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滅びた村

 雲一つない蒼穹の空の空から、太陽の光が燦然と降り注がれている。

 西から東に吹くそよ風は、向かい風となってルプスたちの頬を撫でた。心地よい風の感触は、軽く汗ばんだ彼らの肌の熱を拭い取る。

 フルーメンを発ったルプスたちは、ローズマリーをソフォスのいるミスティコ村に送り届けるべく、一路西へと向かって進んでいた。徒歩ではなく、全員がフルーメンで調達した馬に跨っており、軽く速度を出しながらの進行である。

 先頭を進むのは赤いコートを羽織った剣士・フィロで、その後続を左からフィリア、ローズマリー、ルプスが並び、最後尾は狐の亜人であり緑の衣服に身を包んだジピンと言う青年が付き従っていた。


「随分と手綱捌きがいいんだな」


 左手のローズマリーに目を向けながら、口を開いたのはルプスだ。駆ける馬の上でバランスを取るのは素人では至難の業であるが、彼女は慣れた手つきで馬を操縦し、馬上の体勢を整えている。

 これが初めての乗馬でないことは、誰の目に見ても明らかだった。


「幼い時から、乗馬の訓練はしていたからな。私の住んでいた国では大抵の者は人間が乗れる」

「そうなんだ。こっちでは馬車が普及している分、男でも乗れる人は限られているけど」


 そう言って、フィリアは多少驚きの色を浮かべる。彼女にとっては、女性すら乗馬できる環境というのが珍しく思えたのだろう。


「ローズマリーさんの生まれた場所ってどんなところなの?」

「……フルーメンに比べれば見劣りするけれど、活気のある街よ。国の騎士や巡察しているから治安もいいし、少し郊外に出れば自然も多くて楽しい場所よ」


 フィリアの問いかけに、ローズマリーは薄ら笑みを携えて答える。その返答に、横で耳を立てていたルプスは少し意外がる。秘密主義の彼女のことだ、どうせフィリアの問いをはぐらかすだろうと予想していたのだが、思っていたよりあっさりと彼女は情報を開示した。

 昨日までと態度がやや違うことに違和感を覚えながら、彼は二人の会話に耳を傾ける。


「へぇ。じゃあ、剣術が上手いのも小さい頃から訓練してきたから?」

「えぇそうね。もっとも、乗馬と違って剣術を学ぶのはごく限られた一部の層だけどね」

「もしかして、ローズマリーさんはどっかの国の偉い人だったりするの?」


 フィリアの無邪気な問いに、ルプスとローズマリーは肩を震わした。フィリアに邪念はないが、その問いかけはローズマリーに対して禁句に近い。身分を隠している彼女には、到底まともに答えられない内容だった。

 問いかけから数拍間を置き、フィリアが不思議そうに首を傾げる中で、ローズマリーは苦笑を浮かべる。


「……ふふっ。そんなわけ、ないでしょ」

「そうか。そうだよねぇ」


 ぎこちなくごまかすローズマリーに対して、フィリアは能天気に笑う。そんな彼女の反応に、ルプスはひそかに呆れた様子で溜息をつく。この場において、ローズマリーの言葉を鵜呑みにしているのは彼女ぐらいだ。

 現にこの話に耳を立てていた前後の二名も、ローズマリーの否定の言葉に訝しげに目を細めている。二人も、薄々ローズマリーがどこかの国の貴族かそれに準じる立場の人間だということを感じ取っているのだろう。口は挟まないが、昨日の金貨の一件で疑いを持っているのはルプスたちと同様のようだった。

 フィリアだけがそれを悟れず笑う中で、ローズマリーは顔を俯かせて表情を固め、小さく首を振って動揺を振り下ろそうとしていた。


「……次の村まであと三キロのようだ」


 事務的な声でそう告げたのは、先頭を走るフィロである。ちょうど彼が通過した道の横に立札が立てられており、そこには次の村の名とその距離が記載されていた。それをルプスも確認すると、空を見上げる。太陽の傾きから現時刻を測った彼は、そこで決断をする。


