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ミスティコ村

 十字を描いた双刀の斬撃が、黒く染まった巨体を切り裂いた。

 血飛沫が弾け背中から倒れる巨体に、ルプスは胸の奥から重く息を吐く。どしん、と大音量で倒れ込んだそいつがピクリとも動かなくなるのを見届けてから、彼は背後に振り向いた。

 山間を走る林道の上には、十数体に及ぶ巨大な死骸が転がっている。その正体は二足歩行の魔獣・オーガだ。体長三メートル強、腰回りに申し訳程度の布で覆い隠しているほかは裸体で、全身を黒い皮で覆い尽くしている。

 並みの人類の倍以上を誇る腕力が取り柄な彼らは、しかし今や物言わぬ死骸となって、林道に沿って肉片を散乱させていた。漏れ出る血流は溜まりとなって、林道に一本の血の川を生みだしている。

 この地獄のような絵面を出現させたのは、ルプスを含めた四人の戦士だ。彼らはそれぞれの得物を手に、血溜まりの中に沈んだオーガを睥睨していた。


「これで全部だな」


 ルプスが周囲を見て、残るオーガが存在しないことを確認すると、それを受けて他の三人も周囲に目を馳せる。木々が生い茂る道の脇とその奥に気配がないのを確信すると、フィリア、フィロ、ジピンの三人はルプスに向いてそれぞれ顎を引く。

 それを見て、ルプスは抜きっぱなしであった双刀から血糊を払うと、刃を鞘に納める。彼が武器をしまうのを見ると、三人もそれぞれの武器を納めていった。


「これが村々を襲った魔獣の群れかな?」


 林道に転がるオーガたちの死骸を見ながら、フィリアが誰か特定のものではない疑問の声を漏らす。それに対し、長剣を納めたフィロが応じる。


「いや、違うだろう。こいつらはきっとそれとは別の群れだ。数もそんなに多くないし、魔王らしき個体もいなかったからな」

「こいつらは、この地域を根城にしている野良(・・)だろうな」


 フィロの意見にルプスが推測を重ねると、「そっか」とフィリアは納得した様子で頷いた。

 彼女が得心つく一方で、狐面の亜人であるジピンは、戦いのため横手に放していた馬を回収して戻ってくる。


「ともかく、早くここを抜けようぜ。また別の魔獣に出くわしたら面倒だ」

「ジピンの言うとおりだな。早くこの林道を抜けるぞ」


 そう言って、ルプスはジピンが回収してきた馬の一頭に素早く跨る。焦りはないが、これ以上魔獣の群れと遭遇するのは時間の浪費であると感じた彼は、急ぎここを抜けるために仲間へ乗馬を指示する。

 それに仲間が応えるのを視界の隅に収めながら、ルプスは馬首の後方へと視線を巡らせる。そこでは、先に馬に乗っていた朱髪の美女・ローズマリーの姿があった。彼女の護衛である四人が対オーガのために戦っていた間、彼女は彼らの馬を引き受けながら戦場より少し離れた位置で待機していたのである。戦いが終わったのを見て戻ってきた彼女は、ルプスと目が合うと、視線を林道の先に逸らして口を開く。


「件の、ミスティコ村まで、あとどれくらいだ?」

「あと数時間だな。この林道を抜けて高原へと出た後、真っ直ぐ進んで山間の道を通れば到着だ」


 彼女の問いに、ルプスは記憶を手繰りながら答える。

 フルーメンからミスティコ村への行路は、彼には今回で四回目であり、記憶は曖昧ながら進むにつれて詳細を思い出すことが多かった。

 ルプスの返答を聞き、ローズマリーは目を細める。


「果たして、居るのだろうか?」

「……さぁな。居るにしろ居ないにしろ、村を尋ねてみないことには先生の居場所は分からん」


 肩を竦めながらルプスが答えると、その間に他の三人も馬に乗ったようで、ルプスとローズマリーの許へと歩み寄ってきた。ちょうどその時風向きが変わり、林道からの血臭が彼らの鼻腔に忍び込んでくる。


