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なんなのコイツら……。

 あれから、である。

 公園で一世一代の作戦を成功させて、悪神を追い出した翌日。


 俺はカーチャンとトーチャンが帰宅するのを待っていた。

 朝起きて、9時過ぎ、10時くらいか。2人は帰って来た。

「……由」

「ゆーくん!」

 玄関の戸を開けたトーチャンが俺の名を呼び、次いでカーチャンが驚きに声を上げた。

 それもそうだろう。

 いままでひきこもっていた息子が、自分たちの帰りを玄関で待っていたのだから。


 しかし、俺も驚いた。

 久しぶりに見るトーチャンの顔。

 最後いつ顔を見たか忘れてしまったが、前に見たときからするとずいぶん老けていた。白髪が増えて、目が引っ込んで、頬も痩せている。

 カーチャンは、小柄な体がさらに小柄になった印象を受ける。ほうれい線が目立つようになり、実年齢よりプラス5歳ほど肌が荒れているように見えた。


 トーチャンは戸惑いとため息まじりに「……由」と言い、カーチャンはただただ驚きに「ゆーくん!」と言った。

 玄関で待っていた俺は、実際に2人を前にして、まず最初、なんと喋ればいいのか会話の切り出しに困った。

「久しぶり!」は違うだろうし、「お世話になってます」は決定的に間違っている。


 ——素直な気持ち、今まで迷惑をかけてごめんと謝りたい。

 そして、ひきこもりを辞めて、これからはバイトしながら大学ないし専門学校を目指すと伝えたい。

 けれど、いざ口に出そうとすると、「……あ」とか「……う」としか言えない。

 俺が言い淀んでいると、トーチャンの背後から、見知らぬ女性が現れた。


 女性といってもババアだ。上塗りに上塗りを重ねたファンデーション、ケバケバのフェイスパウダー、気持ち悪いへの字の眉、どぎつい真っ赤な口紅をした——ベニテングダケのような50半ばのババアが、玄関からヌッと顔を出した。

 靴を脱ぐとズカズカあがってきて、

「アンタが真鍋由さん」

 と、俺より背が低いのに上から目線で、かつ攻撃的な口調でそう言った。

 俺のことをファイリングしてあるのか、ベロで人差し指を湿らせると片手に持った用紙をペラペラ捲り、

「えー、ひきこもり期間が約17ヶ月。その間、ご両親との会話は一切しておられない。えー、原因は、大学受験に失敗したことだと思われる。んー、由さん」

 ギロッと俺を睨むと、

「アンタのような人間は掃いて捨てるほど存在してます」

 唾を飛ばしてそう放言した。

 ババアのその態度に俺はムカッとした。と同時に、ある夕方のテレビニュースを思い出した。


 ——ひきこもりからの脱出を支援しているという団体を密着取材したニュースだ。

 ひきこもっている人間を部屋から強引に引きずり出して説教をして、その両親までをも説教し倒すといった、百害あって一利なしの手法で社会復帰させる団体がある。

 説教を受けた者が本当に社会復帰できたのかは覚えていない。

 たが、このニュースを観て非常に不快な気分になったことだけは覚えている。

 今、目の前でニュースと同じ事が展開されている。


「えー、数週間前、お母さんに暴言を言ったそうですね? どうしてそんな口汚いことをいうんです?」

 ババアは、こちらの事情の全てを呑み込んだような口を利き、

「ほらお母さん、こっち来て。アンタが産んだ子どもでしょ? アンタが直接言いなさい」

 無理にカーチャンを呼び寄せて、説教に参加させる。

 けど俺は知っている。カーチャンは何も言えない。せいぜい謝るくらいだ。

 そう、俺が始めてらうと顔を合わせた時——らうに吐いた暴言を聞いて勘違いを起こしたカーチャンは俺に謝った。あの時と同じことをまた、繰り返す。

「ごめんなさいね……ゆーくん」

 気の小さいカーチャンは完全に萎縮してしまい、目に涙を溜めて項垂れてしまった。

「ハァー! 謝ってどうするです? 自分が産んだ子を自分で叱れないんですか?」

 カーチャンを説教し始めたババアは、

「叱らないから子どもは付け上がって態度も悪くなるんです。増長させたのはアンタにも原因があるんじゃないんですか? どうなんです、なんとか言ってください」

 頭ごなしに捲し立てられ、カーチャンは「すみません、ごめんなさいごめんなさい」と何度も謝る。

「これだからまったく。頭を下げるだけの母親に、増長する子ども。親が親なら子も子という救いようの無い、」

 親が親なら子も子。

 それを聞いて、俺はプツンとキレた。


 というか、キレたときにはもう、俺の拳はババアの顔にめり込んでいた。


「うっせーぞクソババア!! テメェに何が解る!? 俺やカーチャンの何が解るかって訊いてんだよ! 答えてみろ!!」

 貧乏神に取り憑かれたうえに俺は、疫病神や死神やら悪者を相手にして生きる希望もないギリギリのところで死に物狂いで戦って、やっと勝利したんだぞ!!

 テメェのそのファイリングに、俺んちの事情がすべて書いてあるとでも思ってんのか!