「よし。次の村で一度休憩を取ろう。ちょうど昼時だし、食事を摂ることにする」

「了解」


 ルプスの提案に、最後尾のジピンが顎を引く。一歩遅れて、フィロとフィリアも同様の反応を返した。二人の反応を見ると、ルプスはローズマリーに目を向ける。


「それでいいな?」

「あぁ。問題ない」


 彼女が頷くと、これでルプスたちの次の行動が決まった。

 後は休憩まで馬を走らせるだけ――そう思ったが、その時フィリアが「そうだ」と口を開いた。


「ねぇねぇ。一つ提案があるんだけど」

「なんだ?」

「ローズマリーさんの、愛称を決めない?」

「は?」


 眉間に皺を刻みながらルプスは振り向く。同様の表情を、フィロとジピンもする中で、フィリアは言う。


「だって、ずっとローズマリーさんって呼ぶのも長くて大変じゃない。もっと呼びやすい名があった方が、これから声も掛けやすいし」

「……そうか?」

「そうよ」


 やや食いつくようにフィリアが頷くと、それを聞いたルプスたちはローズマリーを見る。その視線に気づいて、ローズマリーは顔を上げる。


「私は構わないわよ。確かに私の名前、かなり呼びにくいだろうから」

「……だ、そうよ。じゃあ、何にする?」


 そう言って、フィリアはルプスを見る。目を輝かせながら視線を合わせられ、ルプスはやや憂鬱を胸に感じながら吐息をつく。


「普通、言いだしっぺが最初に提案するもんだろ」

「そう? でも私のネーミングセンスからして、一発で決まっちゃう可能性は大よ」

「決めるならさっさと決めろ。人の呼び名で遊ぶな」


 ぶっきらぼうにルプスが言うと、それを聞いてフィリアは不満げに頬を膨らますが、それを具体的な言葉として出すことはせずに、「そうね」と思案する。

 沈黙は数秒続いたが、やがて彼女は閃いたと言った表情で顔を上げる。


「じゃあさ、『ロゼ』っていうのはどう?」

「えっ……」


 フィリアが提案した愛称に、何故かローズマリーはビクリと肩を震わせた。その反応をルプスは見逃さずに双眸を細めるが、相手がその反応に気づくより早くフィリアへ目を向ける。


「それでいいんだな。はい、決定だ」

「む……。そこはもう少し、議論を重ねるべきところよ」

「議論などいるか、馬鹿らしい。これでいいな、ローズマリー」


 もう少し愛称を考えたいというフィリアの意思は完全に無視し、ルプスは本人に確認する。その声に彼女は振り返ると、動揺した様子でルプスを見上げる。


「……どうした?」

「いえ。それで、いいわ」


 胡乱がるルプスに、ローズマリーは複雑な表情で首肯する。

 何か、その愛称に思う所がありそうな彼女であるが、ルプスはそれを尋ねることなく話を打ち切るのだった。




「何よこれ……」


 悄然とした驚きの声を漏らしたのはフィリアだ。目を点にし、口を半開きにした彼女は、その表情のまま眼前の風景を見据える。

 同じような表情を、ローズマリーとジピンが浮かべる中、ルプスとフィロは、馬首を並べると目を細める。


「どう思う、フィロ」

「どう思うとは?」

「目の前のこれを、何だと思う」

「聞かずとも分かるだろう――廃墟だ」


 そう言って、フィロは眼前の風景をそのように称した。

 彼の評価を聞くと、ルプスは改めて目の前の景色をその目で確認する。

 視界に広がるのは、至る所で荒廃し、破壊し尽くされた村の跡であった。

 家と思しき建物の数々は、半ばで寸断されるか或いは完全に倒壊しており、僅かに残ったその壁面は燃え焦がされたように炭化し、あるいは血飛沫のような黒い染みを滲ませている。露わになった間取りは殊に惨憺としており、黒い炭の中に壊れた椅子やらランプなどの生活用具が埋まり、礎石が剥き出しの状態で炭を被っていた。また、至る所に人間のものとおぼしき白骨が転がっている。どれもが元の形が分からない程ばらばらに砕け、どれが誰のものか分からない状態で炭の合間に散乱していた。

