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滅びる村

 ルプスたちが滅びた廃村にて休息を取っているのと同時刻。

 そこから遥か西に存在するとある小さな村では、人々が昼食の準備に取り掛かっていた。

 活気に満ち溢れたとは言い難いが、その代わりに長閑さを感じさせる静かで落ち着いた村だ。家々の間には多くの田畑が存在しており、太陽のうららかな光によって地面から顔を出した新緑の野菜が照らされている。村の人々は、その田畑から野菜を摘むと、脇に抱えた籠の中へとそれを取り込む。昼食の具材にするつもりなのだろう、回収した野菜を持って、人々は家へ引き上げていく。

 都会のように食物を売るような商店がほとんどないかわりに、この村の人々は野菜や果物などを自給自足で調達している。決して収穫量が恵まれているわけではないが、暮らしていくには充分な量の食べ物を自らの手で賄っていた。

 野菜だけではない。各家庭を見ると、そこでは鶏や山羊などを飼っている家がほとんどであった。鶏からは卵を、山羊からは乳をそれぞれ調達できる。

 このような村は大陸南部ではさほど珍しいものではない。都会と市民と違って決して裕福ではない村の人間が生きるためには、少ない銭貨をやりくりしながら、食物は自らの手で育成・調達しなければならないからだ。

 決して豊かとはいえない生活に、しかし村民の中には悲観した様子の人間は少ない。自分自身で食物を調達することを、野菜や家畜を育てることを、村の人間はそれなりに楽しんでいる。暮らしが苦しくないというと嘘になるが、かといって辛くて耐え難いというものでもなく、村民たちの間にはせめて楽しく生きようと空気に満ち足りていた。

 それが、村全体の長閑な空気へと繋がっている。

 しかし、そんな静かで落ち着いた村に、徐々に近づく地響きがあった。

 最初にそれに気づいたのは家畜である鶏や山羊だ。彼らがうるさく騒ぎ出したことに気づいた村民は、その声に不審感を抱いて周囲に気を配ると、やがて自身も地面が揺れる感覚と何かが近づいてくる足音に勘付いた。

 群れは、村の北から押し寄せてくる。

 村への侵入者を防ぐ防柵と石の壁に接近してきた気配は、高さ三メートルはあるその防壁の上を軽々と飛び越えてきた。村の北にいた住民は、次々と村へ降り立ってくるその姿を見て悲鳴をあげる。

 飛び越えて現れたのは狼だった。ただの狼ではない。黒い毛並みを逆立て、双眸は血を流しこんだように不気味に紅く輝かせ、そして口の中には収まらないほど巨大な牙を立てた、全長一メートル越えの大型の狼である。

 魔獣に分類される狂犬、ダーク・ウルフだ。

 鋭い牙と俊敏な動きで獲物を仕留め、肉を引き裂き喰らう獰猛な魔獣で、並みの狼よりも気性が荒く人を襲うことも少なくない危険な獣である。

 ダーク・ウルフの登場に村民は慌てて逃げ出すが、その始動が遅れた数人にめがけて狼たちは襲い掛かる。背後から激突した一体がその衝撃で人間を押し倒すと、続いてきた狼らは倒れた人間の首に喰らいつく。頸動脈を切断され、呼気を封じられた人間は手足をばたつかせるが、次々と喰いかかってくる狼に全身を噛みつかれ裂かれ、血飛沫を上げながら絶命する。

 逃げ遅れた一人が餌食になったのを見た村民は、恐怖から彼を見捨てるほかなく、急ぎダーク・ウルフがいない南へと向かって逃げ出す。そんな彼らの背に、続々と壁を飛び越えた狼たちは肉薄していく。人間の脚力よりも高速な狼たちは次々と獲物に喰いかかり、一人また一人と犠牲者が増えていった。

 そんな中、多くの村民が逃げ惑う中で、その流れに逆行する集団が村の中心部から現れる。


「来やがったか、魔獣ども!」


 猛々しく声を上げたのは、全身を武装した厳つい男たちであった。手には剣や斧といった得物が携えられており、迫りくるダーク・ウルフに臆した様子もない。

 彼らの正体は、魔獣討伐を主な食い扶持にする傭兵たちであった。ここ最近フルーメン西部の村々が魔獣の餌食になっていることを知ったその傭兵団は、その魔獣たちを狩るべくこの地方へ足を運んでいたのである。その事を知った村は、こういう時が来ることに備えて彼らを少ない銭貨をはたいて雇い入れ、魔獣の備えとしていたのだ。

 出来れば来てほしくなかった彼らの活躍の事態に、傭兵たちは猛る。血気盛んな男たちにより構成された彼ら傭兵団は、押し寄せるダーク・ウルフの群れに臆した様子なく得物を構えた。


「かかれっ! ブチ殺せ!!」


 先頭の大男が叫ぶと、傭兵たちは自ら迫りくるダーク・ウルフたちに駆け込んだ。牙を広げて喰いかかってくる狼たちに、傭兵らは斬撃でもって応じる。瞬間、両者の間で血飛沫が弾け飛び、ダーク・ウルフと傭兵の両方で転倒者が出た。倒れ込んだ相手に、傭兵もダーク・ウルフものしかかり、互いの刃と爪を振り下ろす。再び咲いた血の華は、片や狼の頭部を粉砕し、片や男の喉笛を搔き切った。