 書いても言っても信じられねー事情が世の中にあるんだ!

「知ったかぶりで首を突っ込まれたら迷惑なだけだって事を、俺が解らせてやる!! こっちへ来い!」


 俺はババアの髪の毛を鷲掴みにして、家の外へ引きずり出す。

 こんな手荒な行動を取らせたのは他ならない、親が親なら子も子という言葉だった。

 堪忍袋とでも言うべき「人様を傷つけるなんて出来っこない性分」という俺の理性にも限度がある。俺自身の事に留まらず、カーチャンの事までをも槍玉に取って非難するその神経が、高3の頃から蓄積され続けた鬱憤に火をつけて、大爆発したのである。


 あっけにとられていたトーチャンが、

「いけないー!」

 と叫んだ。

「トーチャンは黙っててくれ!!」

 既に気絶している鼻血ブッシュのババアを玄関先に捨てた俺は、足下に落ちていた拳大の石をつかみ取り、ベニテングダケババアの顔をゴシゴシ洗ってやった。

 鼻血と厚化粧が混ざり合い、汚い絵の具まみれのババアを見下ろして俺は、

「テメェに言われなくても……ちゃんと伝える事ができるんだ」

 ひきこもりニートから卒業する意思を固めて、踵を返して家の中へと戻る。


 カーチャンが、廊下にしゃがんで壁に凭れる格好で、泣いていた。

 トーチャンは、カーチャンを慰めるように手をとって、「心配するな」と声をかけていた。

「カーチャン! トーチャン! 言いたい事があるから聞いてくれ!」

 そう叫んで俺は自分の考えを伝える。

「いままで、俺、ひきこもってたけど、今日から! これから! 真っ当な人間になる! ひきこもるの辞めて大学か専門学校を受験する、勉強する! それにバイトも始める。少しでも自分で学費を稼ぐ。だから、この家に居させてくれ!」

 お願いします、と俺は両親に頭を下げて、

「今日まで……ごめんなさい。カーチャンごめん。トーチャンごめん。俺は、自分でもどうしていいのか解らなかったんだ。一生懸命に考えたけど、答えが出せなくて……ずるずるずるずる今日まで暮らして来た。

 高3のときには成績不振とか進学先とか、進路や将来や人生に悩んだ。ひきこもりになってからは、どう生きていけば良いのか解らなくって悩んだ。このままじゃいけない、人生破綻するって思っていても、どうしても勇気がなくて悶々としてた。

 そのくせ、俺の中に、このままでも良いんじゃないかって、カーチャンとトーチャンのスネを齧って生きていれば良いんじゃないかって、心の中で、だらけてたところがあったのも、本当なんだ。おんぶに抱っこしてもらおうって考えが巣食っていた。

 ……だけど、俺は昨日、やっと考えを改める事ができた。

 今のままじゃダメなんだって、ひきこもっていちゃダメなんだって、カーチャントーチャンに頼っていちゃダメなんだって、自分の力でなんとかしなくちゃダメなんだって。

 誰にでも解る、こんな簡単な事にようやく気がついたんだ。19にもなって笑われるかもしれないけど、俺はやっと、答えを出せたんだ。

 カーチャン、トーチャン……俺、勉強して、学校に行く。バイトして、学費を稼ぐ。これが俺の出した答えだよ。だから、受験して合格するまでの間、この家に居させてくれ! 学費も、可能な限り稼ぐつもりだけど足りない部分は、なんとか工面してほしい。卒業後、就職して、自分で金を稼げるようになったら、絶対に返す! それまでなんとか……俺を……見捨てないでください……お願いします……!!」

 最後は泣きながら、俺は頭を深々と下げて頼んだ。


「…………由。そうか……そうか」

「ゆーくん……うぅぅ……ううう……ありがと。ありがと、ゆーくん」

 トーチャンは声を詰まらせて言い、カーチャンは鼻を啜りながらそう言った。


 俺が頭を上げると——

 目頭を押さえているトーチャン。泣いている姿を見せたくないのかうしろを向いた。

 カーチャンは顔をくしゃくしゃにして泣き、何故か俺に「ありがと」と感謝の念を繰り返し言う。

 それが心にしみた。

 親のありがたみを今更ながらに感じた。

 俺は涙で前が見えないほど、泣いてしまった。

 絶対に親孝行しなければならない、強くそう思った。


 と……。

 ある種感動の涙に噎せていたトーチャンが、

「由が心を入れ替えて、生まれ変わってくれて、姉も妹も嬉しいだろう」

 ひょんな事を言った。


 俺は、トーチャンが馬鹿になったんじゃないかと心配した。

 何を言っているんだ、トーチャン。俺は一人っ子じゃないか。

「俺に姉や妹はいない、存在しないぞ?」

 と、鼻水を腕で拭って、そう言ったとき——


 ガラガラガラ。

 俺の背後で玄関の戸が開いた。

「あ、ゆーくん! ひきこもり辞めたの?」

 思わず振り返った。


「おっ、おまえ!?」

 玄関から一歩入ってニコニコ笑ったその姿。

 まるで絵から抜け出たような美少女——らうだった。

「なん、え? ちょ、どういう、」

 感動に浸って泣いていた俺は激しく動揺して、2歩3歩、後ずさりした。

「裸エプロンをやりに来た。やったら真鍋、いや弟よ。しっかり責任を取れよ?」

 らうに続いて玄関の敷居を跨いだのはシキモだった。うわっ、ふぅちゃんもいるじゃないか!!


