彼女は懊悩する。

 混迷する彼女を見て、フィリアは真剣な眼差しで彼女を見つめ、一方でルプスは肩の力を抜く様な柔らかい物腰で彼女を見た。


「まぁ、訊くも自由だし訊かないのも自由だから強制はしないが。俺らに話してみる気はないか?」

「……少し、考えさせてください」


 そう言って、ローズマリーは黙り込む。目を閉じ、口を噤んで考えている表情は真剣そのもので、本気で自分の選択を思慮しているのが伝わってくる。

 十数秒経ったといったところで、彼女は目を開けて顔を上げた。

 そして、頭を下げる。


「やっぱり、やめておきます。貴方たちを信用してないわけじゃないけど、念のため、訊ねるのはティグリスという人の前だけにします」

「……そうか。分かった」


 彼女が下した選択に、ルプスは深入りしないようにそこで話を切った。追及しないのは、余程話したくない事情というのがあるのだろうと考慮しての上だ。

 彼の態度に、フィリアも同調する。彼女は若干寂しそうな顔色でもあったが、ルプス同様にローズマリーの立場を慮り、訊きたい気持ちをぐっと抑えていた。

 三人の間で、しばらくの間会話が途切れる。

 その時、である。

 急に三人の乗った馬車が急に停止した。客席に座っていた三人は、そのために進行方向へと身体のバランスを崩す。

 馬車の停止から数秒後、三人は顔を合わせてから外へ目を向ける。


「何だ?」

「! ルプス、外を見て!」


 フィリアが何かに気づき指を差すと、それに反応して三人は視線を馳せる。

 そこに飛び込んで来たのは、その手に剣や槍を持ち、革の防具で武装した、狼面の亜人・コボルトの群れであった。


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