 場所は、つい先ほどルプスが休憩場所として選択した村である。街道から脇道を選ぶことで辿りつくこの場所には、本来であれば休息を取るに適した集落とそこに住む人々が存在するはずだった。

 しかしいざ近寄ってみるとこの有り様だ。壊れ果てた村には人は一人も、家畜の一匹すら存在していない。白骨化した死体のみが転がり落ち、この村が滅んだ場所なのだと、如実にルプスたちに語りかけていた。


「ひでぇ有様だな。魔獣の群れによって村の一つ二つが壊滅したとは聞いていたが……」

「ここが、その現場の一つと言うことだな」


 フィロが相槌を打つ中、ルプスは改めて村の惨状に目を通す。魔獣による爪痕は深く、燃え尽きた家屋の残骸がここで起こった悲劇の大きさをルプスたちに語りかけてくる。


「これは、いるな」

「あぁ。確実にいる」

「いるって、何が?」


 背後から声を掛けてきたのは、いつの間にか驚愕より立ち直ったフィリアだ。馬から降りた彼女は手綱を引きながら二人のすぐ真後ろまで歩み寄り、二人が指した存在を尋ねる。

 その問いに対して、ルプスは人差し指を天に向けて立てた。


「上だ。魔獣を率いている奴がいるってことだ」

「つまりは魔王だな」


 そうフィロが断じると、それを聞いてフィリアが息を呑む。そんな彼女の背後からは、同じく馬より降りたローズマリーとジピンも寄ってくる。彼らの姿を見ると、ルプスは懐から煙草を取り出し、それを口に咥えた。

 そしてマッチを取るべくコートのポケットに手を馳せる彼に、ローズマリーが眉根を寄せる。


「どうしてそんなことが分かる?」

「村の様子を見れば分かる。確かに魔獣の群れによる襲撃は脅威だが、それだけではここまで惨憺たる状況にはならない。群れを組織的に統率して、自身も強力な力を持つリーダーたる存在がいなければ、な」


 取りだしたマッチで煙草の先端に火を点けながら、ルプスは言う。

 そんな彼へ、横手からフィロが視線を送ってくる。


「魔王の種類は、どうみる?」

「……さてな。ここの景色だけじゃ判断しづらい。ベルム級が妥当、アドヴェルサ級とみるのは過大か……。ネメシス級とは考えるのは論外に近い」

「なんなんだ。そのベルム級とかネメシス級とかって」


 ローズマリーが不審げに問うと、その瞬間周りの四人は一斉に彼女へ振り向いた。そして、不審そうな彼女をより不審そうに見つめる。怪訝な視線の集中に、ローズマリーはたじろいだ。


「な、なに?」

「……そういえばお前の生まれた国じゃ魔王にレベル差の定義はないんだったな。こっちの地方だと、魔王には三つのレベルが存在するんだ。下からベルム、アドヴェルサ、ネメシスって順にな。ベルム級は腕利きが十人ほどでかかれば何とかなる程度だが、その上のアドヴェルサ級は百人力、ネメシス級に至っては人類ではまともに太刀打ちできないレベルの化物のことを指している」


 一人事情を呑み込めていない様子のローズマリーに、ルプスが気を利かせてそう説明する。丁寧に話された魔王の階級の話に、彼女がついてきているかルプスは目線で確認する。その目に彼女がやや慌てて頷くのを見ると、ルプスは続ける。


