表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/25

酒場にて①

「ほいよ。報酬の金だ」


 差し出された布の袋に、青年は手を伸ばしてそれを受け取る。青年の掌の上に落とされた布袋は、確かな重みを伴って彼の掌中に収まった。十分な額が予想できる重さに、しかし青年は念のためか、袋の口を縛った紐を解くと中身を確認し始める。

 袋の中の銅貨を一枚ずつ机に並べていく彼の姿を見て、袋を手渡した相手、淡く焦げた肌に髭面が特徴的な中年の男は苦笑する。


「心配せずとも、報酬をごまかしたりしねぇよ」

「アンタのことだ。それぐらい分かっている。けど、一応確認しておくようにとウチの首領からの言いつけがされていてな」


 無愛想に言い返すと、青年は袋の中からすべての銅貨を取り出し終える。合わせて三十枚のそれを三列に机へ並べ終えて確認すると、そそくさ銅貨を元あった袋の中へ戻し始めた。


「確かに受け取った」

「うむ。こちらもオークの盗賊団が壊滅したのは確かに見聞した。相変わらず、いい仕事してくれるな」

「依頼を受けた以上、下手な仕事は出来ないさ。これぐらい当然だ」

「はっは。違いねぇ」


 銅貨を袋の中に戻して紐を縛り直す青年に、髭面の男は満足そうに笑った後で立ち上がる。

 青年らが受けていた依頼は、最近この周辺で被害を出しているオーク族の盗賊団の殲滅であった。彼らは街道筋において往来する商人や旅行者の襲撃を繰り返しており、ここ最近はその活動が活発化し、人々の悩みの種として頭を抱えさせていた。そこで、そんな盗賊団を退治してくれるようにと、青年たちに白羽の矢が立ったのである。

 結果、依頼を受けた青年たちは、見事オークの盗賊団の殲滅を完了させたのだ。彼らはたった二人で、五十ものオークたちを皆殺しにしてしまった。その鬼神のような働きに、依頼主――の仲買的立場であった髭面の男は感嘆せざるを得ない。


「ティグリスにはよろしく言っておいてくれ。また何か仕事が巡って来たら回してやるとな」

「あまり面倒な仕事はごめんだけれどな。伝えておく」


 髭面の男に応えるように立ち上がりつつ言うと、青年は布袋を懐に仕舞ってから右手を差し出す。それを見て髭面の男も右手を差し出すと、二人は握手する。


「じゃあな。頑張れよ、ルプス」

「あぁ。そちらも元気で」


 激励に、青年は初めて笑みを浮かべて顎を引いた。整った顔立ちが綻ぶのを見て、髭面はまた満足そうに笑い、手を離す。

 笑みの余韻を残し、青年は相手に踵を返して歩き出した。向かう先は店の奥である。

 青年と髭面の男が金銭の交換を行なった酒場の店内は、酒臭さと人々の喧騒で包まれていた。騒がしいが何処か心地よいというこの場所独特の雰囲気を身に受けながら、青年は店の奥にあるカウンター席へと向かう。

 そちら側では、青年を待つ少女が腰をかけていた。黒のブラウスにティアードスカート、白のアームカバーにタイツ姿のその少女は、酒場のマスターと何やら言葉を交わしている。彼女の最大の特徴である緑の髪と赤い瞳、そして頬の青い鱗が見える位置まで来ると、青年はそこから少女の横へと腰を下ろした。

 紺碧のコートにジーンズ姿が特徴の黒髪黒瞳を持つ青年が椅子に座るのに気づき、少女は顔を向ける。


「あ、おかえりルプス。取引は終わったの」

「終わった」

「そう。じゃあ飲みましょう。依頼を終えた祝杯ということで」

「お前はミルクでも飲んでろ、フィリア」


 青年ことルプス・グラディアトルは、陽気な提案をした少女ことフィリア・ドゥクスに冷たく言葉を返すと、彼女と何やら話し込んでいた酒場のマスターにビールジョッキを一つ注文した。

 さらりと暴言を吐かれ、フィリアは頬を引き攣らせる。


「何よ、子ども扱いして。私はもう十六よ。今では立派な成人なんだから」

「齢はな。だが、精神年齢はまだまだ子供だ」

「一体何を根拠にそんなことを――」

「そうやって言われてすぐ頭に来るところが子供なんだよ」


 そう言ってルプスが冷笑を浮かべていると、頼んでいたビールのジョッキがマスターの手から届く。それを受け取ったルプスは、すかさず麦酒を呷る。ゴクゴクと喉が鳴る中、ジョッキに入っていたビールは一気に半分ほどまで無くなった。

 屁理屈に反論を口にしようとしていたフィリアだったが、ルプスのその飲みっぷりに度肝を抜かされたのか、口を半開きにして硬直する。その反応を見て、ルプスはニヤリと口角を持ち上げた。さも、「これが大人だ」とでも言っているかのようだ。

 それを見てフィリアは閉口した後、意を決した様子で、二人のやり取りに苦笑を浮かべていたマスターに振り向く。


「マスターのおじさん。私にもビールを」

「頼むのは勝手だが、一気飲みはやめておけ。あっという間に酔いが回ってぶっ倒れるからな」

「わ、分かってるわよ……。だから、子ども扱いしないでって」


 自分と同じことをする気だろうと予測したのだろう、ルプスが釘を刺すと、フィリアは肩を震わせてから視線を彷徨わせる。

 その反応にルプスが苦笑気味にビールを口に含んでいると、フィリアは不満そうに頬を膨らませた。二人の年齢差はわずか四つだが、それぞれの反応を見ると実際より倍近く齢の差を感じる。それだけルプスには落ち着きがあるとも、フィリアは幼さが目立つとも言えた。