「行くぞ。あと少しだ」


 そう言ってルプスが馬を進め出すと、その言葉に頷きながら、四人も進みだした。



 一同がミスティコ村に到着したのは、それから三時間ほど経過した昼時のことだった。

 五人が村の出入口である東門をくぐると、目に飛び込んで来たのは道に溢れんばかりの多数の果樹だ。民家が建つ合間ごとに植えられたそれら木々は、色鮮やかな花や実をつけて照り輝いている。太陽に反射して映し出されるそれらは宝石のようで、この村がただの山村ではないということを如実に示していた。


「……綺麗な村だな」


 ローズマリーが村に入って放った第一声がそれであった。

 彼女は初めて見るミスティコ村の風景に魅了されたのか、瞳を少女のように輝かせながら鮮明な木々に目をやっていた。

 馬に乗りながら、時折足を止めて様々な果樹を観察する彼女を見て、横に並んでいたルプスが振り向く。


「もっと閑散とした質素な場所だと思ったか?」

「あぁ。このような鮮やかな景色を見られるとは全く思っていなかった」


 素直に今の心情を口に出すローズマリーに、その答えを聞いた【ヘロスレギオ】の一同は微笑を浮かべる。


「目を奪われる気持ちは分からなくもないが、本来の目的を忘れていないか?」

「忘れるものか。それで、ソフォスはどこにいるか分かっているのか?」

「あぁ。先生の屋敷ならば村の奥にある」


 そう言って、ルプスは先頭を進むフィロに目配りをする。それを受けて、フィロは顎を引くと顔を前に戻す。進路は、彼の後を付いて行けば大丈夫だということだ。

 フィロが先導することを伝えると、村の様子を注視していたローズマリーは邪念を振り払い、その後に続いて動き出す。

 そんな彼女に続くように、ルプスたちも馬を歩かせた。



「居ない?」


 コートのポケットに手を突っ込んだ体勢で、フィロが返答に首を傾げる。

 村の厩に馬を預けた一行は、山村の奥にある屋敷の前に立っていた。一階建ての木造母屋が多い村の中で、その屋敷は二階建てに白壁といった豪勢な造りとなっており、一目で村で最も富のある人物が住んでいることが察せられる立派な屋敷だ。

 そんな屋敷の門において、年の瀬十五・六といった少年の召使がルプスたちに応対していた。


「はい。先生は、五日ほど前に屋敷を御出になりました。現在はお留守です」


 少年の返答に、ルプスとフィロは視線を合わせる。

 その表情には、厄介なことになったと事態を渋る色が鮮明に浮き彫りになった。

 ルプスは一度ローズマリーの顔色を窺い、彼女が厳しい顔つきになっているのを確認してから召使へ目を戻す。


「今はどこにいる? どこへ行ったか分かるか?」

「分かりません……あぁいえ、具体的には分からないのですが……」

「どういうこと?」


 少年の言い回しにフィリアが疑問の声を漏らす。不審がったのは彼女だけでなく一同共有だ。


「その、順を追って説明させていただいてもよろしいですか」

「あぁ、構わん」

「実はここ十日ほど、フルーメン北西部家から西部の村々において、魔獣たちによる襲撃が頻発しているのです。襲撃に遭った村は残らず壊滅しており、その被害はここ十数年で最悪とまでいわれています」


 話は、既に一行がフルーメンやミスティコ村へ来るまでの行程で見聞きした情報だった。

 全員が話について来ているのを確認した少年は、話を続ける。


「そんな事態を重く見た先生は、これから襲撃を受ける可能性の高い村に備えを行なうようにという進言と、自らもその備えに加わるべく出立なされたのです。残念ながら、ではどこへ行くかということについては聞いておりません」