 双方で犠牲者が生まれる中、傭兵数十名とダーク・ウルフ数十体は衝突する。

 戦況は互角――否、わずかながら傭兵たちに分があった。

 戦い慣れした傭兵たちは、俊敏で獰猛な狼の群れに臆することなく刃を繰り出すのに対し、逃げる獲物を狩ることに優れているダーク・ウルフたちは、普段はあまりこない反撃に苦戦しているようで、駆け抜けざま踊りかかっていた最初と比べ、徐々に攻撃に慎重になっていく。それを見て、傭兵たちは自分たちの優位を確信した様子でさらに激しく攻勢に転じ、次第に狼たちを圧倒していった。

 徐々に後退していく狼たちを見て、傭兵たちは勝利の二文字を意識しながら斬り込み続ける。


「……邪魔な奴らがいるようだ」


 傭兵たちと狼たちの戦況を、そのように称する者がいた。

 ダーク・ウルフの村への侵入直後に、犠牲となった村民がズタボロになって転がっている地点から漏れた声は、楽器の音色のように美しく、妖しさが存在している。


「どれ。少し手を貸してあげようか」


 そう言って、声の主は指を持ち上げる。

 直後、空間を一筋の閃光が引き裂いた。空間を切り裂く熱線は、傭兵たちとダーク・ウルフたちが相争う戦場まで伸びていく。そして、狼へ勇猛に斬り込む傭兵の青年の胴部に突き刺さり、その後横へと薙ぎ払われる。焼き斬られた青年は脇腹から煙と共に血潮をぶち撒け、目を白黒させながら膝をつく。同時に、彼の横にいた数名の傭兵が胴をその熱線で撫で斬られ、上体と下半身を真っ二つにしながら地面に転がった。

 突如仲間が何故の閃光で薙ぎ切られたことに気づいた傭兵たちは、攻勢から一転足を止めて瞠目する。一体何が起こったというのか、衝撃と驚愕で立ち止まる彼らに、遠方から笑い声と熱線が迫った。都合三本の高熱の閃条は、傭兵団の人間を撫で払うように宙を裂く。それに気づいた数名は地面を転がってそれを回避するが、反応が遅れた者たちは熱線で肉体を裂かれて四肢を四散させられた。

 一気に半数がその熱線の餌食になったのを見て、及び腰であったダーク・ウルフたちが態度を変えた。やや慎重だった彼らは再び攻勢に転じ、残る傭兵たちに向かって襲い掛かる。最初の数十人から一気に一桁まで数を減らされた傭兵たちは、複数で襲いかかってくる狼たちに敵わず、次々とその毒牙に掛かって倒れていく。血飛沫と野太い断末魔が、村の中心付近で連続して飛び上がる。


「はっはっは。情けないねぇ、この程度で」


 その様を、村の北部で笑いながら聞いているものの姿があった。住家の屋根の上に腰を掛けながら肩を揺らすのは、黒衣を身に纏った青年である。眉目秀麗な銀髪碧眼を備え持つ痩身のその青年は、首の後ろ辺りで一房にまとめた長髪を揺らしながら無邪気に笑っていた。

 そんな青年の足下を、新たに村の防壁を飛び越えたダーク・ウルフの群れが通過していく。その数は数十体に及び、先に侵入した仲間と合わせれば五十を超える。

 あまりにも多いその魔獣の群れの最後尾、最後に村の防壁を越えてきた巨大な狼の姿があった。その巨大さは他のダーク・ウルフの比ではなく、五メートルはあろう巨体に二足歩行、その手には巨大な槍が携えられている。狼というより、形態はコボルトに近い。

 そいつの姿を見て、青年は手を叩く。


「ようやく来たか、ヴノ。さぁやってしまえ」

「ウム。オ任セアレ」


 青年の指示に頷くと、その巨大な狼は槍を口に咥えると四足歩行になり、傭兵たちが散った街の中央に向けって駆けて行く。そして、その場に残った最後の傭兵が倒れるなり、再び二足で立ち上がって咆哮を上げた。

 その声に応じ、ダーク・ウルフたちは三方向に、村の東西・南に分かれて散っていく。傭兵という魔獣に対抗する勢力が無くなった今、残るは非力な村民たちだけだ。彼らがダーク・ウルフに対抗して生き残れる可能性は、限りなく低い。

 それを確信してか、青年は屋根の上から降り、村の中央付近へと歩み寄っていく。彼はその場で散乱する傭兵たちと同胞であるダーク・ウルフたちの死骸と、それらから生まれた血だまりの上を闊歩し、その中心部で両手を広げる。

 直後、村のあちらこちらでは、ダーク・ウルフに遭遇したと思われる人間の悲鳴や断末魔が響き始める。木霊する叫び声と金切り声に、青年は笑みを広げた。


「あぁ、いい! いいメロディだ!」


 そう言って身を震わせると、青年は五指、両手なので十指から熱線を周囲に迸らせる。熱線は住家に次々と突き刺さり、解けかけのバターにナイフを通したように軽々と建物を切断、倒壊させ、同時に炎上させる。

 人々の暮らしていた辺りの住家が次々と炎上する中で、村の端々から更なる悲鳴と断末魔が響き渡った。村民たちはなんとか村の外へと脱出を図るが、それよりも早く狼たちがその背に喰らいつき、押し倒しては複数でのしかかり、その命を刈り取っていく。

 次々と散っていく命に、青年の高らかな笑い声が、哄笑がより鮮明に響き渡る。


「さぁさ、もっともっと聞かせてくれ! この素晴らしいハーモニーを!」


 周囲の建物が炎で焼け落ち、人の命が魔獣によって無情に刈り取られる中で、青年はまるで歌うかのように叫び上げる。

 青年の狂気は、燃え上がる炎となって村を包み込んでいき、村と村民の命を一筋も残さずに消し去っていった。


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