「どうしてここにいるんだ! お前ら、俺に負けて退散したんじゃないのか!?」

「くくく……あんな事で、退散するとでも?」

 ニタァと微笑むシキモ。その端整な顔立ちに、一発ぶっかけ……いいや、ぶん殴りたい。

「ゆーくん! 私、相談にし行って来たの!」

 らうはぴょこぴょこ飛ぶようにやって来て、俺の腕を抱き込むと、

「親戚に雷神のおじさんがいるんだけどね。このおじさん、雷オヤジなんだけど、実は八幡宮の家内安全の神様と仲が良くて、コネを使って、ごにょごにょ。あれこれ取り持っていただいて、私とゆーくんの関係を双子にしてもらったの!」

「らうと俺が双子!!」

 目眩いがした。


 らうと俺。どう見たって、明らかに年齢が違うのに、双子って。

 シキモもふぅちゃんも、顔が全然似てないだろうが!

 あまりのショックに膝から崩れる。が、踏みとどまって俺は、

「トーチャン! カーチャン! コイツらのこと知ってるのか!? 悪神だ!」

「ははは、何を言っているんだ、由。シキモはひとつ上の姉で、らうは双子の妹で、ふぅちゃんは末っ子じゃないか。今に始まったことじゃないだろう?」

「んなわけあるかよ! カーチャン! どうなってんだ!!」

「どうもこうも、ゆーくんったらおかしな子ね。産まれてからずっと一緒じゃないの」

「一緒じゃねーよ!!」

 いったい全体これはどういう事だ!


 トーチャンとカーチャンは、まるで自分たちの子どものように、悪神3人と接しているじゃないか!

 すると、俺の肩に腕をまわしてシキモが、

「真鍋……くくく」

 耳元でつぶやいた。

「神を舐めるな? 貴様の両親の記憶操作など容易いことだ。そんなことより、裸エプロンの件、忘れたとは言わせんぞ。あんな事を言ったんだ、しっかりきっちりがっちり、男としての責任を取ってもらおう。でないと……貴様が殴り倒したあの婆の事故処理。もみ消してやらんぞ?」

「脅迫するな、何が責任だ! しらねーよ、んなもん!! つーか居なくなれ!」

「ああんもう。シキモ、ゆーくんは私が取り憑いているんだから手を出さないで! あ、ふぅちゃんも何かいいたいの? ふむふむ『お菓子たべたい? お兄ちゃんがお菓子を買ってくれないから、前みたいに頭痛で懲らしめてやる?』そんなことしちゃダメでしょ」

 なんなのコイツら……。

 俺に寄生しただけでは飽き足らず、真鍋家に取り憑きやがって。


「あらあら、ふぅちゃん。お菓子が食べたいの?」とカーチャン。「お菓子は朝とお昼の間の10時と、お昼寝したあとの3時よ。食べ過ぎは肥満につながるからね」

 ——ダメだ。

 いつの間にかカーチャンは、すっかり洗脳されている。

 トーチャンも、カーチャンの言うとこに腕を組んで「うんうん」と頷いている。

 真鍋家が悪神に占領されうえに、コイツらが家族となってしまった。


「ねえ、ゆーくん。これから私、ゆーくんから吸い取る養分はほどほどにしようと思うの。公園での出来事もあるし。吸いすぎないように、ね? 約束する」

 約束、と言って、らうは俺の手を握り、俺の小指と己の小指を絡ませて、

「持ちつ持たれつしーっましょ! 指きった!」

 一方的に、有無を言わさず、勝手に、己の都合だけで約束させた。

 誰が約束するかよ。ふざけんな!


「らう! シキモ! ふぅちゃん! テメェら出け!! これから俺は人並みの人生を歩むために頑張るんだ。むちゃくちゃ忙しくなるんだ。悪神3人にかまっている暇なんてねーんだよ!」

「あら、ゆーくん。私たちも少しは役に立とうって思っているの。まず始めに、ゆーくんのお仕事探すの手伝ってあげる」

 顔を近づけたらうが、「ふふふ」と笑う。

「忙しくなるのはいいこと。だって昔から、貧乏暇なしっていうじゃない?」

 貧乏神がうるせーよ。


 俺は、知らず知らず……らうとのフラグを回収していたらしい。

 これら回収したフラグをどうするか?

 決まっている!

 全部まとめてへし折りてぇ!!

 ここまで読み進めてくれた方、ありがとうございます。

 物語は幕を閉じました。

 

 本作品がどこかのレーベルで出版され、続きが読みたい! という声があったとき、次話が掲載されるとおもいます。

 そのときが来ることを願って、わたしも頑張りたいとおもいます。

 ありがとうございました。

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