「つまり、魔王と魔獣の襲撃から非力な村を守るべく出て行った、と」


 少年の話から、ルプスはソフォスが村を出た理由を簡潔にまとめると、少年は「その通りです」と首肯する。


「だ、そうだ。どうする?」

「決まっています。後を追うだけです」


 確認に対し、ローズマリーの返答は即答だった。


「私は彼に用があるのです。会って聞かねばならぬことがある。ここにいないのであれば、探し出すまでです」

「……そうか。さて、どうしたもんか」

「? 何がです」


 腕を組んで難儀な表情となるルプスに、ローズマリーは怪訝な顔で彼を見る。そんな彼女に、ルプスは横目で彼女の表情の変化を窺う。


「いや。俺たちはロゼの護衛だった(・・・)わけだが、これからどう行動すべきかと思ってな」

「……そういえば、そういう契約でしたね」


 ルプスの話を理解したのか、ローズマリーは口の端を歪める。

 ローズマリーと【ヘロスレギオ】が結んだ契約では、ミスティコ村までの行程における彼女の護衛を【ヘロスレギオ】が引き受けるというものだった。

 つまり、ミスティコ村へ着いた今、彼らの契約は満了しているのだ。ローズマリーはソフォスを捜すために後を追うと言っているが、【ヘロスレギオ】の面々にはそんな彼女に付き従う義務も理由も存在しない。


「これから先、一人でも探す気か?」

「勿論。そのつもりです」

「話に出た、魔王や魔獣の群れに遭遇する可能性もゼロじゃないぞ」

「知っています。それでもです」


 問いに答えながら、ローズマリーは薄ら微笑む。そこには、強い使命感が伴っていた。


「私は彼と会わなければならない理由があります。そのためなら、命も懸けられます」

「そうか……」

「これまでの道中、ありがとうございました。では、失礼いたします」


 そう言って、ローズマリーは頭を下げるとルプスたちに向かって踵を返した。

 ゆっくりとこの場を離れだす彼女を、ルプスは双眸を細めながら見送る。


「ちょっと、何ぼうっとしているの!」


 しばらくして、そんな彼を背後からフィリアが小突いてくる。視線だけ振り向くと、そこではフィリアが頬を膨らました状態で彼を見上げていた。


「急いで後を追わなきゃ。早くしないと、ロゼがいなくなっちゃうわよ」

「は? お前まさか、一緒に付いて行くとか言う気じゃねぇよな」


 急かすフィリアに、ジピンが驚きの声を上げる。

 その声に対し、フィリアはややむっとした目付きでジピンを見返す。


「付いて行くに決まっているでしょう。ロゼはソフォスさんに会いたいんでしょう。だったら、その手助けをしなくちゃ」

「いや、待てフィリア。その理論はおかしい」


 フィリアの主張を聞き、ジピンが両手を前に突きだしながら彼女の口上を止める。


「俺らは金で雇われる賞金稼ぎだ。慈善事業者じゃない。どうして契約外のことまで手を貸さなければならないんだ」


 確かに契約では、ローズマリーと交わしたのは彼女を護衛するという任務だけであり、その中に人捜しをする彼女を助けるという内容は入っていない。賞金稼ぎは、契約に有った内容は遵守しなければならないという義務が存在するが、裏を返せば契約にない内容にはまったく干渉しない職業柄であった。

 その観点から言えばジピンの主張は正しく、対するフィリアの意見はむしろ例外中の例外だ。


「そんなの些事でしょ。いいじゃない、少しぐらい人助けしたって」

「いやいや。最悪の場合、魔王や魔獣の群れと対峙することになるかもしれない護衛だぞ。人助けで済ませられるものじゃないって」

「どうする、リーダー」


 二人が言い争いを始めたのを見て、何故かフィロが微笑みながらルプスを見る。


「二人はあぁ言っているが、お前はどうする?」

「どうする、か」


 問われ、ルプスは懐から煙草を取りだしながら顔をしかめる。

 こういった言い争いが起きた場合、それをまとめるのはルプスの役割だ。二人の意見に耳を通してどちらの意見が正しいか、あるいは別の考えを表明するのが、この場合は彼の務めであった。