「まぁ、魔王がどのレベルであるのはこの際そこまで問題じゃないけどな」

「どうして?」

「たとえ最下級のベルム級でも、今の俺たちでは対抗できる戦力ではないからな」


 説明で、ベルム級は腕利き十人相当だということはすでに話した。そして今のルプスたちは、護衛対象のローズマリーを含めても五名しかいない。単純な数の都合で、ベルム級の魔王にも太刀打ちできないのは判然としていた。


「この村の惨状はひとまず置いておいて、俺たちがこれからの西進で気に掛けなければならないのは、この村を滅ぼした魔獣の群れと遭遇してしまうことだ。もし群れ本隊と思いがけず遭遇してしまった場合、俺たちが取るべき指針は一つだ」


「戦うことね」

「違うわボケ」


 勢いよく間違えるフィリアに、背後からジピンが頭を叩く。それに対し、フィリアは抗議の声を上げるが、ジピンは無視してルプスに目を向けた。

 視線を向けられ、ルプスは正答を口にする。


「とにかく逃げることだ。ロゼを守りながらな。決して立ち向かおうなどと思うなよ。こっちはロゼをミスティコ村まで無事送り届けることが仕事だ。奴らの討伐のためにここまで出向いているわけではない。そのことを忘れるな、特にフィリア」

「む……分かったわよぅ」


 先ほどの誤答もあって釘を刺されると、フィリアは不満そうに唇を尖らせた。本当に分かっているのか、という疑いはあったが、彼女もそこまで馬鹿ではない。

 全員がその事を理解したのを見て、ルプスは皆を一望する。


「分かったならそれでいい。ひとまずここでは予定通り休憩しよう。魔獣が現れないかの警戒は怠るなよ」

「了解」


 ルプスの言葉に、フィロたちは頷く。

 村が惨憺たる光景を呈しているのはさておき、自分たちには休息が必要だった。これからより危険な西方へ向かうのを前に、休めるうちに休み力を蓄えておくことが大事であることを【ヘロスレギオ】のメンバーは熟知している。


「なぁ。一つ訊いていいか?」


 馬の手綱を近くの木に繋ごうとしていたルプスの背に、ローズマリーが声をかけた。

 その声に振り向きながら、ルプスは眉間に皺を刻む。彼女は、ルプスのすぐ目の前まで詰め寄っていた。


「なんだ?」

「……どうして、私の生まれた国では魔王のレベルの定義がないのを知っている」


 囁きは、白刃のように鋭く口にされた。

 他のメンバーには聞こえないその声は、疑惑と警戒、そして敵意さえも内包している。双眸も刃の如く細めたローズマリーは、ルプスの瞳をじっと凝視した。

 思わず畏縮してしまいそうな鋭利な眼光に、しかしルプスは冷静だった。


「金貨の種類」

「……金貨?」

「あぁ。金貨がどこの国のものかは昨日の時点で割れている。お前の出身も、そこから逆算して割り出しただけだ」

「………………」


 ルプスの返答に、ローズマリーは更に目を細めた。そこには納得と、同時に更なる警戒を含んでいる。


「その様子だと、私がどのような人間かまで割り出していると言われても不思議ではないな」

「あぁ。現に分かっている」


 隠し立てすることなく、ルプスは首肯する。隠すようなことではないと踏んだのか、それとも敢えて伝えたのかは、不明だ。


「安心しろ。お前が何者であろうとも、俺らの仕事はお前をミスティコ村まで届けることだけだ。それ以上の詮索をする気はない」


 ローズマリーに目を向けたまま、ルプスは馬の手綱を横の木へ繋ぐと、煙草を指で挟んで溜まっていた煙を一気に吐き出す。

 そして、話は終わったとばかりに彼女の横を通り抜け、不思議そうにこちらに目を向けている仲間の許へ歩き出した。

 すれ違いざま、ローズマリーは目線だけで彼を追う。


「その言葉を、どこまで信じればいい?」


 問いかけに、ルプスは失笑する。


「好きなだけ信じればいいし、好きなだけ疑えばいい」


 ただそう答えると、それ以上ローズマリーは彼に詰問することはなかった。


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