「まったく。今日も今日とてルプスの毒舌は絶好調ね」

「どういたしまして」

「褒めてない」

「知っている」


 フィリア精一杯の皮肉をあっさり躱し、ルプスは何事もない様子でビールを味わう。そんな彼をジト目でフィリアが睨み据える中、二人の中を仲裁するように、マスターからフィリアのビールが届けられる。

 ジョッキを手に取ると、フィリアは咳払いをつく。


「じゃあ改めて、任務終了お疲れ様でした」

「……あぁ」


 ジョッキを差し出してきた相手に、ルプスは同じくジョッキを出して軽くぶつけ合った。

 カラン、と音を立てたジョッキを両手で掴み、フィリアは中身を口に含んだ。流石にルプスのように呷ることはせず、少しずつ飲んで喉を潤していく。


「ぷはー。やっぱ仕事終わりの一杯は格別ね~」

「何おっさん臭いことぬかしてやがる」


 ビールの旨味を表現するフィリアに、ルプスは失笑を刻んだ。

 その言葉に、フィリアはまたもむっと不満顔を浮かべる。さっきまで子供っぽいと言っていたくせに、今度は親父臭いなどと言われたことに納得いかなかったのだろう。


「何よそれ。花も恥じらう乙女に対してその言い方は」

「花も恥じらう乙女はそんなことぬかしたりしねぇよ」


 ルプスに鼻で笑われると、フィリアは不機嫌になってジョッキを机に置く。


「いちいち揚げ足を取って楽しいのかしら、アンタは?」

「いいや別に。ただ突っ込まざるを得ないことを指摘しているだけだ」

「根性ひん曲がっているわね、相変わらず」

「なんだ、忘れていたのか。いい加減俺の性格の悪さは学習しろ」


 苛立つフィリアを気にも留めず、ルプスは残るビールを一気に呷った。中身を空にすると、彼はマスターにジョッキを差し出す。

「マスター。ビールもう一杯」

「……あまり飲むと二日酔いになるわよ」

「生憎、酒で潰れたことがないんでな」


 まったく赤くならず、また酒気に目を蕩かすこともなく、ルプスは素面のまま得意げに嗤う。言葉通り、彼は今までの人生で一度も酔いつぶれたことはない。酔った記憶さえほとんどなかった。

 その態度が憎たらしかったのか、フィリアはビールを口に含みながら、愚痴る。


「……あとでパパにちくってやる」

「はいはい。ご自由に」


 彼女の威嚇とも取れる言葉に、しかしルプスは全く怯えることはなかった。



 ちょうど、ルプスが二杯目のジョッキをマスターから受け取った時だろうか。

 酒場の戸を、一人の女性が押して中に入ってきた。

 艶やかな朱色の長髪に同色の瞳を、人形や絵画の女神のように整った白磁の相貌の上に浮かび上がらせている。その身には騎士あるいは傭兵然とした鉄の甲冑と、絹のドレスが融合したような独特な衣装に袖を通しており、女性の姿を凛々しく可憐に映えさせていた。

 女性は、酒気で濁った酒場の中を滑るようにゆっくりと進む。その美しさからこの場において異彩でかつ独特の存在感を放つ女性に、酒を呷っていた客たちの視線は自然と彼女に吸い込まれ、皆言葉を失ったように静まりかえっていく。

 それは、入り口に背を向けていたルプスとフィリアも同様だった。背中から酒場が沈黙する異様な空気を感じ取った二人は、何事かと席に座ったままそちらへ振り向いている。そんな彼らのすぐ前を通り、女性はカウンター席へと腰を下ろした。


「うわぁ。凄い美人」

「………………」


 目を丸めて思わず呟くフィリアに対して、ルプスは何か思案するように目を細めた。目の前を通った女性の姿を見て何か思う所があったのか、瞳の奥には鋭い光が灯る。

 酒場全体が静まる中で、当惑しつつも彼女に口を開いたのはカウンター席の内側にいる酒場のマスターだった。


「いらっしゃい。何を飲むんだ?」

「……その前に、訊きたいことがあるのですが」


 第一声。

 よく女性の美しい声を「鈴を転がすよう」と形容するが、女性の声はそれをまさに体現したような声であった。思わず背筋が粟立つようなその声に、カウンター席付近の人間の目がより一層集まる中、女性は言葉を紡ぐ。


「私、この街には今日着いたばかりでして。ある街への行き方を御教え願え――」


 美しい声色は、途中で途切れる。

 原因は、女性の横だ。空席であったその席に、突然背後から勢いよく座る男の影があった。

 男一人ではない。

 その背後には、男の他に別の男たちも並んで立っていた。

 それだけならば、辛うじて問題はないといえたかもしれない。問題は、その男たちの人相だ。

 無頼者も多く集う酒場の中で、その中でもとりわけ悪人面あるいは卑しい顔立ちをした男たちが、朱髪の美女のすぐ側まで歩み寄っていた。

 男たちがどのような魂胆で近寄ってきたのかは、火を見るより明らかだ。

 女性を囲う様に背後の男たちが動き出すのを横目にしながら、ルプスとフィリアは今後の展開に備えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