 フィロに意見の折衝を任されたルプスに、言い争いをしていた二人も気づいて視線を向ける。


「そうよルプス! 貴方が一言『ロゼに付いて行く』って言えば済む話よ!」

「おいおい、判断間違えるなよルプス! 俺たちはボランティアじゃない。危険地帯に報酬なしで突っ込む必要なんて――」

「分かったから、少し黙っていろ」


 少なからずイラついた様子で、ルプスは煙草に火を点ける。その声に籠ったドスに、口論の真っ只中であった二人は閉口する。

 二人が口を噤んだのを見て、ルプスは口腔から煙を吐き出す。


「……理は、ジピンにあるな。契約内容では、俺たちの仕事はこの村まで彼女を護衛することであって、先生に会えなかったら契約延長だなんて話はなかった。それに彼女は、俺たちに護衛の続きを頼まずに一人で行く気だ。彼女は暗に、俺たちの護衛はこれ以上不要だと言っている」

「だろ! なら――」

「ただ、魔王や魔獣との遭遇の可能性が高い一帯へたった一人で向かう気の人間を、そのまま見送るだけっていうのは、俺らの(・・・・)には合わねぇよな」


 理屈ではない道理を、ルプスは口にした。

 紫煙を唇からたゆたわせる彼のその言葉に、一同は口を噤んで黙り込む。。

 黙り込んだ三人に、ルプスは順に目を向ける。


「ジピン。お前は無償で危険地帯に飛び込みたくないだけだろ」

「……だったら、何か問題でもあるのかよ?」

「いいや。それにフィリア。お前は個人的にロゼが気に入っているだけだろ」

「だったら何が悪いの? 私が誰に好意を持とうが私の勝手でしょ!」

「そう言うのを身勝手っていうんだよ。それからフィロ。お前は魔王や魔獣の群れと対峙してみたいと密かに思っているだろ」

「よく分かっているじゃないか」


 三者三様の返答を聞くと、ルプスは額に手を当てて溜息をつく。


「それで俺は、あの馬鹿をただ見捨てるのに抵抗感を覚えている……。ジピン、お前伝令役になってくれ」

「伝令? 誰にだ?」

「ティグリスにだ。これから少し、俺らは勝手な判断で動くってな」


 掌を額から離したルプスは、その手の指で煙草を挟むと、口から煙をすべて吐き出してからジピンに対して背を向ける。

 それを見て、ジピンは動揺気味に目を見開いた。


「まさか……」

「そのまさかだ。行くぞフィロ、フィリア」

「うん! そうこなくっちゃ!」


 最終的にルプスが下した決断に、フィリアは喜色を浮かべながら彼に付き従う。

 そんな二人を茫然と見るジピンに、フィロは苦笑を浮かべながらその肩を叩く。唖然としたまま振り向いてくる狐面に、フィロは肩を竦めると二人に続いて行った。

 契約外であるローズマリーのソフォスへの到達に力を貸すことにした三人が近づくと、先に屋敷前を後にしていたローズマリーは振り返る。


「そういうわけだ。先生の許に着くまで付き合ってやる」

「……物好きね、貴方たちも」


 遠ざかりながらも話に耳を立てていたのか、ルプスのいきなりの協力の声に対してローズマリーは小さく息をつく。それは、呆れたようでもあり、嬉しいようでもある。

 そんな彼女に対し、三人のうちからフィリアが進み出てローズマリーの片腕にしがみつく。突然のその行動に彼女は目を丸めるが、すぐに慣れた様子で微笑む。

 その視線が、自分の横を通り過ぎようとしたルプスに向かう。


「ありがとう」

「ん、何だって?」

「なんでもない」

「そうか。だが、感謝の言葉を口にするのはまだ早いんじゃないか」

「聞こえているじゃない」


 小さく噴き出しながらローズマリーが言うと、それに対してルプスは軽く肩を竦めるのだった。


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